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再び王都へ

 受験勉強は座学から実技に移る。

 実技は名前や出身地などを言う簡単な受け答えと、三種類の魔法を試験官の目の前でやるのだ。


 今年の実技は難しい、と受験者の中で囁かれていたらしい。


 一つ目は対象の品を浮かせる〝浮遊フロウト〟。

 二つ目はアイテムの詳細を調べる〝鑑定アナライズ〟。

 三つ目は魔法で手紙を飛ばす〝鳥翰イスピル〟。


 中でも難しいのは鑑定だという。

 けれどもこれは、幼少期に父から習い、薬草摘みに使っていた。そのため、練習する必要はない。

 続いて難しいのは浮遊魔法だろう。

 鳥の羽根一枚でも、制御しながら浮かせるというのは難しい。

 家庭教師曰く、浮遊魔法をマスターした者は空を飛ぶのは朝飯前で、巨大な岩や馬車など、到底一人では持てない物も持ち上げることを可能とするらしい。

 鳥翰は手紙を送る相手の魔力を解析し、正しく魔法式を展開しないといけないので、他の実技魔法とは違った難しさがある。


 試験が始まるまで、私は魔法の練習に明け暮れた。

 もちろん、魔法薬を作ることも忘れない。

 父曰く、商人は泣いて喜んでいるという。

 どこかの誰かが、魔法薬を入荷するようにと圧力をかけていたのだろう。可哀想なことをしたものだ。

 ちなみに私は魔法薬を調合するばかりで、薬草は母がせっせと摘んできてくれる。

 私が少しでも長く受験勉強ができるように、協力してくれるのだ。

 応援してくれる家族のためにも絶対に合格したい、という思いは日に日に高まっていった。


 あっという間に冬は過ぎ、春を迎える。

 とは言っても、ラウライフの地には多くの雪が残っていた。完全に解けるのは、初夏の頃だろうか。

 外から来た人が見たら、「まだ冬ではないか!」と言うだろう。

 けれどもラウライフの地で育った者にとって、毎日雪が降らないだけで春の訪れを感じてしまうのだ。


 再度、私と母は王都に赴く。

 今回も父とクレアはお留守番らしい。せっかくの社交期だから一緒に行かないか、と誘っても、勉強のために残ると言う。

 そんなわけで、彼らに見送られながら、私達は故郷を発ったのだった。


 馬車の中でも、魔法の練習は怠らない。

 ひたすら羽根を浮かせたり、目の前に座っていたおじさんの帽子の素材について鑑定したり、隣に座る母に手紙を飛ばしたりしていた。

 そんなこんなで五日間過ごし、三ヶ月ぶりとなる王都に辿り着く。

 社交期のまっただ中である王都は多くの人々が行き交い、賑やかな様子を見せていた。

 ホテルに荷物を預け、母と共に街へ繰りだす。

 目的は魔法を発動するさいに使う杖や腕輪、指輪などを買いに行くのだ。

 これまで、村の雑貨店で購入した白樺を削って作った杖を使っていたものの、どうも相性が悪いようで、日に日に劣化していたのだ。


「ミシャ、なんでも好きな物を買っていいからね」

「お母様、ありがとう」


 なんでも母のポケットマネーである持参金で購入してくれるらしい。

 安くて相性のよい品があればいいな、と思った。

 早速、魔道具を扱う商店に向かった。そこは大変賑わっていて、魔法学校の受験生らしい若者が数名いるようだ。

 彼らは皆、侍女や従僕を連れていて、身なりもいいことから、良家の子息や子女であることがわかる。

 売り場は広いので、混雑はしていない。

 母は店主らしき人物と話をしていた。

 私はまず、杖のコーナーから見て回ることにした。

 そこには種類豊富な杖が並べられている。

 一言に杖と言っても、さまざまな形状があるようだ。

 まずもっとも一般的なのは、木の枝のような短杖ステッキだろう。

 魔法学校に通う多くの生徒が最初に選ぶのが短杖だ、と説明会で教師が話していた。

 次に有名なのはロッド。杖の表面に呪文を削って強化させたり、魔法を付与させたりと、基本的な杖の強化ができる仕様らしい。

