小舞踏会のはじまり
ついに、小舞踏会が始まる。
普段、魔法学校の制服に身を包む生徒達が、華やかなドレスや燕尾服姿でいるのが新鮮だった。
実行委員である私達は普段と同じ制服姿で、黙々と飲み物を配って歩いていく。
軽食コーナーは早速好評で、中でも水槽ゼリーが人気のようだ。
マジパンも次々となくなっているようで、本当に好きなんだな、と思ってしまった。
紅茶を飲みたい、と希望してくれる子も数名いて、厨房と会場を何度も往復する。紅茶を飲むスペースは決まっていて、テーブルと椅子が置かれてあるのだ。
休みたい人や、座って軽食を食べたい人も、ここを利用している。
「よう、ミシャ!」
「エア! アリーセも!」
意外な二人組がやってきてくれた。
「二人揃ってどうしたの?」
疑問を投げかけると、アリーセが頬を赤く染めながら答えてくれた。
「たくさんダンスを申し込まれて困っているところを、彼が助けてくれたんです」
「そうだったの」
やるじゃん、エア、と思ってしまった。
「その場に立ち止まっていたら話しかけられるみたいだから、だったらミシャのとこに遊びに行ってみようってなったんだよ」
「そうだったのね」
紅茶を飲みたいというので、休憩スペースで待っておくように言っておく。
厨房は戦場と化し、料理を次から次へと作っていた。
ゼリーも魔石仕掛けの急速冷蔵庫の中に入れたら、さほど時間をかけずとも完成させることができるらしい。
紅茶だって、魔石ポットでお湯を沸かしたら、すぐに淹れられる。
ただ、茶葉を蒸らす時間だけはどうにもならないので、しばし待っていただくことになるが。
茶葉が入ったポットにお湯を注ぎ、ティーコジーを被せる。カップやシュガーポットなどを銀盆に載せ、エアやアリーセのもとへと運んだ。
「お待たせ! この砂時計がすべて落ちたら飲んでね」
「ああ、ありがとう」
「おいしくいただくわ」
紅茶を待っている間に軽食を食べたようだ。
「わたくしはこのマルチパンのお菓子がお気に入りですわ」
「俺も!」
「そ、そう。ゼリーもおいしいから、食べてみてね」
「ああ」
水槽ゼリーの周囲には人が多かったので、近づけなかったらしい。
「海色のゼリーなんて初めてですので、気にはなっているのですが」
「だったら俺が取ってきてやるよ」
「いいのですか?」
「ああ」
エアはそう言って、軽食コーナーへ駆けていった。
その様子を、アリーセはうっとりした様子で眺めている。
この表情は、彼女が猫について語るときと同じ顔だ。
まさか……と思ったものの、勝手に勘ぐるのはよくないだろう。
エアが戻ってきたので、アリーセのことは彼に任せることにした。
小舞踏会が始まってから、二時間くらい経っただろうか。
ダンスの時間となり、楽団がやってくる。
全生徒の前でレナ殿下とノアがセレモニーダンスを踊っていた。
二人ともとても上手で、思わず見入ってしまう。
ふと、ヴィルはどこにいるのだろうか、と会場を探してみるものの、見当たらない。
あの美貌の持ち主なので、遠目でもわかるのだが……。
もしかしたら、バルコニーかどこかの人目につかない場所で、誰かと一緒に過ごしているのかもしれない。
セレモニーダンスが終わったら、パートナーと一緒に現れるかもしれないのだ。
それについて考えると、胸がつきりと痛んだ。
この感情はいったい――? なんて考えている私のもとにレナ殿下とノアの取り巻きがやってきて、紅茶を淹れてきてくれないか、と頼んできた。
ヴィルを気にするよりも、仕事に集中しないと。
そんなわけで、私は会場をあとにする。
五分後――戻ってきたころには、全校生徒のダンスが始まっていた。
レナ殿下とノアの取り巻きがこっちだ、と教えてくれる。
ダンスを終えた二人は、休憩スペースで休んでいるようだ。
「ああ、ミシャか。実行委員は大変だな」
「ええ。でも、楽しんでいるわ」
「よかった」
ノアはレナ殿下の前だからか、猫を被っており、にこにこしていた。
紅茶を一口飲んで、とてもおいしいです、と言ってくれる。本心かどうかはわからないが。
「ミシャの淹れる紅茶はおいしいだろう?」
「あら、レナ様、彼女とずいぶん親しいのですね」
「私の親友だよ」
「まあ!」
レナ殿下から見えない角度で、ノアはすさまじい顔で睨んでくる。
相変わらずの、とてつもない焼きもち焼き職人のようだ。
「軽食は食べた?」
「ああ、おいしかったよ」
「なかなか興味深い品目でした」
どうやらレナ殿下やノアも楽しんでくれたようで、よかったと思った。
みんなの努力が実を結んで、ベネフィットがもらえたらいいのだが。
なんて考えていたら、想定外の事態が発生する。
カラン! と銀が落ちる音が聞こえた。
「――きゃあ!!」
誰かの悲鳴だった。
楽団の演奏が終わったタイミングだったので、余計に響き渡る。
何事かと思って駆け寄る。
軽食を食べていた生徒の一人が、お腹を押さえ、膝を突いていた。
酷い汗で、顔色も悪い。
「ねえ、大丈夫!?」
そう声かけした瞬間、その生徒は倒れてしまった。