衝撃は続く
「あのね、私があなたにやってあげたことは、全部ぜ~~んぶ介添人の仕事なの! 金魚の糞とか言って撒いていなかったら、あなたは今頃困ってなかったのよ」
「別に困ってなかったけれど。お前がいたし」
「あなたねえ~~~~~!!」
今すぐ、私も金魚の糞認定して撒いてほしい。
そう願ってやまないのに、いくらガミガミ怒っても、響いている様子はなかった。
「それはそうと、お前、お兄様とどういう関係なんだ?」
「私? 単なる知り合いよ」
「婚約とかしているわけじゃないよね?」
「まさか! 彼と結婚なんて、天と地がひっくり返ってもありえないわ」
「ミシャ、それは言い過ぎではないのか?」
「え、ひゃあ!!」
突然、背後からヴィルが現れたので、びっくりしてしまう。
どうやらヴィルは調査から戻ってきていたようだ。
運良く合流できたわけである。
「あの、ヴィル」
「お兄様!!」
ノアは声を弾ませ、ヴィルに抱きつく。
「まさか会場でお会いできるなんて、嬉しい!」
突然、ぶりぶりにぶりっこを始めたので驚愕してしまう。
先ほどまで悪魔のようだったのに、今は天使のような微笑みを浮かべていた。
「ノア、これから大事なお役目があるのだろう?」
「ええ。その前にお兄様とお話しできて、緊張が解れました」
ノアの豹変っぷりを前に「えーーーーー」という、呆れと驚愕が入り交じった声が出てしまった。
「そういえば、一緒に来ていたメイフェール伯爵夫人はどうしたんだ?」
「この人混みで、はぐれてしまって」
信じられないことに、ノアは瞳をうるうるさせながら訴えていた。
メイフェール伯爵夫人とは介添人のことだろう。
はぐれたなんて嘘だ。彼は介添人を金魚の糞扱いした挙げ句、撒いたとか言っていたではないか、と暴露したくなる。
しかしながらノアは獲物を狙うアフリカの肉食獣のように私を睨み、発言するのを許さん、とばかりの圧力を与えてきた。
「実は……困っているところを、ミシャ嬢が助けてくれたんです。彼女がいなかったら、どうなっていたのか……」
ヴィルに背を向け、しくしくと泣いている振りをしていたが、私だけに向けた顔は般若みたいだった。
本当のことを言ったら殺す、くらいの迫力である。
「お兄様はミシャ嬢とお知り合いだったのですね。まさか、親しいお方なのですか?」
「そうだが?」
ノアにヴィルから見えない角度から睨まれてしまったので、違う違う違う、誤解だ! と首を横に振る。
「ふふ、お兄様にこーんな愛らしいお方がいるなんて、知りませんでしたわ」
「これから仲良くしてくれ」
「もちろんです! 嬉しい!」
ノアは私の腕を掴んできたものの、鬱血しそうなくらいギリギリ締め上げてきた。
もう、本当に勘弁してほしい。
そうこうしているうちに、拝謁の時間は終わってしまった。
「あ、ノア、拝謁が終わったけれどいいの?」
「いいえ、今からなんですよ」
何が今からなのか。わからないでいたら、立太子の儀式が始まった。
聖教会の最高権力者である枢機卿がやってきて、レナ殿下に王太子の証である赤いガウンを肩にかける。
これにて、レナ殿下は正式に王太子となった。
レナ殿下の隣にいる王妃殿下は、にっこり微笑みながら見守っていた。
王妃殿下は今年四十と聞いていたが、三十代前半にしか見えないくらい美しい。二十代だと言われても信じてしまいそうだ。
とても一児の子持ちには見えなかった。
そんな王妃殿下が、「今日は喜ばしい話があります」と話を切り出す。
立太子の儀式以上に喜ばしい話などあるのか。
皆の注目は王妃殿下に集まっていた。
「本日は未来の国王である王太子の、婚約者を紹介します」
王妃殿下はスッと手を差し伸べ、一人のご令嬢に注目が集まるように促す。
「ノア・フォン・リンデンブルグです」
えーーーーーー!? と叫ばなかった私を褒めてほしい。
ノアは誰からも愛されるような微笑みを浮かべ、美しい会釈を返す。
なんてことだ。
男装王太子であるレナ殿下の結婚相手は、女装令嬢のノアだったなんて。
彼が女性として育てられた理由を、今になって理解した。