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ホイップ先生からの手紙

 途中から道が二手に分かれ、私達は守衛の騎士と門があるほうへと進んで行った。ここが例の貴賓専用の道なのだろう。

 そこから五分ほどで王城の裏口らしい場所へと行き着く。

 王城は遠くから見るものだと思っていたが、いざ、近くで見ると迫力がある。

 夜なので全貌は見えないものの、積み上げられたレンガが歴史を物語っているように思えた。

 王宮勤めの侍従から丁重な様子で案内され、夜会が始まるまで待つ部屋に通された。

 思いがけず、ヴィルと部屋で二人きりとなる。

 供を連れていないので、侍従は私達が婚約者同士だと判断したのだろう。

 これまで密室で過ごすことを避けてきたのに、このような展開になるなんて。

 調査が目的なので、ヴィルも拒否するわけにはいかなかったのだろう。

 少し気まずい……と思ったが、ヴィルがモモンガを張り付けたままだということに気付いてしまった。


「あの、ヴィル、その、胸にモモンガがしがみついているのですが」

「偵察用に連れてきた」

「あえて張り付けていたのですね」


 目立つのでどこかにしまっておいたほうがいいと助言すると、ヴィルは大福もちを掴むように優しくモモンガに触れ、ポケットに入れていた。


 何か話題を、と思った瞬間、ホイップ先生から手紙が届いていたことを思い出す。

 おそらく毒に関する調査の結果が出たのだろう。

 出発間際に届いたため、開封できていなかったのだ。


「ヴィル、ホイップ先生からの手紙を読んでもいいですか?」

「ああ、好きにしろ」

「ありがとうございます。あの、ガーターベルトに挟んでおりまして、スカートをたくし上げないと取れないため、よろしければ顔を背けていただけると助かるのですが」

「どこに入れているんだ」

「ドレスにはポケットがないので仕方がないんです」


 ヴィルはため息と共に、顔を逸らしてくれた。

 その隙に、スカートをめくって、ガーターベルトに挟んでいた手紙をすっと引き抜く。

 

「ご協力、ありがとうございました」

「いいから早く手紙を読め」

「はい」


 迅速に封を切って手紙を読む。

 そこに書かれていたのは、採取したヴィルの血や、押収した食事から毒が検出された、というものであった。

 私は何も言わずに、手紙をヴィルへと渡した。

 ヴィルは覚悟ができていたのか、冷静な様子で読んでいる。


「やはり、毒が混入されていたのだな」

「そのようですね」


 毒として使われていたのは、ミリオン礦石こうせきと呼ばれる、特定の病気の治療に使われる物だった。

 病気を発症していれば薬として有効なのだが、それ以外の者が口にすると、病に罹ったかのような体調不良を訴えるらしい。体に蓄積される毒で、一定量を超えると死に至るようだ。


「まさか、こんな毒だったなんて……」


 犯人はじわじわとヴィルの命を蝕むような毒を仕込んでいたというわけだ。

 ホイップ先生は毒草や魔物の血など、人間にとって害のある物質だと決めつけて調査していたため、解析に時間がかかったという。


 報告書には私が作る魔法薬の特性についても書かれていた。

 なんでも私が作る魔法薬には、解毒作用が付与されているらしい。

 猛毒を打ち消すほどの強力な効果はないようだが、毒の効果をやんわり防いだり、蓄積された毒の効果を消したりする作用はあるようだ。

 そのため、ヴィルの体調不良に効果があったのだろう。

 解毒作用なんて付けた覚えはないのだが……。

 ホイップ先生曰く、おそらく祝福ギフトなのだろう、と書かれてある。

 なんというか、祝福ギフトというのは魔王を倒せる勇者の力だったり、いかなる傷も癒やす聖女の奇跡だったり、なんかこう、もっと特別なものだと思っていたのだが、私のものはなんとも地味なものであった。


「おい、なんて書いてあったんだ」

「え?」

「ずいぶんと驚いた顔をしていたようだが」

「あ……あはは、えーーっと」


 そういえば、魔法薬を作っていたのは私だ、というのをヴィルに言っていなかったような気がする。

 面倒事に巻き込まれそうなので黙っておこうと思っていたのだが、十分面倒な事態になっている。

 ここは諦めて、打ち明けるべきなのだろう。


「実はですね、ヴィルがご愛飲していた例の魔法薬ですが、実は私が調薬したものなんです」

「なんだと!? 本当なのか?」

「ええ。信じられないのであれば、ホイップ先生に聞いてください。私が魔法薬を売る許可を出してくださっているので」


 ヴィルは腕を組み、信じがたい、という表情でいた。


「どうして、今まで言わなかった?」

「いえ、その、言い出せなかったといいますか、なんというか……」


 はーーーーー、と深く長いため息が吐かれる。

 今だと思って、話題を元に戻した。


「その、ホイップ先生曰く、私の魔法薬には解毒作用が付与される祝福があるようで、それで、ヴィルと相性がよかったようです」

「そういうわけだったのか」

「ええ。その祝福としては、いささか地味な能力なのですが」

「その地味な祝福のおかげで、私の毒の蓄積はほとんどなくなっているようだがな」

「そうですよね。十分奇跡です」


 何はともあれ、毒と魔法薬の謎については、ホイップ先生のおかげで明らかになった。


「その件については、のちほどじっくり話をしよう」

「そ、そうですね」


 今は調査に集中しなければならないだろう。


「犯人を絶対に捕まえましょう」

「ああ」


 なんでもカツラがある場所は、すでに特定しているらしい。


「カツラが動いているから、犯人が装着して動き回っているのだろう」

「もうそこまでわかっているのですね!」


 現在、犯人がいるのは王城の特別区画。一般人が立ち入りできるような場所ではないらしい。

 その情報だけでも、犯人が絞り込めるようだ。

 すぐに動くと、侍従達から不審に思われるため、今は大人しくしているという。

 開場時間前になったら動くようだ。


 それにしても、いったい誰が、ヴィルの命を狙っているというのか。

 今日、相見えることとなるだろう。


「そろそろだな」

「ええ」


 ヴィルは立ち上がり、私へ手を差し伸べてくれる。

 優雅なダンスのお誘いというよりは、戦友へ手を差し伸べる騎士といった雰囲気である。

 私はヴィルの手を取り、夜会という名の戦場へ向かったのだった。

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