監督生長、はじめての当番生
遠慮してもヴィルは聞く耳なんて持たなかった。
最終的に私が折れる形となり、教室まで送っていただく。
ジェムは話が終わると目を覚まし、大きく背伸びをしていた。
その後、元に戻ったかと思えば平べったくなり、私に運んでくれとばかりにくるくる丸まってロール状になった。
「いくぞ」
「はい」
ジェムを小脇に抱え、ヴィルのあとに続いた。
一歩廊下にでると、多くの生徒とすれ違う。
皆、ヴィルと並んで歩く私に、驚いているようだった。
針の筵という言葉の意味を、身をもって体験する。
廊下をすれ違う生徒達の目線が、グサグサと突き刺さっていた。
大半は、なぜ監督生長と一緒に一学年の生徒が歩いているのか、というものである。
上級生の視線からは、なんであの小娘が!? みたいなニュアンスが含まれているように思えた。
ただ一緒に歩いているだけでは、ここまで注目されなかったのだろう。
問題は私の胸で揺れるチェーンと、監督生長の当番生の証である獅子の銀細工が意味もなく輝いていることだ。
ヴィルは見られることに慣れているのか、平然としていた。
一方、私は虫の息である。
一学年の教室までの距離が、遠く険しいように思えてしまった。
ようやく教室に到着すると、ヴィルは「また放課後」と言って去っていく。
その場面を見たクラスメイト達が、私に対していたたまれないような、気の毒なような視線を向けていた。
そんな私に、アリーセが声をかけてくる。
「ミシャ、おはよう」
「お、おはよう」
「さっきのお方、監督生長ですよね?」
「ええ、そう」
「あなた、いったい何をしでかしましたの?」
クラスメイト達の憐憫の視線は、何かやらかして呼び出しを受けたように感じていたようだ。
どうせ、すぐにバレることなので、ここで打ち明けておく。
「実は、監督生長の当番生に指命されまして」
「監督生長の、当番生ですって!?」
アリーセが大声で叫ぶので、注目を集めてしまった。
誰かが私の胸で輝く銀細工に気付いたようだ。
「あの銀色の細工は、監督生長の当番生の証だ!」
クラスメイト達が私のもとへ押しかけ、いったい何があったのかと次々と質問してきた。
「お退きなさい!!」
たった一言で、クラスメイト達は蜘蛛の子を散らすようにいなくなる。
クラスメイト達を掻き分けるように登場したのはノアだった。
ぐっと接近し、私にしか聞こえない声で問いかけてくる。
「おい、お前、まさかお兄様を誘惑して、当番生の座を手にしたのか?」
「いやいやいやいや、滅相もございません。わたくしめは、監督生長からご指名を受けただけです」
「本当か?」
「嘘はいいません」
揉み手をしつつ、ノアの機嫌を損ねないよう下手に出ておいた。
「いったいなぜ、お兄様はお前みたいな女狐を当番生に指命したんだ?」
私とヴィルが抱える事情を、お兄様が大好きなノアに説明できるわけがない。
どうしようか迷っていたが、ピンと閃く。
「あ、あの、私は盾みたいな存在だと思うの」
「盾?」
「何かあったときに、身を挺して守れるように」
「あ――!」
以前、ヴィルがレイド伯爵から襲撃を受けたとき、ノアも現場にいた。
ヴィルを守ったという実績があるので、思いつきで言った理由には聞こえないだろう。
「なるほど、そういうわけだったのか」
「ええ! きちんと守るから、安心して」
「わかった」
納得してくれたようで、ホッと胸をなで下ろした。
ノアは何を思ったのか、私の手を握ってにっこり微笑んだ。
「ミシャ、お兄様のこと、よろしくね!」
どうしてか全力のぶりっこを浴びてしまった私は、ゾッと背筋が凍る思いをしたのだった。
クラスメイト達には感動的な場面に見えたようで、拍手喝采が起こる。
どうしてこうなったのか、理解不能だった。
ノアと別れ、席に座るとエアが話しかけてくる。
「おい、ミシャ。監督生長の当番生になるなんて、すごいじゃないか」
「いや、まあ、ワケアリというか、なんというか」
ここでホイップ先生がやってきたので、エアにはあとで話すと伝えておいた。
今日は朝から魔法の歴史について学ぶ授業がお昼まで続く。
先生は睡眠薬でも振りまきながら授業をしているのではないか、と思うくらいの眠気に襲われていた。
背後から、スースーと心地好さそうな寝息が聞こえた。エアだろう。
歴史の先生は眠っている生徒は注意せずに授業を進めるので、クラスメイトの三分の一は夢の中であった。
こういうのはこっそり内申点を減らされているだろうから、私は絶対に眠らないようにしていた。
エアのことも、起こしてあげる。
レナ殿下はさすがと言うべきか、キリリとした表情で授業を聞いていた。
アリーセは熱心な様子で先生の話に耳を傾けている。
ノアも背筋をピンと伸ばし、真面目に授業を受けていた。
皆、さすがとしか言いようがない。
私は眠気を我慢できなくなったので、ミントの塗布薬を瞼に塗った。
液体がちょびっと目に入って、のたうち回りたくなるほどの痛みに襲われる。
目が覚めたものの、しばらく涙が止まらなくなってしまった。
声を大にして言いたい。よい子は真似しないように、と。
なんとか午前中の授業を乗り切り、待望のお昼休みとなる。
私とエアは中庭に移動し、お弁当を広げた。
「あーーー、歴史の授業はだめだな。猛烈に眠くなる」
「本当に辛かったわ」
「ミシャのミント液のおかげで、なんとか乗りきったな」
「お役に立てて何よりだわ」
ミントの塗布薬をエアにも分けてあげたのだ。効果は絶大だったようで、私とエアの目は真っ赤に染まっている。
「この眠気覚ましはまったくオススメできないわね」
「別の方法を考えなきゃな」
「ヒヤヒヤになったジェムを頭から被るとか」
「俺はリザードに噛みついてもらおうか」
エアの胸ポケットからかわいらしいトカゲが顔を覗かせる。
この子はエアの使い魔で、名前はリザードである。少し前に見たときよりも、一回りくらい大きくなっているように思えた。
召喚した当初にあった赤いラインも、体を占める割合が大きくなっている。
もしかしたら火属性を持つ子なのかもしれない。
眠気対策についてはひとまず措いておいて。お弁当を食べながら、私がヴィルの当番生になった経緯についてエアに語って聞かせた。