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ヴィルに夕食を

「ミシャ、帰ろう」


 差し出された手を取れずにいたら、ヴィルはまさかの行動にでる。

 私の体を抱き上げると、米俵みたいに担ぎ始めたのだ。


「なっ、ヴィル先輩!? ど、どうして!?」


 私の疑問に答えず、ヴィルは結局ガーデン・プラントに戻るまで、私を担いで歩いていったのだった。

 下ろしてくれたのは、家の前だった。


「すまない、今日は勉強を見てやれない」

「いえ……これから大変でしょうから」


 何かできることはないのか、と探した結果、一つ閃いた。


「でしたら、ヴィル先輩の分の夕食を作ります」

「いいのか?」

「はい。飛行系の魔法生物を派遣していただけたら、託しますので」


 ヴィルの暗かった表情が少しだけ明るくなる。


「魔法生物はなるべく大きい子に頼んでください」

「わかった」

「ホイップ先生の呼び出しが終わったあと、うちに食べにきてもいいのですが」

「いや、何時に終わるかわからないから、遠慮しておこう」


 これから何時間、ホイップ先生に怒られるつもりなのか。

 この件に関しては心の奥底から申し訳なく思ってしまった。


「何か食べたい料理とかありますか?」

「魚料理であれば、食べられるような気がする」

「本当ですか!? よかった。では、魚料理を作りますね」


 会話が途切れたタイミングで、思わず空を見上げてしまう。雪はまだ止まりそうにない。


「雪、止みませんね」

「心配するな。じきに止むから」


 ヴィルの頬は冷たい風にさらされていたからか、真っ赤になっていた。

 思わず手を伸ばし、頬を包み込むように触れる。

 氷みたいにひんやりしていたので、驚いてしまった。


「ミシャの手は温かいな。しかし、このようにしては、手が冷えきってしまうだろう」

「私は大丈夫です。あ――少し待っていてください」


 家に戻り、実家から持ってきた数少ない私物の中から、マフラーを取りだした。

 

「ヴィル先輩、このマフラー、使ってください」


 黒い毛糸で作ったマフラーなので、ヴィルが身につけてもおかしくないはずだ。

 

「魔法学校に入学する前に編んだのですが、私には必要ないので」


 少し雪が降った程度では寒くない。


「手編みなのか?」

「ええ」

「器用だな」

「あまり編み目は見ないでください。自分用だと思って、そこまで丁寧に編んでいませんので」


 ヴィルに身をかがめるように言って、マフラーをぐるぐるに巻いた。

 耳も真っ赤になっていたので、きっちり覆っておいた。


「いかがですか?」

「暖かい」


 ホッとしたのもつかの間のこと。

 ヴィルはとんでもないことを言ってくれる。


「このマフラーは、ミシャの匂いがする」

「なっ!?」


 完成後一度手洗いしているのに、匂いが染みついていたなんて。

 家に置いていたからだろうか。


「やっぱり返してください!」

「これは私のマフラーだ」

「あ、あげていません!」

「必要ないと言っただろうが。いくらだ? 言い値で買い取ろう」

「いやいやいや! 値段なんてつけられるような品ではありません!」


 別に進呈してもいいのだが、一度洗濯させてほしい。そう訴えても、そのままでいいと言われてしまった。


「汚れていないのに、なぜ洗う必要がある?」

「匂いが残っているからです!」


 なんて言い合いをしていたら、大きな鳥が飛んでくる。

 何かと思えば、ホイップ先生の使い魔であるミミズクだった。

 足に手紙が差し込まれていて、ヴィルが開封する。


「何か緊急事態ですか?」

「いや、早く職員室にこい、と」

「ああ……」


 どうやら喋り過ぎてしまったようだ。


「では、ミシャ、また明日会おう」

「ええ、また明日」


 手を振ってヴィルを見送る。

 長い時間怒られませんように、と祈るしかなかった。


 ◇◇◇


 ヴィルが帰ったあと、私は夕食作りに取りかかる。

 メインは今日、レナ殿下が持ってきてくれたマスだ。

 それでミルクたっぷりのクリームシチューを作ろう。

 マスは三枚おろしにして一口大にカットし、臭み消しをするためにミルクに漬けておく。

 ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、キノコを角切りにし、塩、コショウで下味をつけ、炒めていく。

 火が通ってきたら小麦粉を入れ、具に馴染んだタイミングで、ミルクと生クリーム、ブイヨンを入れて煮込んでいく。

 マスは一度洗って、塩をパッパとふりかけ、鉄板に並べて窯で焼くのだ。

 これは身がほぐれるのを防ぐためと、生臭く仕上がるのを防ぐ目的がある。

 とろみが付いた状態になったら、焼いたマスを入れて、アクセントとして庭で摘んだ薬草、ヒソップとエストラゴンの葉を入れる。少し煮込んだら完成だ。

 ちなみにヒソップにはストレスを和らげる効果があり、エストラゴンは消化促進、体内浄化の作用があるのだ。

 味見をしてみたが、おいしくできたと思う。


 もう一品は根セロリを使ったサラダを作ろう。

 根セロリは前世では馴染みが薄い食材だが、この世界では貴族に愛される食材のようだ。

 大きさは拳より少し大きいくらいか。表面はごつごつしていて、とても硬い。

 皮はペティナイフで厚めにそぎ落とし、中の白い部分のみをいただく。

 細切りにし、タルタルソースにヨーグルト、アンチョビ、酢、蜂蜜、塩コショウを混ぜて作ったものに和える。

 根セロリのサラダの完成だ。


 パンは朝焼いたものを食べていただこう。

 シチューは別の鍋に移し、こぼれないようにしっかり紐で結んで、キルト生地で包んでおく。


 外にでると、巨大なシマフクロウが手紙受けを止まり木代わりにしていたのでびっくりしてしまう。


「あの、ヴィル先輩のデリバリー・バードですか?」


 言葉のニュアンスが伝わったのか、こっくりと頷いてくれた。


「あの、こちらをヴィル先輩の元まで運んでください」


 翼を広げていない状態でも一メートル近くありそうだ。

 びびりながら料理が入った包みを差しだす。


 シマフクロウは「ホー!」とひと鳴きすると翼をはためかせ、料理の包みを脚でがしっと掴む。

 重たくないかな、と思ったが、軽々と運んでくれた。

 飛び立つシマフクロウに手を振って見送ったのだった。 

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