スレ立て
呟き系のSNSが定着する以前、インターネット・コミュニティとして匿名掲示板サイトが流行していた。一時期よりは落ち着いたものの今でも活用する人は多い。
にゃんでも実況ジュピター……通称『にゃんJ』も歴史の古い電子掲示板の一つである。
設立当初はあらゆる実況を取り扱う人気の高い掲示板だったが、細分化した実況スレや同じ目的の板が増えるにつれて過疎化。次第にネタスレを中心とした掲示板に変化していった。
ネタスレと言ってもピンからキリまである。中にはスレ主とにゃんJの利用者──にゃんJ民が『祭り』と称した騒ぎを起こして盛り上がることもあった。
しかしその手の騒ぎの場も画像や動画をお手軽に投稿できるSNSが主流となり、いつの間にやら電子掲示板自体が時代遅れと言われるようになってしまった。
それでも変わらず常駐するスレ民はおり、けっこうな頻度でスレが立てられるため話題には事欠かない。
その日もにゃんJには新たなスレが立った。
スレタイを見た瞬間に分かるレベルのネタスレだった。
※ ※ ※
【ワイ悪の組織の科学者ポジ、首領が理不尽すぎてしんどい】
1:名無しの戦闘員
もうストレスでやばいんや……
2:名無しの戦闘員
なんだこのスレ
3:名無しの戦闘員
普通に不謹慎
4:名無しの戦闘員
悪の組織ってニュースになってるヤツ?
5:ハカセ
とりあえずコテトリつけとくわ。
ワイは某日本征服をかかげる組織で神霊工学者……ゆうてもあれか。
科学者的ポジで怪人の開発とかやっとるんやけど、忙しいし部下はアレやし首領は怒るしで毎日がしんどい……
6:名無しの戦闘員
某って日本征服掲げてる組織なんてデルンケムしかないけどw
7:名無しの戦闘員
いっつも変身ヒロインちゃんにやられてるとこな
8:名無しの戦闘員
かわいいよねフェアリーちゃんたち
9:名無しの戦闘員
分からない人のために一応。
【デルンケム】
二年前いきなり現れた謎の集団。怪人とか雑魚戦闘員とかで暴れ回る古典的悪の秘密組織。首領の名前がセルなんちゃらということくらいしかよく分かってない
目標は日本征服らしい
10:名無しの戦闘員
【ロスト・フェアリーズ】
デルンケムに対抗する変身ヒロインたち、みんな美少女(重要)
年齢は十二~十六歳くらい? けっこう幼めな顔立ち。
今確認されてるのは『清流のフィオナ』『浄炎のエレス』『萌花のルルン』の三人。
失われた妖精? の意味は分からない。
11:名無しの戦闘員
妖精っていうわりにコスチュームエロいよな
12:名無しの戦闘員
わかる 布うっすいし腋と背中丸出しレオタード
13:名無しの戦闘員
エレスちゃんカワイイ
お胸おっきいのに拳使った近接タイプだから揺れてヤバイw
14:名無しの戦闘員
どう考えてもルルンちゃん
俺ロリコンじゃないけどちっちゃくてくりくりお目目な無邪気っ子最高
15:ハカセ
ワイの推しはフィオナたんや
スレンダーでクールっぽくみえるのにエレスちゃん大好きなのかわいすぎん?
16:名無しの戦闘員
なんでハカセが参加してんだよwww
17:名無しの戦闘員
お前敵だろ悪の科学者w
18:名無しの戦闘員
つか普通に騙りじゃね? デルンケムがにゃんJに書き込むわけがないし
19:ハカセ
なんや騙り呼ばわりはひどない? しゃーない、証明したるわ
20:名無しの戦闘員
どうやって?
23:ハカセ
次の怪人出撃の時ワイもいっしょに出たるわ
ついでに頭にピンクのリボンつけといたる そこまですりゃ嘘やないて分かるやろ?
24:名無しの戦闘員
……これで本当に街が襲われたら俺らが余計なこと言ったせいにならない?
25:名無しの戦闘員
しっ! 考えんな!
