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軽食についてのご意見

 浮遊魔法の授業を終え、レナ殿下と一緒に教室まで戻っていると、思いがけない言葉がかけられた。


「授業中、物思いに耽っていたようだが、何か心配事でもあるのか?」

「えっ、どうしてわかったの?」

「眉間にぎゅっと皺が寄っていたから」


 まったくの無意識だった。授業を聞く態度ではなかっただろう。


「実技の授業は慎重を要する。心あらずなのは危険だ」

「もしかして、私を心配して、一緒にペアを組もうって言ってくれたの?」

「それもあるが、ミシャと一緒にしたかったのもある」

「あ、ありがとう」 


 相変わらず、レナ殿下は人の心を掴むのがお上手だと思った。


「それで、何を悩んでいたんだ?」

「実は、小舞踏会プティ・バルで軽食配膳係をやることになったのだけれど、他の実行委員達がベネフィットを得るために、自分達で軽食を考えたいからアイデアを考えておくように言われて」

「そういうわけだったのか」


 レナ殿下もベネフィットについては把握していたようだ。


「みんな、どこでそんな情報を聞くのかしら?」

「それはヴァイザー魔法学校へ入学を夢見る者が集まる社交場に顔を出せば、おのずと耳にすることになるのだろう」

「そういうわけだったのね」


 なんでも王都では月に一度、ヴァイザー魔法学校の卒業生が主催する交流会が開催されるらしい。その場でさまざまな情報交換が行われるようだ。


「そういうところに行ったらいつも夜会で食べているような軽食についての情報を得られるのかしら?」

「いや、そこに行かずとも、軽食についてであれば私が教えることもできる」

「いいの?」

「もちろん」


 レナ殿下であれば、王侯貴族が好む軽食について把握しているだろう。


「私は、そうだな、チーズ・グジェールが好きだ」

「な、なんなの、その魔法の呪文みたいな軽食は?」

「シュー生地にチーズを混ぜて焼いたものだ」

「中にクリームチーズが入っているの?」

「いいや、中は空洞だ。生地にあるチーズの風味を楽しむ軽食だよ」

「なるほど~~」


 中が空洞のシューなんて初めて聞くが、レナ殿下が好きだと言うので、かなりおいしいのだろう。


「あとは、チキン・ガランディーヌとか」

「え、鶏ガラ……いいや、何それ!?」

「鶏肉のムースに野菜を混ぜたものを、ハムで巻いた料理だ」

「なんてお上品な一品なの!?」


 さすが王族と言うべきか。普段から品のある料理をいただいているようである。 


「ミシャさえよければ、今晩、この前行ったレストランの料理長に頼んで、軽食をいくつか作らせて試食をすることもできるが」

「ありがとう。でも私、ホイップ先生から任されている仕事があるし、監督生長ハイ・プリーフェクトから当番生フォグに指命されたの。だから、放課後から夜にかけて、やることがたくさんあって」

「そうか。いつも朝食を振る舞ってもらっているから、恩返しがしたかったのだが」


 レナ殿下がしょんぼりしたので、慌てて休日ならば予定は空いている、と伝えた。


「わかった。ならば料理長に頼んでおいて、ミシャの家に運んでもらうよう手配しておくから」

「いいの?」

「もちろんだとも」


 王侯貴族が好む軽食を試食し、研究したら、何かいいアイデアが浮かぶかもしれない。

 レナ殿下のおかげで、悩みは解消されそうだ。


「それはそうと、ミシャは飛行道具は決まったのか?」

「いいえ、まだよ」


 レナ殿下はすでに、ヴァイザー魔法学校の卒業生である侍従が用意していたようだ。


「どんな飛行道具なの?」

「ボート型だ」

「ぼ、ボート!?」


 なんでも箒や板状の飛行道具は毎年、空から落下する事件が多発しているらしい。


「ボート型は飛行補助装置がついていて、魔力の制御ができなくなった場合、着地モードとなって自動で安全な場所に下ろしてくれるらしい」

「すごいわ。そんな飛行道具があるのね」


 そういえば、王族が巨大な飛行船を所有している、なんて噂話を耳にした覚えがある。

 きっと侍従がレナ殿下の大切な御身を守るために選んだのだろう。


「飛行板を使って、身軽に跳び回りたかったのだが」

「ボートもすてきだと思うわ」

「そうか? だったら、ありがたく使わせていただこう」


 先生から準備しておくように言われたので、私も近々購買部に買いに行かなければならないだろう。


 ◇◇◇


 放課後になり、ジェムと一緒に帰宅する。

 魔法書を家の中に放り投げ、そのまま温室へと向かった。

 ジェムはやる気がないのか、私に向かって手を振っている。たまにはこういう日があってもいいのだろう。


「――あら?」


 温室の近くに、人影があるようだった。

 よくよく目を凝らして見たら、そこに立っていたのは、エプロンをかけたヴィルの姿だった。

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