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夜会の会場へ出発!

「ど、どうしましょう。私のを貸して差し上げたいけれど、社交界デビューに相応しい一揃えスイートではなくて……」


 社交界デビューのさいに身に着ける宝飾品はパールやダイヤモンドなどの、純白のドレスに合う清楚な雰囲気の物が好まれる。

 現在、レヴィアタン侯爵夫人が所持している一揃えスイートはルビーやピンクダイヤモンドなどの、華やか過ぎるものらしい。


「ごめんなさいね」

「いえ、大丈夫。こんなこともあろうかと、ジェムにお願いしておいたので」

「ジェムさんに?」


 これまで大人しくしていたジェムが一歩前に出て、私に体当たりするように飛びかかってくる。

 ジェムの球体が空中で変わっていく。

 一瞬のうちに真珠のティアラ、耳飾り、首飾りへと変化したのだ。


「宝石スライム特製の、なんちゃって真珠の一揃えスイートです」

「まあ!」


 レヴィアタン侯爵夫人は目を見開き、ジェムが変化した宝飾品を眺めている。


「触って確認しても大丈夫ですよ」

「よろしいのですか?」


 ジェムは大丈夫、とばかりに淡く光った。


「これは、すばらしい! 本物の真珠のようです」


 ジェムは褒められて嬉しかったのか、首飾りを左右に揺らして喜んでいた。


「よく、このような芸当を思いつきましたね」

「ジェムが提案してくれたんです」


 昨日の新聞で、北部地方にこれまでにない積雪があって交通が遮断されている、と報じられているのを知り、母からの荷物が届かないことを知ったのだ。

 頭を抱えていた私に、ジェムが任せろ! とばかりに耳飾りや首飾りに変化してくれたのだ。


「それにしても、今風のオシャレな真珠を作れるなんて……どこで覚えたのですか?」

「この前、街に買い物に行ったときに、店頭に飾ってあった一揃えスイートをジェムと一緒に見たんです。それを記憶していたのかと」


 さすがにお店で売っている品とまったく同じなのはどうかと思ったので、ところどころアレンジしてもらった。話の分かる宝石スライムである。


「それにしても、ミシャさんは本当に真珠がお似合いです。肌も白いので、余計に際立つのでしょうね」

「いえ、その、恐縮です」


 肌が白いのは、冬の間は雪が深くて活動できず、引きこもり状態だからだろう。

 雪の照り返しで日焼けする人もいるだろうが、ほとんど晴れ間などないので、他の地方の人よりは肌が白いのかもしれない。


「あ、そうそう。このドレスは仕掛けがあって、腰周りにあるリボンを引っ張ると、裳裾トレーンが縮まって、リボンみたいになるんですよ」


 侍女が姿見を二枚合わせて、私にも見えるようにしてくれた。


「か、かわいい! これだったら、歩きやすいですね!」

「ええ、そうでしょう?」


 なんでもレヴィアタン侯爵夫人は社交界デビューのさい、長い裳裾トレーンを踏みつけ、転んでしまったことがあったらしい。

 そこからどうしたら裳裾トレーンが邪魔にならないのか考えた結果、このようなリボンにできる物を考えたようだ。


「何から何まで、ありがとうございます」

「うふふ、いえいえ。でもまだ準備は終わっていないので、今からですよ」


 勝手に身なりはほとんど整ったと思っていたのだが、これは試着らしい。

 これからお風呂に入り、肌や髪の手入れ、マッサージを施し、化粧や髪結いなど、最終段階に移るようだ。


「ミシャさん、頑張りましょうね!」

「は、はい」


 それから五時間もの間、準備に費やしてくれた。

 レヴィアタン侯爵夫人は侍女相手にテキパキ指示を出し、私を一人前の淑女へと仕上げてくれた。


 ここまで完全に正装したのは初めてだ。鏡の向こうに映る私はもはや別人である。


 夕方になると、ヴィル先生がやってきたようだ。

 華やかな燕尾服に身を包んだヴィル先生はとてもかっこよく、貴公子然としていた。

 私の姿を見たヴィル先生は、無表情だった。まるでその辺の雑草を目にしたときくらいの無である。

