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たいへんな事態

 レイド伯爵は他人と言ってもいい存在ではあるものの、一度名乗り合い、面と向かって言葉を交わした相手である。

 そんな人物が死んだと聞かされて、とてつもなく驚いてしまった。

 

「毒の入手先についての調査を始めて二日目の話だったらしい」


 レイド伯爵は口が堅く、ヴィルの食事に混入させていたミリオン礦石をどこで手に入れたか、口を割らなかったようだ。

 自白魔法で無理矢理供述させようとしていたところ、翌日、息絶えた姿で発見されたらしい。


「ミリオン礦石はたいへん貴重な物で、国内で採掘されない。可能性としては、隣国から入手したということになる」


 ただ、薬物に関しては厳しい輸出入貨物の取り締まりがあるため、簡単に個人で入手できないようになっているようだ。


「国境には魔導透過装置があって、すべての者に対して厳しい入国審査が行われる。それをすり抜けて、無許可のミリオン礦石が入ってきていたとしたら大問題になる」


 病院や薬局で管理されているミリオン礦石はどれも盗まれていないらしい。

 となれば、レイド伯爵が違法な手段で入手したということになる。


「そのルートを探ろうにも、レイド伯爵が死んでしまったので、お手上げ状態になってしまったのですね」

「ああ」


 知らない間に、とんでもない事態になっていたようだ。


「事件の鍵を握っているレイド伯爵が自害してしまったこと以上に、同じミリオン礦石から作られた毒が陛下の食事にも仕込まれていたことのほうが大問題だろう」

「あ――!」


 そういえば以前、ヴィルの体調不良と同じ症状が伯父にも出ている、なんて話をしていた。

 リンデンブルグ大公の息子であるヴィルの伯父は、国王陛下だったのだ。


「それもレイド伯爵の犯行なのでしょうか?」

「国の上層部は陛下に毒を盛ったのも、レイド伯爵の仕業ではないか、と疑っているらしい」

「いったいなぜ、陛下の命までも狙っているのでしょう?」

「わからん」


 とにかく、事件について調査しようにも、犯人であるレイド伯爵が死んでしまったので、どうにもならない状況になってしまったようだ。

 国境へ立ち入り調査をしたものの、手がかりとなるようなものはなく、レイド伯爵の交友関係からも証拠らしい証拠は入手できなかったという。


「騎士隊からこれ以上の追及は難しいと言われてしまったようだが、父が強く抗議したらしい。しばらく原因究明のための調査が続くだろう」


 厳格で血も涙もないように見えたリンデンブルグ大公であったが、我が息子のことになると、親らしい一面を見せるようだ。

 

「ひとまず、今後は魔法学校内の結界を強化し、外部の者の立ち入りには校長と理事の許可が必要になった」

「つまり、学校内にいたら安全、というわけですか?」

「ああ、そうだ」

「もしかして、ノアさんを入学させたのも、ここがもっとも安全だからですか?」


 ヴィルは眉間に深い皺を刻み、険しい表情で頷いた。


「ノアは未来の王妃となる。もしかしたら命を狙う輩がいるかもしれない。だから無理を言って、魔法学校に入学させた」


 そもそもノアは、花嫁学校よりもヴィルが通っている魔法学校に通いたがっていたらしい。

 花嫁学校への入学は、リンデンブルグ大公の意向であったようだ。


「この先二度と、私の家族を危険に晒すわけにはいかない」


 校長は今回の事件を受け、責任を感じているらしい。

 毒を混入していたのは、長年レストランに勤めていた料理人で、レイド伯爵に買収されていたようだ。

 数十年とレストランで働いていたという実績があったので、疑いようもなかったのだろう。


 事件を受け、リンデンブルグ大公は魔法学校で使う食器すべてに、すべての毒を感知する魔法仕掛けの銀食器を購入したようだ。

 すでにヴィルが利用するレストランでは使われているらしく、学校や寮の食堂にも、一週間後くらいから使えるように手配を済ませているとのこと。


「さすが、理事ですね」

「これくらい当然だろう」


 今後は毒の心配もしなくてもいいようだ。


「食事については、しばらく世話になった。これからは心配いらない」

「ええ。でも、たまには食べにきてくださいね」


 そんな言葉を返すと、ヴィルは驚いた表情で私を見つめる。


「どうかしたのですか?」

「いや、そのように言ってくれるとは思ってもいなかったから」

「ヴィルと食事を共にするのは、楽しかったので」

「そうか……。ありがとう」


 ヴィルの眉間に寄っていた皺が解れ、年相応に見える微笑みを浮かべる。

 そういうふうに自然に笑うこともできるんだ、と新たな発見をしてしまった。

 ドキドキと落ち着かない心に関しては、気付かない振りをしておいたほうがいいのだろう。

 

 会話が途切れたタイミングで、授業開始十五分前を知らせる鐘が鳴る。


「思っていたよりも長く話していたようだな」

「みたいですね。では、私はこれで」


 ペコリと一礼し、教室に向かおうとしたのに、なぜかヴィルは私の腕を掴んで制する。


「あの、何か?」

「教室まで送ろう」

「はい?」


 ヴィルの言っていることが理解できず、頭上に疑問符はてなの雨が降り注いだ。

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