野菜のお弁当
いつもより早く起きて、ヴィルの分を含めた三人分のお弁当作りを開始する。
材料の一つである薬草を採取するために外にでたら、まだ真っ暗だった。
角灯を持ってでてくるべきだった、なんて考えていたら、ジェムがやってきて庭を照らしてくれる。
「ジェム、ありがとう。助かるわ」
お安いご用だ、とばかりにチカチカ点滅していた。
目的の薬草は――あった。
ディルという、さわやかな香りが特徴の薬草を二枝ほど摘み取った。
フレッシュなもののほうが豊かに香るので、朝から採りにきたというわけだった。
腕まくりし、調理に取りかかる。
小麦粉に塩、ふくらし粉を加え、オリーブオイルを垂らしたあと、生地にしっかり馴染ませる。ここに刻んだディル、くるみを入れて、牛乳を加えてよく混ぜるのだ。
生地がなめらかになったら少し休ませ、細長く伸ばしたあと、カットしていく。
形を整えて焼き上げたら、ディルとくるみのプチバゲットの完成だ。
お弁当用なので、小さく作ってみたのだが、かわいらしくできたので満足である。
念のため、鑑定魔法を試してみたら、しっかり解毒作用の効果が入っていた。
付与される条件など未知数なので、反映されていてホッと胸を撫でおろす。
二品目はニンジンのポタージュ。
ニンジンをローリエと一緒にくたくたになるまで煮込み、バターを加えて乳鉢ですり潰す。
それを、ストックしておいたブイヨン、牛乳と共に混ぜ、しばし煮込んだら完成だ。
これは熱を逃がさない魔法瓶に注いでおく。これに入れておいたら、お昼になってもあつあつの状態でスープが飲めるのだ。
おかずはジャガイモのガレットに、カブのテリーヌ、キノコのオムレツ――と、野菜だけで作ってみた。
肉と魚が使えないお弁当なんて生まれて初めてだったが、なんとかなるものだ。
今回、ヴィルに様子を見てもらって、食べることができそうだったら、通常通りの肉や魚を使った料理も食べてほしい。
お弁当が完成したので、今度はレナ殿下との朝食作りを開始しよう。
とは言っても、ほとんどはお弁当の使いまわしである。
このままでは野菜だらけのヘルシー朝食になってしまう。レナ殿下は胸の急成長を警戒して、ダイエットメニューを所望していたものの、育ち盛りの子どもは減量なんてしなくてもいい。ただ、本人の意思もほんの少し尊重したいので、ヘルシー風の朝食を作っているのだ。
今日は野菜ばかりのメニューなので、これにベーコンエッグを付け加えよう。
ベーコンは豚バラブロックにフォークでグサグサと穴を開けて、数種類の薬草と岩塩と黒コショウをすり込み、三日ほど寝かせて完成させた物である。
一人につき二枚、少しぶ厚めにカットし、両面カリカリになるまでしっかり焼いていく。ベーコンが焼けたら卵を割って、目玉焼きにするのだ。
お弁当用に作った料理はワンプレートに並べ、ベーコンエッグは別の皿に乗せる。
朝、ディルと一緒に摘んだルッコラを添えたら、いい感じの盛り付けができたような気がする。
そうこうしていたら、レナ殿下がやってきた。
「ミシャ、おはよう」
「おはよう」
今日もレナ殿下はさわやかで、キラキラしていた。
太陽よりも眩しい笑顔で朝の挨拶をしてくれる。
「新しい食材は台所に運んでおいてもいいか?」
「ありがとう」
今回も豪勢な食材の数々を持ってきてくれたようだ。おかげさまで舌が肥えてしまって、その辺で購入した安い肉や魚が食べられなくなっている。慣れというものは恐ろしいものである。
「今日の朝食もおいしそうだ」
「ベーコンは手作りなの。おいしそうでしょう?」
「すごいな。ミシャはベーコンまで作れるのか」
なんて会話をしつつ、朝食をいただく。
ディルとくるみのバゲットは皮はパリパリ、中の生地はむっちりしていておいしい。ディルの豊かな香りが鼻を抜けていく。くるみのザクザクとした食感もいい。
レナ殿下もお気に召していただけたようだ。
「このパンはおいしいだけでなく、大きさもちょうどいいな」
なんでもいつも食事のさいに提供されるパンは大きすぎるようで、いつも無理して食べているようだ。
「パンだけじゃないんだ。なんでもかんでもたくさん用意されるんだが、毎回、三分の一以下の量でいいと思ってしまう。ミシャの作る料理は量がちょうどよくて、おいしく完食できるんだ。いつもありがとう」
「いえいえ」
レナ殿下の話を聞きながら気づく。この世界には食べ物を小さく作る文化がないのだと。
ならば、軽食は日本で定番中の定番であるカナッペやピンチョスなどのフィンガーフードはここの世界では新鮮に映るのかもしれない。
難しく考える必要なんてないようだ。
レナ殿下のおかげで、実行委員会の話し合いで発表できそうなアイデアが浮かんだ。
ただ、具体的なメニューについてはレナ殿下が提供してくれるという軽食を食べながら考えよう。この国の人たちの好みもあるだろうし。