 そりゃないぜ、と思ってアピールしてみた。

 レヴィアタン侯爵夫人が歩きやすいよう、裳裾トレーンをリボン状にしてくれているので、その場でくるりと回る。


「今日の私、とてつもなくきれいだと思いません?」


 ヴィル先生は手を口元に当てて、ボソリと感想を口にした。


「たしかに、きれいだ」


 ヴィル先生からの「何をバカなことを言っているのか」、という反応待ちだったので、思いがけず肯定されて動揺してしまう。 

 みるみるうちに恥ずかしくなって、軽口が叩けなくなってしまった。

 私達の妙な雰囲気をレヴィアタン侯爵夫人が気付いてくれたのか、早く会場へ向かうよう促してくれた。


 そんなわけで、どぎまぎしながらの出発となる。

 外はすでに真っ暗だ。

 ヴィル先生は私が転ばないよう、手を貸してくれた。

 今日ほど、手袋を嵌めていてよかった、と思う日はないだろう。

 緊張で手汗がすごいだろうから。


 馬車の中は真っ暗だったので、少しだけ動揺が和らぐ。

 私だけ褒めてもらうのも悪い気がしたので、正直な感想を口にした。


「今日のヴィル先生、すごくかっこいいです。王子様みたいですよ」

「まるで普段はそうでもないみたいだな」

「普段もかっこいいです。今日はいつも以上に、という意味でした」

「なるほど」


 車内は真っ暗で、どんな表情を浮かべているのかわからない。

 普段と変わらない淡々とした喋りだったので、声色から感情は読み取れなかった。


「ぜんぜん関係ない話になるのですが、ヴィル先生は王宮は何年ぶりですか?」

「いや、初めてだ」

「え!? これまで国王陛下主催の夜会などに参加されたことないのですか?」   

「ない。賑やかな場は得意ではないから」

「は、はあ」


 良家のお坊ちゃんなので、夜会などは慣れっこだと思っていた。

 

「安心しろ。王宮内の間取りは頭に叩き込んでいるから」

「わ~~、頼りになりそ~~」


 そんな相槌を打ちながら、窓の外に視線を移す。

 王都の街には、社交界デビューの娘達がモコモコの外套に身を包み、うきうき気分で歩いているようだった。

 彼女達はきっと、馬車の渋滞を見越して歩いているのだろう。

 

「王城付近は馬車でいっぱいですよね。いったいどれくらいで入れることやら」

「心配ない。我々は貴賓専用の道を通ることができるから、さほど待たずに入城できるだろう」


 さすが、良家のお坊ちゃんと言うべきなのか。特別扱いを受けられるようだ。


「ああ、言うのを忘れていた。これからは先生ではなく、ヴィルと呼ぶように」

「え、なんでですか?」

「そのうち分かる」


 何か事情があるのならば、今言ってほしい。そう思ったのだが、タイミングというものがあるのだろう。


「では、今度からは、ヴィル様とお呼びしますね」

「呼び捨てでいい」

「いや、それはちょっと」

「様を付けられるほどの者ではない」


 この様子だと、私がいくら言っても聞いてくれないだろう。


「わかりました、ヴィル……これでいいですか?」


 ヴィル先生改めヴィルは満足げな様子で頷いていた。

 正体不明の個人指導教師テューターを呼び捨てにしないといけないなんて、なんだか心が痛む。

 仕返しとして、私も名前で呼んでもらおうか。

 リチュオルと家名で呼ばれると、なんだか背筋がピンと伸びてしまうし。

 先生相手なのでリチュオルでもいいのか、と思っていたが、いつまで経っても慣れないので、名前で呼んでもらおう。


「では、私のこともミシャでいいです」

「わかった」


 街灯のおかげで、ヴィルの姿が見えるようになる。

 腕組みし、明後日の方向を見ていた。

 本当にわかっているのか。表情からは読み取れなかった。

 あと、ヴィルの肩にモモンガが一匹張り付いているのに気付いてしまった。

 かわいい……ではなくて、いつからそこにいたのやら。

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