実技試験が始まる
杖以外の物も見てみる。
もっともコンパクトな指輪は目が飛び出るほど高価で、一番安い品でも金貨二百枚もするらしい。母の実家は裕福で、たんまり持参金を持っているようだが、さすがにこれはねだれない。
続いて、魔法書型の物を見てみる。本自体は古びたように見えるが、金や銀の装飾がなされていて華やかだ。
値段も金貨三枚からと予算内だったが、杖や指輪に比べて重そうだ。
他にも占い師を思わせる水晶型や、魔女っぽい箒型、呪文が刻まれた短剣、宝石が填め込まれた腕輪など、種類豊富に並んでいた。
魔法学校で使う物なので、基本的な短杖がいいのだろう。
母が店主と共にやってくる。私の魔力の相性を見て、杖を選んでくれるらしい。
目利きの店主は私が雪属性だと言うと、氷柱を固めて作った短杖を選んでくれた。
「これならば、魔力との相性はばつぐんでしょう」
握ってみると驚くほど手に馴染み、魔力が正しく活性化される様子を感じた。
「いかがですかな?」
「これにします!」
即決だった。
ホテルに戻り、実技試験の練習をしてみる。
すると、白樺の杖よりもずっと上手にできた。これならば、いい成績を残せるだろう。
エアは大丈夫だろうか。若干、心配になってしまった。
まあ、これまで木の枝を使って魔法を発動させていたというし、それよりはマシだろう。
王都で初めてできたお友達なので、なんとか合格してほしいものである。
◇◇◇
とうとう、実技試験の当日を迎えた。
ヴァイザー魔法学校には多くの受験者が集まってくる。
その中に、以前、私に絡んできたパープルグレイの髪を持つ、貴族令嬢の姿を発見してしまった。
とてつもない美人なので、これだけ大勢の人がいても、目立っているのだ。
彼女に見つからないよう、こそこそと試験会場に向かう。
こうして受験者を見てみると、そのほとんどが貴族出身の者のようだ。
どうしても魔法を習うのはお金がかかるので仕方がない話なのだが。
もしも貴族以外に逸材がいたとしたら、もったいないことをしているだろう。
実技試験について配られた羊皮紙の摘要に目を通していたら、突然話しかけられる。
「ミシャじゃねえか。よう!」
どっかりと隣に腰をかけたのは、先日魔道具店で出会ったエアだった。
「お前がくれた杖、すげえな。魔法が使いやすくなった」
「それはよかったわ」
エアの声が大きいので、周囲からジロジロと視線が集まる。
これではいけない、とポケットに入れていた飴を分けてあげた。
「これ、緊張が和らぐ飴なの」
「緊張はしてねえが、腹は減っているから貰っておこう」
そう言って、その場で舐め始める。
「うまいな、これ」
「でしょう?」
ラウライフの地で採れる貴重な蜂蜜と、薬草を煎じて作ったとっておきの飴だ。
今度、さまざまな薬効を付けた飴を商品化しようかと思って、商人に渡すために作った余りを持ってきていたのだ。
「お前、本当にいい奴だな」
「お褒めいただけて光栄だわ」
ニコニコと話しかけていたのに、エアは突然表情を曇らせる。
「どうかしたの?」
「いや、なんか、ミシャに借りばかり作っていると思って」
「エア、お友達同士に損得勘定なんてないの。覚えておいて」
「損得勘定なんて、難しい言葉を使うんだな」
「あなたもこれから使ってちょうだい」
「そんな機会なんてあるのかよ」
お喋りはこれくらいにして、実技試験を受ける前に最終チェックを行う。
短杖はしっかり磨き、呪文も暗記し直す。
それから一時間後に、実技試験が始まった。
十名ずつ名前が呼ばれ、試験官の前で魔法を披露するらしい。
エアは先に呼ばれ、市場に売られていく仔牛のような表情で去って行った。
それからさらに一時間経ち、やっとのことで私も呼ばれる。
目の前に、ひとつに結んだパープルグレイの髪が揺れていた。
例のお嬢様と一緒のグループのようだ。