 杖を長くした物が長杖スタッフ。魔法を数年習った者が扱える杖である。

 鎚鉾メイスは杖に殴打用の武器を合わせた戦闘能力が高い杖だ。腕力に自信がある魔法使いが持ち歩いているらしい。

 鎚鉾を装備している魔法使いはただ者ではないので、注意するように、と本で読んだ覚えがあった。

 ファンタジー小説好きとしては、長杖がかっこいい、と思ってしまう。

 しかしながら、あの長い杖を授業のたびに持ち歩くのは面倒だろう。

 やはり、基本的な短杖がいい。

 手に取ろうとした瞬間、隣から声が聞こえた。


「うがああああ! なんで杖ってこんなに高いんだ!」


 金色がくすんだような、はしばみ色の髪に赤い瞳を持つ、少年とも青年とも言い難い人物が、頭を抱え込んでいた。

 周囲には身なりのいい客ばかりだったが、彼は質素なシャツにズボンといった、いかにも庶民という恰好でいる。


 彼に連れはおらず、完璧な独り言だ。あまりにも大きいので、無視ができなかった。

 仕方がないと思って、話しかけてみる。


「あなた、もしかして、魔法学校の受験者?」

「ん? ああ、そうだ」


 やはり、間違いないようだったようだ。


「この杖、高くねえか?」

「まあ、うん」


 杖は安くても、金貨一枚もする。この世界で金貨一枚というのは、一ヶ月の平均収入だ。

 元日本人の私からしても、高いと思ってしまう。


「パンも我慢するような生活をしてんのに、こんなもん、買えるわけがねえよ」

「あなた、これまで魔法はどうやって使っていたの?」

「ん? その辺の木の枝を使っていたな」

「枝……」

「似たようなもんだろうが」

 

 漢字で書いたら杖も枝も似ているものの、実物はまったくの別物だ。


「よく、枝で魔法なんか使っていたわね」

「毎回爆ぜていたけどな」

「あ、危ないわ」

「ああ。だから、次の実技試験では杖を持ってくるように、って試験官のババアに言われたんだよ」

「バ、ババア……」


 この世界に転生してから初めて聞く言葉だった。

 恰好といい、言葉遣いといい、彼は間違いなく、下町育ちなのだろう。


「あー、どうすんだよ。杖がなかったら、試験受けさせてもらえねえよなあ」

「たぶんね」

「でも、こんな高いもん、買えるわけがねえよ」


 再び、彼は頭を抱え込んでしまう。

 なんとも気の毒な……と思ったのと同時に、ピンと閃く。


「ねえ、あなた、私が使っていた杖をあげましょうか?」

「は!?」


 ドレスのベルトに挿していた杖を、差しだしてあげる。


「お前……いいのか?」

「ええ。私は今日、新しい杖を買ってもらうからいらないの。相性がいいかわからないけれど」


 雪国で育った白樺で作った杖だと説明すると、恐る恐るといった様子で受け取る。


「すげえ、これが本物の杖なんだ」


 手にした瞬間、魔力が正常に巡っていく様子がわかったと言う。


「本当の本当にいいのか?」

「しつこいわね。いいって言っているでしょう」

「ありがとう! 恩に着る!」


 表情をパッと明るくさせ、仔犬のように嬉しそうに感謝してくれた。


「俺の名はエア。エア・バーレだ」

「私はミシャ。ミシャ・フォン・リチュオルよ」

「やっぱり貴族か」

「ええ、そうよ」


 なんでもいきなり話しかけてきたので、もしかしたら上流中流階級アッパー・ミドルの娘かと思っていたらしい。


「貴族の奴らは、俺みたいな奴のことは無視するからな」

「そうなのね」

 

 私が生まれ変わった世界はガチガチの階級社会なので、仕方がない話なのである。


「まー、魔法学校なんて、合格するかわからねえけどな。もしも受かったら、友達になってくれ」


 そう言って、エアは私に手を差しだしてくる。

 

「友達!? もちろんよ!」


 そう言って、彼の手を握り返したのだった。

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