魔法学校へ入学するために
ヴァイザー魔法学校の入学願書提出の期限が迫っていたため、父は三日で決断してくれた。
両親はクレア、マリスを同席させ、決定を発表する。
「ミシャ、魔法学校の受験についてだが」
父は険しい表情を浮かべていた。母も悲しげな様子でいる。
クレアとマリスは、無表情だったので、何も読み取れない。
だめだったか、と思っていたが――。
父は何も言わずに、私に封筒を差しだしてくる。
それは、魔法学校の入学願書だった。
「お父様!?」
「私達のことは心配いらないから、頑張ってきなさい」
「本当にいいの?」
両親は頷き、クレアとマリスも微笑んでくれた。
「どうしよう……嬉しい!」
入学願書を抱きしめ、涙を流してしまう。
「まずは合格しないといけないからな」
「ええ、わかっているわ」
父と母は手放しに賛成できるものではない、と思っていたようだが、クレアとマリスが許してあげてほしい、と言ってくれたらしい。
「二人共、いいの?」
「もちろん。ミシャお姉様だったら、絶対に受かります」
「ああ、応援しているから」
「クレア、マリス、ありがとう」
私だけ好き勝手に生きるということに対して、罪悪感を覚えていた。
そんな私を、家族は応援してくれるという。
その優しさに応えるためにも、絶対に合格しないといけない。
まず、書類審査を含めた入学願書の申し込みから始まる。
そこでもっとも重要視されるのは、先天属性についてだ。
先天属性というのは、持って生まれた属性だ。
火、水、風、土の四つの元素が基本である。
ひとつの属性から四十名ずつ、生徒が選ばれるのだ。
それ以外に、固有元素と呼ばれる、四大元素以外の属性を持つ者が四十名ほど入学できるらしい。
固有元素というのは、闇、光、炎、嵐、雷、岩、霧などの、珍しい属性が当てはめられる。
数は少なく、定員である四十名が集まらないことが普通のようだ。
ただ、一般的には無属性で生まれる者がほとんどで、四大元素持ちでも珍しいともてはやされる。
ちなみに属性の調べ方は、生まれて一年経ったあとに、聖教会で祝福を受けたさいに、司教から教えてもらえるとのこと。
私は〝雪〟の固有元素持ちだが、はらはらと粉雪を降らせることができるだけの、てんで役に立たないものであった。
「ミシャお姉様は雪の属性を持っているから、必ず合格できると思います」
「ええ、でも、私は奨学金狙いだから、もしかしたら危ないかもしれないわ」
ヴァイザー魔法学校の学費は白目を剥きたくなるほど高額だ。
両親に払わせるわけにはいかないのである。
「奨学金が取れなかったら、諦めるのですか?」
「うーん、そうねえ。一年、入学を遅らせて、翌年に挑戦するのもいいかもしれないわ」
父は気にしなくてもいいというが、年間で金貨百枚の出費は痛いだろう。
幸いにも、ヴァイザー魔法学校には返済不要の奨学金制度がある。それを利用して、無償で魔法を学びたい。
「ミシャ、実を言えば、お前の叔父さん……ガイもヴァイザー魔法学校に通っていたんだよ」
「あら、そうだったの」
リジーの父であり、愛人と出て行ったはた迷惑な叔父さんが、ヴァイザー魔法学校に合格していたなんて意外だ。
「ガイも雪の属性持ちだったからね。たしかガイも奨学金制度を取って、通っていたんだ」
リチュオル子爵家ではたまに雪属性を持つ者が生まれる、という話は聞いていた。
まさか叔父も雪属性を持っていて、かつ、魔法学校に入学していたなんて。
ただ、叔父は途中で魔法学校を退学していたらしい。なんとももったいない話である。
「ミシャ、学費については心配せずに、一度頑張ってみるんだよ」
「はい!」
まずは入学願書を送らなければならないだろう。
それに関しては、珍しい雪属性なので、問題なく書類通過するに違いない。