たしか名前は、アリーセ・フォン・キルステン、なんて呼ばれていたような。
キルステンと言えば、五大公爵家の中でもっとも古い名家である。
つまり彼女は公爵令嬢で、とてつもなく高貴なお方だったようだ。
公爵家のお嬢様に目を付けられていたなんて、本当についていない。
どうか今日は絡まれませんように、と願うしかなかった。
案内された部屋には試験官達がいた。
眼鏡をかけた五十代くらいのおじさんに、三十代前後の年若い男性、それから長い耳を持つ美しいエルフの女性の三名である。
一人ずつ名前を呼ばれ、課題である三種類の魔法を披露した。
部屋の中は緊張感に包まれ、最初に呼ばれた子は鑑定を失敗していた。
その空気に飲み込まれたのか、二人目の子も同じように鑑定を失敗する。
他にも用意された羽根を浮かせなかったり、鳥翰が上手く発動できなかったりと、ここのグループは失敗続きであった。
ずーんと暗くなった雰囲気の中、公爵令嬢アリーセの名前が呼ばれる。
彼女は金の腕輪型の魔道具で魔法を使い、見事に実技を成功させていた。
それを見た眼鏡のおじさんがコメントする。
「――ふむ、浮遊はいささか低かったが、鑑定の情報は不足はないし、鳥翅も正しく届けられた。問題ないだろう」
アリーセは当然、という表情を浮かべつつ、優雅な会釈を返していた。
最後は私である。
ドキドキしながら試験官の前に立ち、質問に答える。
「では、受験番号と出身地、名前を言うように」
「はい。受験番号六百七十七番、ラウライフの出身、ミシャ・フォン・リチュオルです」
「ラウライフ?」
首を傾げる若い男性試験官に、エルフの試験官が甘ったるい声で答える。
「北の辺境にある土地かと~」
「ああ、なるほど」
どうやら我が故郷は、魔法学校の教師も把握していないほどの田舎らしい。
そんな悲しい現実はさておき、試験に集中する。
「まずは浮遊から」
「はい」
杖を握り、集中して呪文を唱える。
「――浮かんで漂え、浮遊!」
羽根の下に魔法陣が浮かび、元気よく舞い上がった。
「あら」
「おお」
「これは……」
思っていた以上に高く飛んだ。反応を見るからに、まあまあいい結果だと思われる。
「よろしい。続いて、鑑定をするように」
「はい」
用意されたのは、薬草である。
これは魔法薬作りによく使うもので、調べるまでもない。けれども魔法を披露する場なので、呪文を発動させる。
「――見定めよ、鑑定!」
魔法陣が浮かんだあと、すぐに答えた。
「これは麻痺草で、麻痺症状を治す魔法薬を調合するさいに使う魔法薬草です」
「けっこう」
最後は鳥翰魔法である。
エルフの試験官に手紙を送るように、と言われた。
アリーセまで、眼鏡のおじさん試験官に送るように言われていたのに、なぜか私のときだけエルフの試験官宛てに送らなければならないようだ。
羊皮紙に書かれた魔力の詳細について目にした瞬間、ギョッとする。
これを短時間で魔法式にまとめ、術式を完成させなければならないなんて、拷問とも言えよう。
必死に頭を使って実行させる。
「――届け、鳥翰!」
手紙は元気よく飛び上がったものの、エルフの試験官に届く寸前で力なく落ちていった。
惜しい。手を差し伸べたら取れる距離だったのに。
眼鏡の試験官おじさんは手を伸ばして受け取ってくれたのに、エルフの試験官は頬杖を突いていて受け取ってくれなかったようだ。
まさかの失敗である。
受験者からはいたたまれないような視線が集まっていた。
アリーセだけは、何をやっているのか、という目で見ていた。
私の実技試験は、これにて終了である。
絶対に落ちただろうと思っていたのに、一ヶ月後にはまさかの通過を知らせる手紙が届いた。
跳びはねるほど喜んだのは言うまでもない。
最後は面接である。
人となりにはまったく自信はないのだが、一番毛並みのいい猫を被って、なんとか合格したい。