ミシャが当番生になったわけ
「それで、監督生長の当番生になった話だけれど」
「そもそも、魔法学校でまったく見かけなかったヴィルフリート・フォン・リンデンブルグとどこで出会ったんだよ」
「ホイップ先生が管理している、ガーデン・プラントよ」
なんでもガーデン・プラントの近くに、一学年の教科書を放り出してどこかへ行ってしまった生徒がいたらしい。
ヴィルはその教科書を拾い、持ち主を探していたようなのだ。
「それで、一学年の教科書を持っている彼を見て、ホイップ先生が派遣してくれた個人指導教師だと勘違いしたの」
「お、お前、よくそんな大胆な思い違いができたな」
「そのときは授業についていけなくて、必死だったから」
私を気の毒に思ったヴィルは、しばらく個人指導教師の振りをしてくれたのである。
「私が可哀想に見えたから否定しなかったみたいだけれど」
「あー、まあ、それもあるだろうけれど、何者でもない自分自身を頼ってもらえて、嬉しかったんじゃないか? 貴族って家柄重視で、個人を見てもらえないみたいだからさ」
それについては、ヴィルのみが知りうることなのだろう。
一通り事情について話し終えると、エアは大変だったんだな、と同情してくれた。
「でもさー、ミシャは勉強を教えてもらう対価として、食事を振る舞っていたんだろう? だから、別に気にする必要はなかったんじゃないか?」
「気にする部分はそこじゃないの。別のところにあるのよ」
「なんだ?」
「今、こうして学校に通っている時間というのは、何ものにも代えがたいほど、貴重なものなのよ」
前世の私は帰宅部だった。
というのも、親が共働きで、家に帰って夕食の用意をしたり、掃除をしたりしなければならなかったのだ。
本当は部活をしたかったのに、家の事情でできなかったのである。
同窓会のときに、楽しそうに部活の思い出話に花を咲かせる同級生の話を聞きながら、どうしようもなく羨ましく思った。
どうあがいても学校を卒業してしまったら、青春は二度と味わえない。
「私は知らずに、ヴィル先輩を個人指導教師だと思って、勉強を教えてもらっていたの。それが申し訳ないのよ」
ヴィルは予習などせずとも問題ない、と言ってくれたが、勉強だけが学校生活ではない。
友達とおしゃべりしたり、夜更かししてゲームしたり、本を読んだり。
そのすべては、大人になったときの宝物になる。
「だから私は、負い目を感じてしまったのよ」
「なるほどなー。いや、単純な話じゃなかったんだな」
「そうなの」
エアは腕を組み、小首を傾げる。
「どうかしたの?」
「いや、ミシャと喋っていると、たまに大人と話しているような気持ちになって。しっかりしてるっていうか、達観しているというか」
「いや、ははは、それは過大評価よ」
転生して、人生二回目です、とは言えるわけもなく……。
でもいつか、エアには打ち明けようかな、とぼんやりと考えていた。
「事情については理解できた。無理はすんなよ」
「もちろん」
私はこの人生で、青春をたっぷり味わうつもりである。
二度と、自分を後回しになんてしたりしない。
昼食を食べたあと、教室に戻った。
注目を浴びてしまう獅子の銀細工がついたローブはジェムに預かってもらう。
最近明らかになったのだが、ジェムの体内には収納があって、いろんなアイテムを預けることができるのだ。
予習でもしようと教科書を開いた途端、朝の実行委員会で前の席に座っていた女子生徒が私のもとへやってきた。
「えっと……リチュオルさん、少し実行委員会の話し合いをするけれどいい?」
「ええ、いいわよ」
連れていかれた先は、誰も近寄らない資料室へと繋がる階段である。
そこには一学年の実行委員が揃っていた。
「あれ、ここでするの?」
「ええ。実は、自主的な話し合いなの」
「そうだったんだ」
みんな真面目だな、なんて思っていたら、まさかの理由があった。
「今回の小舞踏会で大きな実績を残した生徒には、学校側から〝ベネフィット〟がもらえるのよ」
「ベネフィットって?」
初めて聞く単語だった。
ベネフィットについて、階段の上の部分に座っていた男子生徒が教えてくれた。
「知らないのか? ベネフィットというのは、表にでない特別なポイントだ」
「内申点とは違うの?」
「それは就職に有利なポイントだ。ベネフィットは豊かな学校生活を送るための恩恵なんだ」
「豊かな学校生活を送るための、恩恵?」
ベネフィットというのは、どこの誰が観察し、点数を付けているかは明らかになっていないものらしい。
噂では、校内に妖精がいて、生徒一人一人の行動を校長に報告しているのではないか、と囁かれているようだ。
「ベネフィットが貯まると、特別なレストランや図書室、自習室が使えるようになるんだ」
それだけでなく、一学年でもっともベネフィットを得た者が、二学年で監督生として指命を受けるのだという。
「あれ、でも、今の監督生長は一学年の頃から監督生だったって話を聞いたんだけれど」
そんな話をしたら、皆、目の色を変えて話し始める。
「リンデンブルグ先輩は伝説だ!」
「一学年で大量のベネフィットを得て、入学三ヶ月目で監督生になったの!」
「これは前例のない、偉業なんだ!」
「そ、そう」
皆の迫力に圧され、仰け反ってしまった。