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ヴィルとの再会

 どくん、と胸が大きく脈打つ。十日くらい会っていないだけで、遠い人になってしまったような気分となっていた。

 ヴィルは背後に三名の監督生プリーフェクトを引き連れての登場である。彼がまとうローブは他の監督生とは異なる特別製で、制服の上から着用すると私服に見える。教師に見えてしまったのは仕方がない話なのだろう。

 こうして二学年、三学年の監督生プリーフェクトと並んでいる姿を見ると、きちんと学生に見える。

 落ち着いていたので教師だと思い込んでいたのだが、同じような年頃の者達と一緒にいると、生徒にしか見えなかった。

 内心、頭を抱える。

 教師扱いされたヴィルは、礼儀がなっていない娘だと思っただろう。

 まずは名前を伺い、相手がどんな立場にいるか確認しなければならないのに。

 この先どういうふうに接していいのかわからなくなる。


 皆、ヴィルがやってきたら起立し、一斉に会釈する。私も慌ててあとに続いた。

 ヴィルは片手を挙げ、座るように言った。

 ストンと腰を下ろすと、紅茶が運ばれてくる。

 雰囲気から一学年の子だろう。〝監督生見習い〟と書かれた腕章を付けていた。

 優秀な生徒は一学年の頃から監督生プリーフェクトになるために、上級生の手伝いをしているのだろう。


「では、実行委員会の話し合いを始める」


 一人一人自己紹介をしたあと、役割を発表される。実行委員長はもちろんヴィルだ。私は第三書記という、たいへん名誉な役を任命された。

 続いて、当日の仕事について決めるようだ。

 司会進行、楽団の世話役、照明係、配膳係、受付、放送係、本部係などなど。

 上級生から選んでいき、比較的簡単な業務は下級生が担うようだ。

 残っている仕事は配膳係のみで、一学年の生徒全員がやることとなった。

 今日の話し合いはここまでで、解散が言い渡される。

 上級生からゾロゾロと帰っていき、最後に一学年の生徒がヴィルに一礼したのちに退室していく。

 私もヴィルに目を合わせないように頭を下げ、そそくさと去ろうとしていたのに、どうしてか引き留められる。


「一学年を代表して、ミシャ・フォン・リチュオル――残るように」


 え!? と叫ばなかった私を誰か褒めてほしい。

 他の一学年の生徒は私に対して、市場に売られていく仔牛を見るような、憐れみの視線を向けていた。


 他の監督生もいなくなってしまった。

 未婚の男女が密室で二人っきりになるなんていいのか。と思っていたが、ふと背後の存在感が気になって振り返る。

 ジェムが屈強な板金鎧の騎士に変化していたのだ。いつからこの姿になっていたのか。ヴィルはこれを見て、私だけを残したのかもしれない。


 他の生徒達の足音が聞こえなくなるのを待ってから、ヴィルは話しかけてきた。


「元気にしていたか?」

「わ、わたくしめが、ですか!?」

「他に誰がいるんだ」

「そ、そうですよね……」


 十日も会っていない中で、最初の一言がそれとはまったく想像していなかったのだ。

 私は「はい、元気です」と、初級英語のテキストに載っていそうな定型文みたいな言葉を返す。


「えーその、リンデンブルグ監督生長様は……」

「どうしてその名で呼ぶ?」

「学校ですし、他人の目もありますので」

「気にしなくていい。これまで通り、ヴィルと呼べ」


 そんな、殺生な……。

 天下のリンデンブルグ大公のご子息であり、未来の大公閣下、さらに監督生長でもある彼を愛称で呼ぶ者など、家族以外ありえないだろう。


「愛称で呼んでいるところを誰かに聞かれたら、特別親しいのかと勘違いされてしまいますので」

「ほう?」


 早口で捲し立てると、ヴィルは無言でこちらへ接近してくる。

 両肩をぐっと掴まれ、麗しい顔が眼前へと迫ってきた。

 ヒッ! と悲鳴を上げそうになったものの、寸前でゴクンと呑み込む。

 ヴィルは吸い込まれそうな美しい瞳を向けながら、脅すように言った。


「一ヶ月以上もの間、私に勉強を教わっておいて、そのように他人行儀なことを言うのか?」

「それに関しましては、本当に申し訳なかったと思っております」


 あのときの私の頭の中は、個人指導教師テューターに勉強を習うことでいっぱいだったのだろう。

 そのため、よく確認もせずに、ヴィルを先生だと思い込んでしまった。


「でも、どうして個人指導教師テューターではない、と否定しなかったのですか?」

「それは、ミシャがあまりにも喜んでいたから、言えなかっただけだ」

「うっ……そうだったのですね。本当に申し訳ないです」

「いや、気にするな。ミシャと共に過ごす時間は、なんと言えばいいのか、悪いものではなかったから」


 時間を無駄にした、と言われなくてよかった。

 ただ、私が誤解したことによって失ったヴィルの時間は戻ってこない。

 同じ魔法学校の生徒である以上、自習の時間などは大切なのだ。


「その、どうお詫びをしていいものか、思いつかないのですが」

「なんの話だ?」

「労働に対する対価の話です」


 私はヴィルが個人指導教師テューターだと思って、なんの報酬もなく勉強を教えてもらっていた。

 魔法学校の生徒は教師から学ぶ権利があるので、その特権に甘えていたのだ。

 けれども、ヴィルは魔法学校の生徒だったのである。


「それでその、私は何かお返しをしなければならないと思いまして」

「言われてみればそうだな」


 ヴィルは悪事を思いついたような、怪しい微笑みを浮かべた。

 

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