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美少女との邂逅

 大広間にはすでに大勢の社交界デビューを迎える娘達がいた。

 会場の一段上がった台に二つ椅子が置かれているのだが、あれは王妃殿下と王太子殿下が座る物なのだろう。

 その周囲には拝謁する予定の娘達が列を成していた。


「ヴィル、例の者は?」

「まだいない。ここへ近付いているようだが」

「では、こちらから向かいますか?」

「そう――!?」


 ヴィルが口元を押さえ、眉間に僅かな皺を寄せる。

 何かあったのか。

 次の瞬間、ヴィルは私にぐっと接近し、耳元で囁いた。


「反応が消えた」

「え!?」


 もしや、バレてしまったのか。

 

「微かに魔力反応はあるが、この人混みだと探すのが困難だろう」

「ヴィル、私はここに残っていますので、一人で調査に行ってください」


 このドレス姿だと、俊敏に動けない。

 足手まといになりそうなので、ヴィルが単独で行ったほうがいいだろう。


「しかし――」

「私にはジェムがいるので平気です」


 真珠の首飾りを優しく摘まんで見せると、ヴィルはハッとなる。


「わかった。では、廊下で待っていてくれ」

「はい」


 ヴィルは人混みをスイスイ抜けて、あっという間に大広間から出て行った。

 私もあとに続くが、彼のように上手く人を掻き分けることができない。

 やはり、足手まといにしかならなかったようだ。

 十五分ほどかけてなんとか大広間を脱出する。

 廊下は待ち合わせをする人達でごった返していた。

 大広間から離れたら、少しマシになるのか。

 そう思って進んでいくと、守衛の騎士がいる扉の前に行き着いた。


「ここから先は、貴賓のお客様のみです」

「あら、そうなの? 私、裏門から入ってきた者ですけれど」


 ダメ元で言ってみたら、通してくれた。

 王城の守りがこんなにチョロくてもいいのか、と思わなくもなかったが、人混みに酔っていたのでありがたい。


 ヴィルが戻ってくるまで、どこかで休憩させてもらおうか。

 なんて考えていたら、ドレス姿の少女が蹲っているのを発見する。


「え、ちょっと、大丈夫!?」


 純白のドレスをまとっているので、今年社交界デビューを果たすご令嬢なのだろう。

 ここのエリアにいるということは、貴賓の子女に違いない。


 駆け寄ると、少女は顔を上げる。

 金色の髪に緑色の瞳を持つ、絶世の美少女である。

 どこかで見た覚えが……なんて思ったものの、そんなことを気にしている場合ではない。

 少女は私を見て、目を見開いたが、苦しげな様子で俯く。


「どうしたの? どこか苦しいの?」


 少女はウエストの辺りを押さえていた。もしかして、矯正下着コルセットをきつく縛り過ぎたのか。


矯正下着コルセットを緩めたほうがいいけれど、まずは場所を移動しましょう」


 肩を貸して立ち上がり、すぐ近くにあった部屋へ入らせていただく。

 貴賓用の休憩室だったようで、ワインや果物、チーズなどが用意されていた。


矯正下着コルセットを緩めてあげるわ。失礼するわね」


 返事はなかったが、息をするのにも辛そうだったので、実行させていただく。

 ドレスの背中部分にあるボタンをすべて外し、矯正下着コルセットの紐を引っ張る。

 矯正下着コルセットは肌が真っ赤になるくらいきつく締められていた。

 この状態ならば、普通に立っているだけでも辛いだろう。

 紐を解いて寛がせると、少女の安堵するような「はーーーー」という深いため息が聞こえた。

 少し休んだら具合もよくなるだろう。そう思っていたのに、次の瞬間には激しく咳き込み始めた。


「え、ちょっと、大丈夫!?」


 まるで毒を飲んだかのような咳き込み具合に、ギョッとしてしまう。

 だんだんと咳き込む声が、しゃがれてきた。少女のものとは思えない声色だったので、これは間違えようもなく、緊急事態なのだろう。


「お医者様を呼んでくるわ!」


 立ち上がった瞬間、少女は私の腕を掴んだ。

 思いのほか、強い力である。

 少女は私に、思いがけない声で制止した。


「おいこら待て!」

「え!?」


 その声は愛らしい少女のものではなく、変声期を終えたくらいの少年の低い声だった。


 恐る恐る振り返ると、ドレスの前がはだけた状態の少女と目が合う。

 そこには、女性にあるはずの胸がなかった。


「あ、あなた、男――もが!!」


 口を塞がれ、強引に腕を引かれる。

 ソファに勢いよく腰かける形となった。


「お前、お兄様と一緒にいた雌犬だな!?」

「雌犬!? じゃなくて、お兄様!?」

「ああ、そうだ!! この、泥棒猫め!!」


 犬なのか猫なのか、どっちなのか。

 いいや、そうではなくって。


「お兄様ってことは、ヴィルの――」

「妹だ」

「い、妹!?」


 ドスの利いた低い声といい、平たい胸板といい、女性とは思えないのだが……。


「あ、あなた、名前は?」

「ノアだ。ノア・フォン・リンデンブルグ」

「リンデンブルグですって!?」


 リンデンブルグ――それは国内に唯一存在する大公家で、父親は王弟であり、ヴァイザー魔法学校の理事である、リカルド・フォン・リンデンブルグだ。


 ということは、ということは、ヴィルは――!?

 私は悲鳴を上げ、頭を抱え込んだ。

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