※ ※ ※
二年前、それは突如現れた。
比喩ではなく、空中にワームホールのようなものが発生したかと思えば、そこから奇怪な集団が出現したのである。
特撮ものの戦闘員を思わせる兵士たち、『魔霊兵』と呼ばれる複数の異形の戦士。さらに強力な『怪人』と呼ばれる存在。
奴らは【神霊結社デルンケム】を名乗り、日本征服という目的を掲げて侵略を開始した。
当初、街はされるがままになっていた。
警察も自衛隊も太刀打ちできない。魔霊兵や怪人どころか、戦闘員にすら銃火器の類が通じなかったからだ。
このまま日本は訳の分からない奴らに支配されてしまうのか。半年が経つ頃には誰もが希望を失い始めていた。
「待ちなさいっ!」
しかし悪が魔の手を伸ばすのならば、それに抗う正義もまた存在する。
「神霊結社デルンケム。お前たちの野望は、ボクたち【ロスト・フェアリーズ】が必ず阻む!」
まだ十代の、それこそ妖精のように美しい少女たち。魔法の力を有する妖精姫が異形の怪物どもの前に立ち塞がる。
悪の組織と戦う正義の変身ヒロイン、使い古された構図が現実のものとなったのだ。
「灯火の妖精の加護をここに。不浄焼き祓う炎の担い手、浄炎のエレス」
先頭に立つのは赤い髪をショートカットにした、小柄だが活発そうな少女である。
ロスト・フェアリーズの戦闘コスチュームはレオタード型で、各々の属性によって色合いや細部のデザインが違う。鮮やかな赤色の衣装をまとうエレスは、その拳に炎を宿し怪人に突き付ける。
次に名乗りを上げたのは華奢な体つきをした少女だ。
「月夜の妖精の加護をここに。穢れ清める流水の主、清流のフィオナ」
青いロングヘアが風にたなびく。
水を操り癒しを司る妖精の姫、清流のフィオナは敵を静かに見据える。
「訪れの妖精の加護をここに。荒野に花萌える未来を導く、萌花のルルン」
三人の中でもルルンは一際幼い。金色のツインテールをした、大きな目の無邪気な娘だった。
彼女は植物の力を借りて戦う。ルルンが手を振りかざせば、花弁がまるで刃のように魔霊兵たちを切り裂いた。
それを合図に戦いが始まる。追撃に浄炎のエレスが炎をまとった拳を振るう。
「はぁっ!」
燃え盛る一撃が魔霊兵を殴り飛ばした。
しかし敵の数は多く、休みなく襲いかかってくる。中距離で援護するのは清流のフィオナだ。水は時に槍となり敵を貫き、時に壁となって仲間を守る。ロスト・フェアリーズは連携して敵を倒していく。
「よし、フィオナちゃん、ルルンちゃん。もう少しだよ!」
エレスの呼びかけに二人が頷く。
「ええ」
「私も、がんばります!」
魔霊兵たちは見る見るうちにその数を減らしていったが、そこで強大な力を有する『怪人』が動き出した。
蜘蛛をモチーフにしているのだろう。毒々しい色合いの怪人が四つの目でロスト・フェアリーズを捉えている。喋るほどの知能はないのか、口に当たる部分から威嚇するように音を発していた。
不気味な怪物を前にしても三人に動揺はない。今まで何体も怪人を倒してきたのだ。
しかし怪人の傍らに見慣れない男性の姿を見つけて少女たちは固まった。
「え……あれは?」
「エレス、警戒して。おそらくデルンケムでも上位に位置する相手よ」
その男性はロスト・フェアリーズを観察するように眺め、最後にフィオナに視線を固定すると口角を吊り上げる。
「お初にお目にかかる。私はハルヴィエド・カーム・セイン……神霊結社デルンケム統括幹部代理、ということになっている」
長い銀髪に金と赤のオッドアイ。悪の組織の幹部を名乗るその男は、氷細工を思わせる冷たい美貌をしていた。
背は高く体格もいいが、研究者風の装いを見るに戦いが専門というわけではなさそうだ。
エレスは距離を測りながら男の言葉を繰り返す。
「統括幹部代理……」
「そもそもは研究畑の人間だ。肩書きばかりが偉くなって困る」
男は苦笑しながら肩を竦める。
「研究畑、ですか?」
萌花のルルンが不思議そうに言葉を繰り返した。
敵に対して無防備すぎる問いだったが、ハルヴィエドと名乗った男は素直に答えた。
「今までの怪人や魔霊兵は私が創り出したものだ。幅が広い発明家くらいに思ってくれたらいい」
警戒の度合いが一気に高まる。
