前へ次へ
56/277

転入生とエア

 理事のご子息……ではなかった、ご息女が転入してきたというので、クラスメイト達は大騒ぎである。

 皆、ノアを取り囲み、頬を紅潮させながらチヤホヤしていた。

 ノアは満更でもない、といった様子でいる。

 指先で長い髪をくるくる遊ばせ、ぶりっこ全開でいるようだ。

 窓側周辺の席でノアのもとに行かなかったのは、私とエアだけである。


「なあ、ミシャ。なんであいつ、こんな中途半端なタイミングで転入なんかしてきたんだろう?」

「さあ?」


 ノアの兄であるヴィルが以前、妹は花嫁学校に通っている、なんて話をしていたが。

 花嫁学校を卒業まで在学せずに、ここへ転入してきたのだろう。


「ミシャはノアのところに行かなくていいのか?」

「興味ないから。エアは?」

「俺は、うーーん」


 彼にしては珍しく、煮え切らないような態度を見せる。


「どうかしたの?」


 エアは声を潜め、ノアについての考えを口にする。


「なんつーかさ、こう、見下されているような印象があって」

「それはまあ、大公家でお姫様のように育てられているだろうから……」


 リンデンブルグ大公家は王族の血筋で、貴族とは暮らしぶりなども大きく異なるのだろう。


「王族……ああ、そうか。なるほどな」

「気付いてなかったの?」

「いや、わかっていた。でも、その情報から無意識のうちに、見下しているなんて思ったんだな、って思ってさ」


 なんでもエアの母親は王族が苦手だったらしい。


「苦手っつーか、怖がっているっつーか。何があったかわからないけれど、王族と聞いただけで具合を悪くして、数日寝込んでしまうほどだったんだ」

「何かあったのかしら?」

「わからない。でも、そんな母さんを見ているうちに、しだいに俺も苦手意識を持つようになったんだと思う」


 エアの母親は口数が少なく、自らについても語ることはなかったらしい。


「だから俺、父親が誰とか、祖父じいさん、祖母ばあさんがどこにいるとか、そういうのも知らないんだ」

「そう、だったんだ」


 彼の家庭事情は思っていた以上にワケアリなのだろう。

 あまり深入りすると、エアの心の傷に触れてしまうかもしれない。

 これから先は、エアが話してくれることだけに耳を傾けよう。


「でも、王族ってだけで目を背けるのもよくないよな。よし、俺も話を聞きにいこっと」


 エアはそう言って、ノアのもとへ駆けていった。

 無理しなくてもいいのに、と引き留めることはできなかった。


 授業が始まる鐘が鳴ると、ノアを取り囲む人々は散り散りとなる。

 いったいノアは何を考えているのか、と視線を向けると、目が合ってしまった。

 ノアは口をパクパクさせる。「秘密を喋ったら没落させる!」と言っているような気がした。

 読唇術なんて使えたのか、と不思議に思ったけれど、きっとアレだ。ノアは私の脳に直接訴えているのだ。

 笑みを浮かべ、喋らないから安心してと訴えるも、ノアはジロリと睨み続けている。

 お願いだから、敵対視しないでほしい。


 あっという間に一日の授業は終わり、終礼の時間となる。

 ホイップ先生が魔導黒板にお知らせを写しだした。


「皆さ~ん、もうすぐ年に一度開催される、小舞踏会プティ・バルがあるのはご存じ?」


 小舞踏会というのは、社交を学ぶ授業の一環で、講堂でダンスパーティーが開かれるらしい。

 ドレスコード指定があり、ドレスと書いてあってギョッとする。

 社交界デビューを乗り切ったあとだと言うのに、またドレスが必要になるのか、とうんざりしてしまった。

 ヴァイザー魔法学校にはさまざまな階級で育った子ども達が在学しているのに、ドレスや燕尾服を用意させようだなんて、不平等ではないのか。

 そう思ったものの、卒業し、社交界へ出ることになっても条件は同じである。

 ここで平等に正装を用意してもらっても、卒業後は自分で買わなければいけないのだ。

 大人になってから現実を目の当たりにするよりは、ここで知っておいたほうが身のためになるのだろう。

 それに加え、魔法学校は伴侶を探す場でもある。

 こういう催しで、結婚相手を見繕う目的もあるのかもしれない。


「あと、この小舞踏会では、実行委員をクラスから一人選ばないといけないのよお」


 なんでも実行委員は放課後の話し合いに加え、当日も受付やら、食べ物の手配やら、いろいろ雑用をして回らないといけないらしい。


「その分、内申書のプラスにはなるわよお」


 内申書というのは、就職のさいに有利になる、生徒の調査書みたいなものだ。

 就職のさい、魔法学校の卒業生を雇う側はこの内申書を見て検討するのだという。


「当日はあれこれ動き回らなければいけないから、ドレスや燕尾服は着られないけれど、やりたい人はいるかしら~?」


 ドレスは着られないというその言葉が後押しとなり、私は実行委員に立候補した。


「私、やりたいです!」

「あら、いい子ねえ」


 他に希望者はいないようなので、無事、実行委員に決まった。


「明日、朝から実行委員会の顔合わせがあるから、参加よろしくねえ」

「わかりました」


 小舞踏会の開催は半月後とのことで、あまり時間がないようだ。

 朝の実行委員会は挨拶のみで、すぐに終わるという。

 立派に役目を果たして、ザクザク内申点を稼ごうと決意した。

前へ次へ目次