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レヴィアタン侯爵邸へ

 本日は休日――エアと共に私の保護者ガーディアンであるレヴィアタン侯爵が住まう屋敷へと向かっていた。

 レヴィアタン侯爵に初めて会うエアは緊張の面持ちでいた。


「まさかミシャの保護者が侯爵だったなんて」

「大丈夫よ。とっても気さくなご夫婦だから」


 友達を連れていくと言ったら、ぜひとも連れてきてくれ、という返信があった。 


「だから安心してちょうだい」

「わかった」


 窓の外を眺めていたエアがギョッとする。


「な、なんか鬱蒼うっそうとした暗い森になっていくんだけど!」

「そうね。この辺りは針葉樹がたくさん生えているから、昼間でも暗くなるのよ」


 さらに馬車が進んでいくと、今度は前方の窓を覗き込んでいたエアが声をあげる。


「な、なんだ、あのお化け屋敷みたいな家は!?」

「レヴィアタン侯爵邸だけど」

「不気味すぎるだろうが!」


 そういえば私も初めて訪れたときは、そんなふうに思っていたな、と懐かしい気持ちになってしまった。

 エアは私と同じようにレヴィアタン侯爵邸の踊る黒薔薇の蔓とマンドレイクに驚き、骸骨に似た執事に目を剥いていた。執事は今日、鎌を持っていたので、余計にびっくりしたようだ。


「な、なんで鎌を持っているんだよ!」

「ジャケットに草が付着していたから、庭で草刈りでもしていたのよ」

「働き者だな!」


 レヴィアタン侯爵邸の規格外の出来事が、エアの緊張を解したようで、いつもの調子になる。


「レヴィアタン侯爵は体が大きくて少し怖い人に見えるかもしれないけれど、優しいお方だから安心してね」

「あ、ああ」


 レヴィアタン侯爵の名をだすと、緊張が戻ってきたようで、顔が強ばってきた。

 執事に案内された客間で待っていたら、レヴィアタン侯爵夫妻がやってきた。

 二人は私を温かな抱擁で迎えてくれた。


「あの、こちらは私のクラスメイトであるエアです」

「はじめまして、エア・バーレです」

「おお、エアか――む?」


 エアの顔を見た途端、レヴィアタン侯爵は首を傾げる。


「レヴィアタン侯爵、エアがどうかしましたか?」

「いや、友人の幼少期の顔立ちにそっくりだと思ってな」


 以前、エアが父親の顔は知らない、なんて話していたのを思い出す。

 この話は今、深く突っ込んでいいものではないのだろう。

 慌てて話題を逸らす。


「エアとは入学前に知り合ったんです。魔法具を取り扱う商店で。ねえ、エア?」

「あ、ああ」


 それから私とエアについての話を、レヴィアタン侯爵と夫人は楽しそうに聞いてくれた。

 紅茶とお菓子がだされ、天真爛漫なレヴィアタン侯爵夫人のもてなしを堪能しているうちに、エアの表情の強ばりはなくなっていく。


 あっという間に滞在時間は過ぎていった。


「エアよ、ホリデーになったら、ぜひとも遊びにきてくれ」

「はい、ありがとうございます!」


 帰り際に、レヴィアタン侯爵がエアを引き留める。


「その、エアの母君の名を聞いてもいいだろうか?」

「はい? あ、母の名はルーナ、と言います」

「ルーナ……では、違うか」


 エアがレヴィアタン侯爵の友人の幼少期に似ていたようだが、母親の名に覚えはないようで、どうやら別人だったようだ。


「しかしこれだけ似ているのだ。親戚かもしれない」

「いや、それはないかと。母は頼れる親戚はいないと言っていたので」

「そうだったのか。いや、失礼した」

「いえいえ。まあ、もしかしたら遠い遠い親戚かもしれませんし。血が繋がった人がいるかもしれないって、わかっただけでもちょっぴり嬉しいです」


 エアは親戚が一人もいない、天涯孤独の身だったのだ。

 彼が感じていた寂しさについて考えると、胸がぎゅっと苦しくなる。


「エア、ホリデーになったら、いっぱい遊びましょうね!」

「遊ぶって、子どもじゃないんだから。いったい何をするんだよ」

「カードゲームをしたり、遊戯盤をしたり、スケートをしたり」

「スケート?」

「あ、王都では無理ね。スケートというのは、凍った湖を滑って遊ぶものよ。専用の金属のブレードが靴に装着されていて、それで氷上を走り回るの」

「へーー、雪国は湖が凍るのか! 楽しそうだな」


 私の雪魔法が正しく制御できたら、雪で湖を凍らせることもできただろうけれど。

 今は無理だろう。


 何はともあれ、エアとホリデー期間中に遊ぶ約束を取り付けた。

 レヴィアタン侯爵夫妻と別れ、次なる目的地を目指す。

 エアは深い深いため息を吐いていた。


「はーーーーーー」

「エア、大丈夫?」

「あ、ああ」


 向かっている先はエアの後見人となったおじさんのいる家だ。

 会うのは入学式以来だという。


「まあ、手紙のやりとりはしているけれど」


 週に一回、エアは近況を送っているらしい。


「おじさん、返信の手紙が届くたびに、新しいシャツとか下着とか、筆記用具や参考書を送ってくれるんだ」


 エアは必要な物はないと言っているのに、毎週のように届くらしい。


「おかげで、俺の実家は大金持ちだって寮の奴らに勘違いされてしまってさ。弁解が大変だった」


 いらないのにとぼやくエアだが、そんな言動を後見人のおじさんが見たらがっかりするだろう。


「ねえ、エア。贈り物って、その人からの真心なのよ。だから、いらないって言わないの」

「そう、かもしれない。でも、限度があると思う。こんなによくしてくれても、恩の返しようがないし」

「エア……」


 彼はきっと、家族から当たり前のように与えられる愛情が、十分ではなかったのかもしれない。

 エアを抱きしめると、ギョッとされた。


「なっ、ミシャ、突然どうしたんだよ」

「このまま大人しく聞いて」


 今後も、後見人のおじさんとエアの付き合いは続く。

 エアが勘違いしないように、教えてあげないといけない。


「エア、後見人のおじさんから受けた真心は、返さなくってもいいのよ」

「え? どうして?」

「無償の愛だから」


 大切な人への愛情はいくら注いでも、足りないくらいなのだろう。


「人は他人からの愛情を受けて、すくすく育つの。そして大人になったら、注いでもらった愛情を、他の人に使ってあげるのよ」


 後見人のおじさんにとって一番の恩返しは、エアが立派な大人になることだろう。

 エアが後見人のおじさんを大切に思い、困ったときにいつでも手を差し伸べられるような状況にありさえすれば、何も返す必要なんてないのだ。


「エア、わかった?」


 納得してくれたようで、エアはかすかに頷いた。 

 

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