魔霊兵は戦闘員よりも一段レベルの高い敵であり、怪人にも何度も苦戦させられた。それらを生み出すという彼はフェアリーズにとって厄介な敵だった。
「君たちの活躍は毎回楽しみに観させてもらっているよ。こうして直接会えて嬉しく思っている(マジで)」
ハルヴィエドは三人を観察しているが、特に清流のフィオナを注視していた。一挙手一投足を見逃さない、強い意志の込められた目だった。
「どうやら私は警戒されているようね……」
フィオナは初めて対峙するデルンケムの幹部を前に、それでも冷静な態度を崩さない。
まだ幼いルルンやまっすぐすぎるエレスのために、彼女は意識して抑え役を買って出ることが多い。どうやらハルヴィエドはそれを見抜き、フィオナこそが要だと判断したようだ。
「それは誤解だな。なに、私は君たちのファンでね(ガチで)。こうして出会えたことで感極まっただけだ」
美貌の青年は少しも笑わずにそんなことをのたまう。
ずいぶんと軽く見られている。フィオナはそう考えて身構えた。
「あ、あの。お兄さん、もう一つお聞きしたい……んですけど」
ルルンがそう問いかけたのは、これまでの対応からハルヴィエドが理性的だと判断できたからだろう。実際敵の幹部クラスでありながら彼はあからさまな敵意や悪意を向けてはこなかった。
「なにかな、お嬢さん」
「その頭のリボンは? あ、似合っては、いますが」
「それはありがとう。遠くの友人たちに、今日はこのリボンを付けて戦いに臨むと約束したんだ」
ルルンに褒められて美貌の青年は照れたように微笑む。氷細工のように整った顔立ちが、少しだけ温かくなったように感じられた。
それがエレスには複雑なようで、ほんの少し顔をしかめた。
「すごく優しく笑うんだね。悪の組織の幹部は血も涙もない奴だと思ってたよ」
「そういう男でなければ、怪人で街を襲ったりはしないな」
「それは、そうかもしれないけど」
デルンケムの幹部と聞いて想像したのは、人を人とも思わず暴虐の限りを尽くすいかにもな悪党だった。
だからやりにくい。こんなに穏やかな男が出てくるとは思っていなかった。
「エレス、ルルン。相手は敵、あまり隙を見せないでね」
弛緩しかけた空気に活を入れるように、フィオナが割って入る。
それに反応しハルヴィエドがぴくりと片眉を挙げた。
「ふふ、怖いなフィオナた……清流のフィオナよ」
黒衣をはためかせ、美貌の青年は一歩下がる。
「だが敵というのは事実だ。ゆけ、捕縛怪人スパイダリアン。美しき妖精姫たちをお前の巣で絡めとってやれ」
ハルヴィエドの指示により怪人が襲い掛かる。
ここに神霊結社デルンケムとロスト・フェアリーズの戦いの幕が上がった。
※ ※ ※
54:ハカセ
どや、約束通りピンクのリボンつけて出たで
これで信じてもらえるか?
55:名無しの戦闘員
いやなんというか……
56:名無しの戦闘員
ハカセむちゃくちゃイケメンじゃねえか⁉
57:名無しの戦闘員
ないわー
黒衣の銀髪オッドアイとかないわー
58:名無しの戦闘員
クモ型怪人の白いネバネバに囚われるフェアリーちゃんを想像した俺は悪くない
59:名無しの戦闘員
つか速攻でフェアリーちゃんたちに負けたな
60:ハカセ
当たり前や、ワイが造った怪人がフィオナたんたちに勝つわけないやろ
61:名無しの戦闘員
なんで自信満々なのw
62:名無しの戦闘員
普通の喋り方すんのな
63:名無しの戦闘員
あの銀髪イケメンがパソコンの前でポチポチスレに書き込んでるの想像すると笑えるw
64:名無しの戦闘員
エレス→赤髪ショートカット・身長低め巨乳・ボクっ娘・中学生くらい?
フィオナ→青髪ロングヘア・身長普通スレンダー貧乳、モデル体型・清楚系・高校生?
ルルン→金髪ツインテ・ロリっ娘・ぽややん・小~中学生っぽい?
総評……かわいい
65:ハカセ
>>62
社会人やからな 一応TPOに応じて振る舞いは使い分けとる
>>63
舐めんな 今はトランクス一丁でカップ麺食べながら書き込み中や
醤油とんこつうまいわぁ ワイがおった次元にはインスタント食品なんてないからな
66:名無しの戦闘員
ハカセですら働いてるのにお前らときたら……
67:名無しの戦闘員
おいやめろ
68:名無しの戦闘員
現地でハカセ見てきたぞー。マジモンのイケメンだった
統括幹部代理って偉いの?
