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スノー・ベリーの解毒ジュース

 ホイップ先生は料理人達に校内の食堂にある果物を集めてくるように言ってから、スノー・ベリーを採りに向かってくれた。

 私はひたすらオレンジを搾ってカップに注ぐ作業を続ける。

 途中でアルビーナ達が戻ってきた。


「ミシャさん、次は何をしましょう?」

「そうね」


 誰かホイップ先生の手伝いにいったほうがいいかもしれない。


「ホイップ先生が下校途中の森にスノー・ベリーを採りにいったの。誰か手を貸しにいってほしいのだけれど」

「スノー・ベリー? どこにあるんだ?」


 ユルゲンの指摘を聞いてハッとなる。いきなり校内にあるスノー・ベリーの樹について言われてもわかるものではないだろう。

 森に生息する魔法生物であったら、スノー・ベリーの樹がある場所を知っていそうだが……。

 と、ここまで考えて気づく。


「そうだわ! アルビーナ、召喚魔法が得意だと言っていたわよね?」

「え、ええ」

「だったら、校内にいる魔法生物を呼ぶことはできる?」

「できますけれど、呼んでどうするおつもりですか?」

「スノー・ベリーの樹がある場所を案内してもらおうと思って」

「呼ぶことはできても、意思の疎通はできないですよ」

「それは大丈夫! フェーベが喋ることができるから」


 自己紹介をするとき、特技を紹介し合っていてよかった、と心から思う。


「たしかに魔法生物と喋ることはできるが、俺の言うことを聞くかどうかはわからないぞ」

「対価があるの」


 ジェムのおやつになるかもしれない、と魔石の粒を持ち歩いていたのだ。

 これをあげるから、スノー・ベリーの樹の場所へ案内してほしい、と交渉を持ちかければいい話である。


「わかりました。では、召喚のさいに、校内にあるスノー・ベリーの樹のある場所を知っている子、と条件をつけて呼んでみます」

「お願い」


 ジェムにもスノー・ベリーの実を採る作業を手伝うよう、お願いしておく。

 やってくれるか心配だったものの、ジェムは触手を伸ばし、丸を作ってくれた。


「ユルゲンは引き続き、カップを運んでくれる?」

「ああ、わかった」

「リアはカップの準備をお願い!」

「はい!」


 私がジュースを搾るハンドルを回す隣で、魔法生物の召喚が行われる。


「――いでよ、召喚サモン!」


 アルビーナの呼びかけに対し、リスの魔法生物がやってきてくれた。

 フェーベが独特な言語を使い、リスに問いかける。

 魔石の粒を報酬として示すと、リスは任せろとばかりに『チュ!』と鳴いて、厨房から飛びだしていった。

 そのあとを、フェーベとアルビーナが追う。


「ジェムもお願い! ホイップ先生を助けてあげて!」


 私の言葉にジェムは頷き、コロコロと転がっていった。

 それから十分後――厨房にある果物がなくなりかけた瞬間に、ホイップ先生達が転移魔法で戻ってきた。

 ホイップ先生の手には、スノー・ベリーが山盛りになったかごがある。


「お待たせしたわねえ」

「ありがとうございます!」


 すぐさまもう一つの搾り器にスノー・ベリーの実を入れ、蓋を閉じたあと、ハンドルを回していく。

 真っ赤な果汁が搾りでてきた。

 今度はこれをみんなに運んでもらった。


 スノー・ベリーの実はそこまで多くなかったが、最後の一杯を搾り終えたところで、料理人達が校内の厨房にあった果物を持ってきてくれた。


「これだけあれば足りそうだわ~」

「ええ」


 皆の頑張りが功を奏し、倒れた生徒全員に行き渡らせることができたようだ。


 一時間後――厨房には校長や理事もやってきて、ホイップ先生が騒動について説明している。

 私の解毒作用を付与したフレッシュジュースを使って治療した、ということはもちろん伏せて報告しているようだ。

 大丈夫かと心配になったが、食中毒を治したのは門外不出のエルフ族の秘薬と言い張って、誤魔化してくれるらしい。

 学校側に嘘を吐いていいのか不安になったものの、私の祝福を悪い大人に利用されるほうが恐ろしい、とホイップ先生は言ってくれた。

 一学年の実行委員についても、ホイップ先生の指導のもと、私がエルフ族の秘薬を作っていたと説明してくれたようだ。皆、素直な子達なので信じてくれたらしい。

 そんなわけで、私の秘密は外に漏れずに済んだようだ。

 ここで少し休んでもいい、と言われたものの、校長や理事がいる厨房でどう休めばいいものかわからなくなる。

 壁に寄っかかり、はーーーー、とため息を吐く。

 数時間ハンドルを回しっぱなしだった私の腕はじんじん痛みを訴えていた。


「うう、疲れた……」


 ジェムが椅子に変化してくれたので、ぐったりと腰掛ける。ジェムが腕をマッサージしようかと触手を伸ばしてきたが、力加減が怖いのでお断りしておいた。

 自分で腕を揉んでいたら、誰かが手をかざし、魔法陣が浮かび上がる。

 温かな光に包まれるのと同時に、腕の痛みが引いていった。


「こ、これは――!?」

「低位の回復魔法だ」


 顔を上げると、ヴィルが私を見つめていた。


「あ、ありがとうございます。その、回復魔法、使えるようになったのですね」

「ああ。本を軽く読んだだけだが、ちょっとしたものならば発動できるようになった」


 回復魔法は神学校に通わないと使えないと言われていたのに、ヴィルは魔法書を読んだだけで習得してしまったようだ。


「高位の回復魔法は使えないだろうから、期待はしないように」

「は、はあ」


 個人的な接触は禁じられているのだが、今回に限っては校長や理事、ホイップ先生は見ないふりをしてくれているようだ。

 まあ、忙しくて目に入っていない可能性もあるけれど。


「ミシャ、よくやった」


 ヴィルはそう言って、私の頭を撫でてくれる。

 その一言で、疲れが吹っ飛んだような気がした。 

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