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ヴィルフリートへお弁当を

 ヴィルにお弁当を作ったのはいいものの、問題はどうやって渡せばいいのか。

 三学年の教室にいって直接渡すなんて、目立つことを考えただけでゾッとする。

 寮で待ち伏せしていても、同じくらい注目を集めるだろう。

 魔法生物がその辺にいたら、ヴィルに渡すように頼めるのに。

 ヴィルがいるときは大量に姿を現すのに、本人がいなければ気配も感じられない。


 どうしようか迷っていたら、レナ殿下が話しかけてくる。


「ミシャ、今日は大荷物だな。お弁当がいつもより一つ多いようだが」

「これはヴィル先輩の分なの。毒抜きのために入院して以来、食欲がないと聞いて、私が作る料理はよく食べていたから、作ってみたのだけれど」

「なるほど。そういうわけだったのか」

「でも、どうやって渡しにいけばいいのかわからなくて」

「教室にいけばいいのでは?」

「三学年の教室にいくのは、変に注目を浴びそうでいやなの」

「そうか」


 レナ殿下はしばし考え込む仕草をしていたが、何か思いついたのか、ハッとなった。


「ヴィルフリートは朝、監督生専用の部屋にいるはずだ。以前、そんな話をしていたのだ」


 監督生専用の部屋というのは、以前、実行委員会が開かれたところだろう。

 ヴィル以外の監督生は朝、いないというので、そこならば周囲の目を気にすることなく、お弁当を渡すことができそうだ。


「教えてくれてありがとう。こっそり渡せそうだわ」

「お役に立てて何よりだ」


 そんな会話をしつつレナ殿下と登校し、玄関で別れる。

 私は教室にいかず、監督生専用の部屋へ向かおう。

 ふと、背後にジェムの気配がないことに気づく。


「え、ジェム、どこ!?」


 辺りを見回していたら、すぐにジェムを発見した。

 なんとジェムは、私とは真逆の方向――教室のほうへと転がっていた。

 すぐに引き留め、私についてくるように命じる。

 なんというか、本当に我が道をゆく子なのだ。


 廊下を歩くこと三分、監督生専用の部屋に行き着く。

 ヴィルがいなかったらどうしよう、と思っていたが、明かりがついていた。もしも不在だった場合は、中にいる監督生にヴィルがどこにいるのか聞けばいいだけの話である。


 扉を叩いて名乗ると、すぐに開かれた。

 ドアから顔を覗かせたのはヴィルだった。


「ミシャ!?」

「おはようございます、ヴィル先輩」

「おはよう」


 突然やってきたので、驚かせてしまったようだ。

 職員室にやってくる生徒や教師がいるため、中に入れてくれないか頼み込む。

 ヴィルは頷き、私を招き入れてくれた。

 密室に男女が二人きりとなってしまったことにジェムが気づいたのか、すぐに女子生徒の姿に変化した。

 体や制服のクオリティは完璧なのに、顔はいつものジェムそのものだったので、少し怖い。

 けれどもまあ、いないよりはマシなのか。

 外から窓を覗き込まれても、男女が二人っきりでいるようには見えないだろう。たぶん。


「朝からやってくるなんて、どうしたんだ?」

「ヴィル先輩に昼食を作ってきたんです。もしかしたら食べられるのではないかと思って」


 お弁当箱をヴィルに手渡し、鑑定魔法で調べてみるように勧める。


「私の鑑定魔法のレベルはごくごく普通で、巧妙に隠された毒は見抜けないのだが」


 そうなのだ。鑑定魔法にもランクがあり、レベルによって情報量が異なる。

 上位の鑑定魔法を操れる者はアイテムショップで買い取り鑑定の仕事に就いたり、研究員になって古代のアイテムを調べたり、とさまざまな職に就ける。


「今回のものは低位の鑑定魔法でもわかりますので、調べていただけますか?」

「わかった」


 ヴィルはお弁当に手をかざし、鑑定魔法を展開させる。


「――見定めよ、鑑定アナライズ!」


 魔法陣が浮かび、ヴィルの目にはお弁当の状態が表示されたはずだ。


「解毒効果だと!?」

「ええ、そうなんです。魔法薬だけでなく、おそらく私が作った口にできるものに解毒効果が付与されているようで」


 だから安心して食べてほしい。

 きっと喜んでくれるだろうと思っていたが、ヴィルは私が想像をしていなかった反応を示した。


「ミシャ、ありがとう!」


 そう言って私の体を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめたのだ。


「え!? あ、ど、どういたしまして……?」


 前世を含めても、このように熱い抱擁を受けるのは初めてである。

 そのため、どういう反応が正解なのか、わからなくなった。


「ミシャがいてくれて、本当によかった」


 人が生きるための衣食住のうち、食に不安があるというのは本人の中で大きなストレスだったのだろう。

 普段から感情を表にださない人なので、周囲の人達は余計に気づかなかったのかもしれない。


「私も、ヴィル先輩の傍にいることができて、よかったです」


 これから辛いことがあれば、なんでも打ち明けてほしい。そんな願いを口にすると、ヴィルは私の耳元で「わかった」と囁く。


 こういう抱擁の離れどきがいまいちわからない。

 抱かれていやな感じはないが、ここは学校だ。誰かに見られてしまったら大変だろう。

 なんて考えていたら、突然、扉が開かれた。


「――ヴィルフリート?」


 どこかで聞き覚えのある、渋い声が聞こえた。

 誰がやってきたのかは、ヴィルの胸の中にいるので確認できない。


「父上?」


 なんと、やってきたのは理事であり、ヴィルの父親であるリンデンブルク大公だった。

 

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