69:名無しの戦闘員
オッドアイのくせに生態がほぼおっさんwww
70:名無しの戦闘員
なんやワイ将とほぼいっしょやん! つまりワイ将も銀髪イケメン!
71:ハカセ
>>68
そこらへんスレタイにも繋がってくるんやけど
ワイ悪の科学者ポジやけど首領が怒ってきてツラいんや
いや首領自身のことは好きなんやけどね
72:名無しの戦闘員
醤油とんこつなら日光食品のごく飲みスープシリーズが至高
あと担々麺もうまいよ
73:名無しの戦闘員
ネタスレかと思ったらガチの幹部とかドキワク
74:名無しの戦闘員
結局ハカセはなんで怒られたん?
75:ハカセ
>>72
情報感謝 さっそく明日ダンキホートで買ってくるわ
ワイな フィオナたんのポスター(自作)を部屋に飾っとるんや
すっごいかわいいんやけどそろそろ次のグッズ欲しくなってな
フィオナたんファースト写真集【水の誘惑】を作ろうと思って準備しとったら、首領に見つかってヤバいくらい怒られた
「裏切るつもりかっ⁉」って理不尽すぎひん?
76:名無しの戦闘員
えぇ……
77:名無しの戦闘員
理不尽どころかむしろ首領かわいそう
78:名無しの戦闘員
やってることストーカーじゃん
ガチ犯罪者じゃねえか
79:名無しの戦闘員
ストーカー以前に日本侵略を掲げる悪の組織の幹部は普通に犯罪者だと思ふ(小並感
80:名無しの戦闘員
気持ちは分からんでもない
フィオナちゃんマジで美少女だよなぁ
81:名無しの戦闘員
お前統括幹部じゃねぇのかよ
つか統括幹部なのに怪人開発? 内情がよく分からん
82:名無しの戦闘員
バカだ バカがおる
83:名無しの戦闘員
「ワイの次元にインスタント食品ない」って地味に重要な情報じゃない?
84:ハカセ
>>80 心の底から同意
しゃーないやん かわええもん
あーもう組織辞めるつもりはまったくないけど
それはそれとしてフィオナたんと結婚してパスタ屋さんとか開きたい
85:名無しの戦闘員
マジかこいつ
86:名無しの戦闘員
正直外見的にはマジメに申し込めばワンチャンありそう
87:名無しの戦闘員
こんなんが怪人開発してるとかデルンケムヤバいな
88:名無しの戦闘員
というかなにがしたいんだ?
89:ハカセ
あまりに疲れとるから愚痴りたいだけ。ぶっちゃけなんの解決も求めとらん
あとワイがフィオナたんと恋仲になれる策があるならいつでも募集中や!
90:名無しの戦闘員
どっちみちにゃんJ民に建設的な意見とかムリだからなw
91:名無しの戦闘員
トレイン男気取りかw
しかし語る分には聞くぞ、正直悪の組織の内情とかすっごい気になる
92:名無しの戦闘員
でもチラシの裏にそういうの書き込むのヤバくない?
93:名無しの戦闘員
よっしゃハカセぇ! 俺らがお前の愚痴を聞いてやる!
代わりにこのスレがマスコミとかデルンケムにばれないように隠蔽とかできない?
94:ハカセ
任せろ、ワイならこのスレを隔離して外部からの干渉を防ぐくらい余裕や
マスコミは完全シャットアウト
さらに、にゃんJ歴二年以上の勇士にしかアクセスできず検索もかけられないようしておくわ
しかも外に情報を漏らそうとしたら ちょっとアレなことが起こる仕様
95:名無しの戦闘員
すげえや バカと天才って両立できるんやな
※ ※ ※
【神霊結社デルンケム】によって日本は危機に晒されていた。
それに対抗し、美しき妖精姫【ロスト・フェアリーズ】は平和のために日夜戦い続ける。
その裏で行われる密やかな交流。
デルンケム統括幹部代理ハルヴィエドは悪の首領に振り回され、敵である清流のフィオナに恋をして苦悩する。
これは悪の組織の科学者ポジと、そんな彼を気遣う【にゃんJ民】との心温まる触れ合いの記録である。