返信は一週間後にあった。中には書類審査の合格を告げる内容が書かれていた。
次は筆記試験である。
実施は一ヶ月後で、王都で行われるようだ。
王都へ行くならば、いっそのこと家族旅行でもしないか、と母が提案したものの、クレアとマリスは断った。なんでも子爵になるための勉強をしたいらしい。
彼らを残していけないのか、父は残るという。私は母とふたりで王都へ赴くこととなったのだ。
魔法学校入学までのスケジュールは、三ヶ月刻みとなっている。
秋の終わりに書類審査。
冬の始まりに入学試験。
春先に魔法の実技試験。
夏に面接、そして合格者のみ秋に入学、となっているのだ。
大企業の入社試験かよ、と言いたくなるくらいの念の入れようである。
ちなみにヴァイザー魔法学校以外では、一回の試験で合否が決まるらしい。
ただ、今のところ、ヴァイザー魔法学校以外の学校を受験する気はなかった。
入学試験が始まるまで、私は一日中、勉強に励む。
幸いというか、リチュオル子爵家は古い魔法使いの家系で、魔法に関する本はたくさん持っていた。
叔父が使っていたらしい参考書も残っていたので、買わずに済んだのだ。
あっという間に秋が終わり、厳しい冬を迎える。
日の出は遅くなり、日暮れは早くなった。
冬は部屋を明るく照らす魔石や、暖炉用の薪が必要になるので、ただ勉強するだけだというのにお金がかかってしまう。
父は何度も挑戦してもいい、なんて言っていたものの、受験は一度きりかな、と思ってしまった。
なんとか勉強を続けること一ヶ月――とうとう受験十日前となった。
早めに王都へ出発となる。
「ミシャ、できる限りのことをするんだよ」
「はい、お父様」
父は私の頭を優しく撫で、見送ってくれた。
「ミシャお姉様、いってらっしゃい!」
「気をつけるんだぞ」
「ええ、二人とも、ありがとう」
クレアとマリスもやってきて、笑顔で送り出してくれた。
合格できますように、と祈りつつ、故郷を発つ。
ラウライフの地から王都まで、馬車で五日ほどかかる。
ふかふかのクッション持参で馬車へと乗り込み、王都へ向かった。
移動中も、試験勉強は欠かさない。
三半規管が強いので車酔いをすることはなかったものの、揺られていると猛烈に眠くなる。
眠気と戦いつつの移動だった。
五日後――ようやく王都へ辿り着く。
受験日当日まで、私はホテルに缶詰状態で勉強を進める。
母は知人や友人と会う約束をしていたようで、出かけていった。
まだ合格もしていないのに、魔法学校で友達ができるかな、という心配までしてしまった。
そして、とうとう試験当日を迎えた。
王都は冷え込むようで、皆、分厚い外套をまとっていた。
雪国であるラウライフ暮らしからすると、秋よりもずっと温かいくらいの気候に思える。
やはり、私が寒がりだったのではなく、ラウライフが寒すぎたのだろう。
外套は必要ないと思って着ていなかったら、魔法学校の校門の前で、まさかの声がかかる。
「あなた、外套を買うお金もありませんの?」
声がしたほうを向くと、パープルグレイの髪を持つ美しい少女が私を睨むように見ていた。
彼女はドレスの上に暖かそうな毛皮の外套を纏っていたものの、この気候で着込むのは暑そうだ、と思ってしまった。
「あなたの恰好は見ていて寒くなってしまいますわ」
「それはそれは、失礼したわね。私は雪国出身者で、ぜんぜん寒くないの」
冷え性で一年中震えていた私が、他人に寒くないと言う日が訪れるとは。
「雪国出身、そうでしたの。ただ、見るからに寒そうに見えてしまいますので、何か着たほうがよろしいかと!!」
強い口調で言い放ったあと、くるりと踵を返し、いなくなった。
「都会の人、怖っ!」
思わず口に出してしまう。
魔法学校には、彼女みたいな人がたくさんいるのだろう。
友達が百人できるかな、なんて思っていたものの、厳しそうだと思ってしまった。