温室でのお仕事
日が暮れる前にお仕事を終えないといけない。薬草によっては太陽がでているうちに採取しないと、効果を失う物もあるからだ。
「ヴィル先輩、エプロンをかけたその恰好でいらっしゃっているということは、温室の仕事を手伝ってくれるのですか?」
「そのつもりだ。何をすればいい?」
「えーっと、そうですね」
皆が尊敬してやまない監督生長に仕事の指示をださなければならないなんて、考えただけでも罪悪感を覚える。
しかし、やるしかないのだろう。
「では、明日の授業で使うヒール薬草を六十枚、摘んでいただけますか?」
「わかった」
ヴィルが温室に入ると、ハリネズミ軍団も続いていく。その様子は愛らしいとしか言いようがない。
ヴィルがヒール薬草を摘むように命じると、ハリネズミ軍団は『ピイ!』と元気よく返事をし、作業を開始していた。
その間、私は薬草に付着していたナメクジを、ピンセットで摘まんで捕まえる。
温室は密閉されているのに、どこからやってくるのか謎なのだが、ナメクジは薬草が大好きなのだ。
以前、ホイップ先生が話していたのだが、薬草を大量に食べ、魔力を蓄えたナメクジは、魔物にパワーアップするらしい。
考えただけで、ゾッとする話である。
このナメクジは瓶に集め、ホイップ先生に処分をお願いしている。
どうやって処理しているのかと聞いたら、実験用の焼却炉で燃やしていると言っていた。
毎回、ホイップ先生の手を汚させてしまって申し訳なく思っているのだ。
はあ、とため息を吐く私の隣で、チャッチャッチャッ、という咀嚼音が聞こえた。
何事かと思って見てみると、ハリネズミがナメクジをおいしそうに食べているではないか。
私が持っている瓶の中のナメクジも、物欲しそうな顔で見つめている。
「た、食べる?」
そう尋ねると、元気よくピイピイと大合唱になる。
瓶からナメクジをだしてあげると、ハリネズミがワッと集まってきた。
まるでスルメイカで一杯やるような雰囲気で、実においしそうに食べている。
ちなみにナメクジには多くの寄生虫が潜伏しており、人間が食すと消化器や髄膜、視神経を破壊し、死に至る。とてつもなく危険な奴なのだ。
ハリネズミがおいしそうに食べているからといって、ナメクジは絶対に口にしてはいけない。
何はともあれ、ハリネズミ軍団がナメクジを食べてくれたので、今日はホイップ先生の手を汚させずに済みそうだ。
「ミシャ、これでいいのか?」
ヴィルがヒール薬草の入ったかごを差しだしてきた。
「ありがとうございます。本当に助かります」
ヴィルは当然だ、とばかりに深々と頷いていた。
皆が協力してくれたおかげで、今日もお仕事をスムーズに終えることができた。
「さてと、これから何かすることがあるのですか?」
「食事にしよう」
そう言って、ヴィルがメモ帳みたいな紙の束を私に差しだしてくれた。
装丁は木で、ずいぶんとしっかりとした作りである。
「ヴィル先輩、これは?」
「校舎の最上階にある、レストランへ入れる魔法札だ」
中を確認すると、すべて転移魔法の呪文が描かれていた。
なんと、学校側からの支給だという。
最上階のレストランは一般の生徒は入れないようになっていて、授業時間外であれば、好きなときにやってきて、料理を食べることができるようだ。
さらに代金は必要なく、無料でおいしい食事をいただけるという、至れり尽くせりなレストランのようだ。
「もしかして、ヴィル先輩の当番生になったから、こちらをいただけたのですか?」
「そうだろうな。一学年のときに監督生として指名を受けてから、誰も当番生に指命していなかったのもあって、ベネフィットが大量に入ったのだろう」
普通、当番生に指命されただけでは、レストランの利用権など届かないという。
「こ、これがベネフィットの恩恵なのですね!」
「まあ、序の口だが。もしもなくなりそうになったら、新しい物が届くから、遠慮なく利用するといい」
ただし、最上階のレストランには規約があり、魔法札の譲渡、販売は禁止。他人の同伴は一人まで可能で、連続して同じ人を連れていくことはできないようだ。
「今日は私の魔法札を使おう」
魔法札を破ると、一瞬にして周囲の景色が変わった。