最上階のレストラン
下り立った先は、大理石の廊下の上だった。
「あ、あれ? ここは?」
レナ殿下と一緒にきたときは、赤絨毯が敷かれていたようだが。
壁には歴代の校長の肖像画が飾ってあって、調度品もいくつかあったような気がする。
けれどもこの場所は絵画などはなく、さっぱりとした印象だった。
「あの、校舎の最上階にあるレストランって、数店舗あるのですか?」
「いや、ここだけだ」
「そうだったのですね。以前、レナ殿下とやってきたときとは様変わりしていたので、少し驚きました」
なんでもヴィルの食事に毒が混入する事件が発生したため、飾ってあった高そうな壺や、花が活けられた花瓶も毒を隠しうる場所になると判断し、すべて撤去されたようだ。
「絵画は額縁の裏に毒を隠す可能性があるからですか?」
「いいや、違う。ここにあった絵画は、ミリオン礦石をすり潰し、絵の具に混ぜたもので描かれていたんだ」
「なっ――!?」
毒を混入していた料理人は、ヴィルがやってきたさいにこっそり絵画に触れる。さすれば、毒が手に付着した状態となり、その手で調理すれば、周囲に不審がられることなく料理に毒を盛ることができたというわけだ。
「しかし、何度も厨房を出入りしていたら、他の料理人に不審に思われなかったのでしょうか?」
「拘束された料理人は、数十年と働いていたようだが、複数いる調理補助役だったらしい。そのため、忙しい時間にふらりと出回っても、誰も気にかけなかったようだ」
「数十年務めていたのに、メインの料理人ではなかったのですか?」
「ああ。それについても、鬱憤がずいぶんと溜まっていたようだ」
貴族の屋敷に務める料理人といえば、十年で一人前という世界らしい。
けれども中には、一生料理を一人で任せてもらえず、調理補助のままで終わる者もいるらしい。
「厳しい世界なんですね」
「まあ、それに関しては身分も関係するから、一概にその者の能力が足りていなかったわけでもないだろうがな」
料理人の世界にも、貴族の中で働くとなれば、身分が物を言うようだ。
拘束された料理人は平民だったらしく、それが影響して昇進できなかったのかもしれない。
「実力はあるのに、身分が高い新人がどんどん出世していくものだから、ただの恨み、妬みが殺意に変わってしまうのも、おかしな話ではないのかもしれない」
このようなシステムを採用しているのは理事であるリンデンブルグ大公だと思ったのだろうか。
それが影響し、息子であるヴィルを恨むようになったとか?
犯人の心理なんぞ、一生涯かけても理解できないだろう。
今回の事件を受け、レストランの内装を変えただけではなく、校長と理事はすべての料理人を解雇し、新しい料理人を入れたらしい。
「食器もすべての毒に反応する、特殊な銀を使った食器を取り入れるようになった、ともおっしゃっていましたね」
「ああ。正直な話、陶器や磁器の皿のほうが料理がおいしい気もするのだが、仕方がない話なのだろう」
しばらく廊下を進んでいくと、両開き扉のある部屋に行き着く。そこには二名の給仕係がいて、扉を開いてくれた。
中にも給仕係がいて、恭しく頭を下げて出迎える。
以前のレストランでは給仕係が最低限だった。けれども今は、毒の混入を防ぐためか、人を増やしたようだ。
個室なのは相変わらずだが、ここも内装が変わっており、白を基調としたシックな部屋になっている。
毎日決まったコースが提供される、という毒を混入しやすい制度も廃止となったようだ。
メニューは新しく作られ、好きな料理やコースを選ぶことができるらしい。
コースだけでも六種類ほどあるようだ。
「ミシャは私と別の料理を食べるといい。何があるかわからないからな」
「は、はあ」
給仕係が大勢いる場だと言うのに、ヴィルは平然と言ってくれる。
私は内心戦々恐々としながら、魚介のフルコースを注文した。ヴィルは野菜のフルコースにしたようだ。
前菜は舌びらめのテリーヌ。滑らかな舌触りがすばらしい。何回漉したらこのようになるのか。料理長に聞いてみたい。
スープはザリガニのクリームスープ。あの泥臭いザリガニが、このように上品な料理に様変わりするなんて、驚きである。泥抜きのコツを伝授してほしい。
口直しのシャーベットをいただいたあとは、待ちに待ったメイン。燻製タラのクリームソース煮だった。
タラの身はふっくらしていて、ほのかに塩っ気があるのがすばらしい。クリームソースも濃厚で最高だった。
パンも焼きたてで、何度もお代わりしたくなる。
デザートのシュガータルトまでおいしくいただいた。
お腹が空いていたのでパクパク食べていたが、ヴィルは半分くらい残していた。
「食欲がないのですか?」
「いや、ここ最近、こんなものだ」
なんでも毒抜きの療養生活中はほとんどスープお粥を食べていたらしい。そのため、以前のような食欲を取り戻すまで時間がかかるという。
野菜は受け付けるようになったものの、肉や魚はまだ食べることができないようだ。
「この銀食器も、あまりいただけない。料理が銀の味になっているような気がして」
「そうでしたか? 私はぜんぜん感じませんでしたが」
「私だけか。舌が敏感になっているのかもしれないな」
味が気になるほどであれば、銀器を使った食事は止めたほうがいいような気がするが……。
けれども毒を警戒した結果の対策なので、止めるわけにはいかないのかもしれない。
心配でしかないが、私が首を突っ込んでいいような問題ではないのだろう。
「あの、ヴィル先輩。私にできることがあれば、なんでもおっしゃってくださいね」
「ああ、ありがとう」
管理栄養士の資格でも取っていればよかった、と生まれ変わってなお、前世の行いに対して後悔してしまった。