試食会
ヴィルとは一ヶ月間、直接の接触は禁止ということで、予習は鳥翰魔法を使って手紙のやりとりをしながら行っていた。
ヴィルは文章で勉強を教えるのも上手で、今のところ困っていない。
けれども文字で指導するというのも大変だろう。
しばらくは自力で頑張ってみると手紙で伝えたのだが、食事のお礼として勉強を教えたい、と強く望んでいたようなので、好意を受け取ることにしたのだ。
はじめこそ、ヴィルに会えなくて寂しいな、と思っていたのだが、時間が経つにつれて、今までがおかしかったのだ、と気づくようになる。
ヴィルは未来のリンデンブルク大公で、私は一介の貴族令嬢に過ぎない。
そんな二人の交流が続いていたこと自体、奇跡のようなことだったのだ。
一ヶ月が過ぎ、学校側からの制限がなくなっても、私達はあまり接触しないほうがいいのではないか。
そんな考えも浮上しつつある。
私はヴィルの当番生に指名されてしまったので、完全に関係を絶つこともできないのだろうが。
まあ、これまでのように距離が近いのも、ヴィルがヴァイザー魔法学校に在学している間だけだろう。
普段、周囲の人達にはクールなヴィルに優しくされると、自分は特別な存在なのではないか、と勘違いしそうになる。
一刻も早く、離れ離れになったほうが私のためでもあるのだろう。
翌日――朝から実行委員会の話し合いが行われた。
ヴィルとは久しぶりに顔を合わせることになる。
二人っきりで会うわけではないのに、なんだかドキドキしていた。
他の生徒達も、ヴィルに会うときはこのような気持ちになっているに違いない。
きっとヴィルは私のことなんて眼中にすら入れないだろう。
ほんの少し会わなかっただけで、ずいぶんと遠い存在になったような気がした。
職員室の隣にある監督生専用の部屋に入ると、すでにほとんどの実行委員が集まっていた。今日はリアの隣に腰かける。
時間になると、ヴィルがやってきた。
入ってきた途端に目が合ってしまい、その場で飛び上がりそうになる。
このときは偶然だと思ったのだが、ヴィルは話し合いの最中も私を凝視していた。
他人から熱烈に見つめられることなどなかったので、盛大に照れてしまう。
その様子を二学年の監督生が不思議に思ったようで、ヴィルに質問していた。
「あの、リンデンブルク監督生長、一学年の彼女が何かやらかしたのですか?」
隣に座っていたリアは私に対し、憐憫の視線を向けている。
どうやら周囲の人々には、私が何か粗相をし、ヴィルに睨まれているように見えたようだ。
緊迫感漂う空気の中、ヴィルはしれっとした様子で答える。
「別に、私の当番生がきちんと役目を果たしているのか、監視していただけだ」
「さ、さようでございましたか!」
気まずい雰囲気のまま、会議は終了した。
その後、私は一学年の実行委員から同情を集めてしまう。
「ミシャちゃん、大丈夫でした?」
「リア、平気よ、心配しないで」
アルビーナは私を抱きしめ、励ましてくれた。
「監督生長の当番生って大変なんですね! 私達は皆、味方ですので!」
「あ、ありがとう」
ユルゲンとフェーベは何かあったら相談するように、と励ましてくれた。
「みんな、ありがとう……!」
心強い仲間達に感謝する。
それと同時に、ヴィルの視線が熱烈的に見えたのは、私の盛大な勘違いだったことに気づいた。
◇◇◇
ついに、小舞踏会当日を迎えた。
一学年の実行委員は早めに登校し、軽食の毒見を行う。
用意された料理を前に、思わず「わあ!」と声を上げてしまう。
アルビーナは誇らしげな様子で、料理を紹介してくれた。
「これが目玉である、海をイメージした水槽ゼリーです!」
大きな水槽に、チョコレートで作られた魚がぷかぷか浮かんでいる。
見ているだけで楽しくなるようなメニューだろう。
ユルゲンは水槽ゼリーを前に、子どもみたいにはしゃいでいた。
「うわーーー、すげえ! 青いゼリーなんて初めてだ!」
ゼリーが入った水槽の表面はガラスだが、底と背面は毒避けの魔法がかかった銀が使用されている。取り皿やフォーク、スプーンも銀で、徹底的に毒対策が採られているようだ。
「どうぞ、掬って食べてみてください」
「いいのか!?」
「ええ。本番と同じように食べるのが試食ですから」
同じような水槽ゼリーがいくつも作られているので、安心して食べてほしい、とアルビーナは言う。
中にあるチョコレートの魚を捕るのも、お楽しみの一つのようだ。
「おっ、マグロンが取れた!」
「私は飛行イカが取れました!」
フェーベははしゃぐユルゲンをやれやれと言わんばかりの様子で見ていたものの、いざ自分の番が回ってきたら楽しそうにしていた。
彼にも子どもらしい一面があるとわかって、なんだか嬉しくなる。
水槽ゼリーは弾力があるタイプで、味は柑橘系だろうか。チョコレートとの相性も意外とよくて、とてもおいしい。
他に、魚のパイやフリット、シチューに串焼きなど、種類豊富な料理が用意されていた。 中でも好評を博していたのは、魚を模したお菓子である。
「精巧に作られているけれど、これ、なんでできているの?」
「たしか、マルチパンです」
アルビーナの言葉を聞いて、ウッ! と唸ってしまう。
マルチパンというのは、前世で言うところのマジパンだ。
その正体は砂糖とアーモンドプードル、卵白を混ぜ、練り上げて作るものである。
この国の人達はマジパンが大好きなのだ。
クリームの代わりにマジパンが包まれたケーキや、チョコレートがあるくらい。
練り切りみたいに、マジパンそのものを食べる文化もあるようだ。
「この魚のお菓子も最高だな」
「ええ、おいしいです」
「なかなかいける」
「よかったです」
私以外の四名は喜んで食べているようだった。
「ユルゲン、そんなにパクパク食べていると、喉に詰まらせてしまいますよ」
「そんなわけ――うっ!!」
「ほら! 言ったでしょう!」
「ちょっと待って。お茶を淹れてくるから」
先ほどから蒸らしていた紅茶があるのだ。それをカップに注いで、ユルゲンに飲ませてあげる。他の人達にも、紅茶を配った。
「ミシャちゃんの淹れた紅茶、とてもおいしいです!」
「本当だ! うまい!」
「ミシャさんには紅茶係になっていただきましょうか」
飲み物は炭酸ジュースを配るようだが、希望者がいれば紅茶も用意するらしい。
そんなわけで、私は紅茶係に任命されたのだった。