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社交界デビューの準備をしよう

 忙しい日々を過ごしているうちに、ガーデン・プラントの紅葉していた木々の葉は散り、北風がぴゅうぴゅう吹きすさぶ季節となる。

 魔法学校の生徒達は冬用の外套に衣替えし、冬がやってきたと白い息を吐きながら話していた。

 雪国暮らしの私は、まだ秋の外套ローブでも問題ないかな、と思って着ていたのだが、廊下ですれ違った教師から「寒いから冬の外套を着なさい!」と注意されてしまった。

 どのシーズンの外套も見た目は変わらないのでバレないと思っていたのに、長年魔法学校の教師を務めているからか、生地の違いがひと目で分かるようだ。

 親切な教師は小声で「もしも冬の外套を買うお金がないのであれば、貸してあげるから、職員室に来なさい」と言ってくれた。私は正直に「雪国出身なので寒くないだけです」と返すと、「この寒さが平気なの!?」と心底驚いた顔をされる。

 そういえばちょうど一年前の受験シーズンにも、外套を着ていなかったら寒くないのか、と心配されたことを思い出してしまった。


 魔法学校での日々は刺激的で楽しく、充実した毎日だった。

 一ヶ月なんてあっという間に経ち、私は社交界デビューの当日を迎える。

 朝からレヴィアタン侯爵家の馬車で屋敷まで行き、夜会の準備を行うわけだ。

 レヴィアタン侯爵とレヴィアタン侯爵夫人が私を笑顔で迎えてくれた。


「よく来てくれた」

「朝から大変だったでしょう」


 交互に優しく抱擁してくれる。まるで本当の両親のように思ってしまった。


「ミシャさん、ドレスは仕上がっていますよ」

「きっと似合うだろう」

「ありがとうございます。ずっと、楽しみにしていたんです」


 レヴィアタン侯爵家に滞在しているヴィル先生は、妹さんに呼び出され、実家に戻っているらしい。出発する時間までにはやってくるようだ。


「もしもヴィルがやってこなかったら、私が護衛エスコート役を務めよう」

「あら、いい考えですこと!」


 強面のレヴィアタン侯爵が一緒ならば、とてつもなく心強いだろう。


「お喋りはこれくらいにして、ミシャさん、さっそく準備をしましょうか」

「はい」


 名残惜しそうなレヴィアタン侯爵と別れ、身繕い部屋ブドワールへと向かう。

 扉を開いた向こうには、純白のドレスが置かれていた。


「わ……きれい!」


 生クリームを優雅に絞ったかのような、美しいドレスだった。

 羽根飾りの付いたベールも用意されていて、大変華やかである。


「ミシャさんの銀色の髪に映えるように、スカートに銀糸の刺繍を施してみたんです」

「銀色の髪だなんて……嬉しいです。ずっと、曇り空の色だと思っていました」

「ふふ、間違いなく銀髪ですよ。ほら、刺繍をご覧になって」

「雪模様ですね!」

「ええ、よくわかりましたね」


 私が雪国出身なので、美しい六花りっか模様を施してくれたようだ。

 社交界デビューのドレスは、長い裳裾トレーンも特徴だ。

 長い人は四メートルもあって、ずっと引きずって歩くわけにもいかないので、裳裾を抱えて歩くという。移動も一苦労、なんて話を聞いたことがある。

 今回のドレスの裳裾は、一メートルないくらいだった。これくらいならば、移動もそこまで苦ではないだろう。


「では、着てみましょうか」

「お願いします」


 まずは矯正下着コルセットを着用する。


「ミシャさんは細いので、そこまで締め上げる必要はないようです」


 最近、お肉や魚ばかり食べていたので太ったかと思いきや、そうではないようだ。

 

胴衣ボディスを着たあとは、スカート用の下着――ペティコートですね」


 ペティコートとはスカートの形をきれいに見せるパニエみたいなものだ。

 このペティコートを履いたあと、裳裾がついたスカートを着用するというわけだ。

 ペティコート自体がドレスのスカートになっている物もあるようで、その辺はデザイナーによってそれぞれらしい。


 早速着用してみたところ、少しお腹周りがぶかぶかだった。


「一ヶ月前よりお痩せになったみたいですね」

「矯正下着で締めているから、ですかね」

「ああ、そうかもしれません」


 矯正下着を外したら、ピッタリのサイズになった。


「社交界デビューの娘達は減量に必死になってこのドレスを着用しているのですよ」

「はあ」

「ミシャさんはもっともーっと、おいしいものを食べてくださいね」

「うっ……ど、努力します」


 朝、レナ殿下と一緒にダイエットメニューを食べていたのも、太らない原因なのかもしれない。もう一品、何か増やそうと心に誓った。


 ドレスを着たあと、レヴィアタン侯爵夫人が絶賛してくれる。


「ミシャさん、とってもお似合いです! きれいですよ!」

「ありがとうございます」


 侍女が姿見を持ってきてくれたので、どんな状態なのか確認できた。

 ドレスを着ただけで、こうも印象が変わるのか、と驚いてしまう。

 本当にきれいなドレスだ。少し身じろぐだけで、スカートに刺繍された銀の六花模様がキラキラ輝く。まるで、寒い日の早朝に見られるダイヤモンドダストのようだ。

 

「わ……すごい。ドレス、すごく美しいです。短期間でここまで仕上げてくださり、ありがとうございました」

「いえいえ。まさか、社交界デビューのお手伝いができる日がこようとは、予想もしていませんでした」


 準備を楽しんでくれたようで、ホッと胸をなで下ろす。


「あとは、ドレスに合わせる装飾品ですけれど」

「え、ええ、それなのですが――」


 社交界デビューには、ティアラと耳飾り、首飾りの一揃えスイートが必要になる。

 私は母が社交界デビューの時に購入したという、真珠の一揃えスイートを借りようと、手紙を書いていたのだ。

 予定では、一昨日辺りに到着するはずだったのだが――。


「ラウライフが未曾有の大雪に見舞われたようで、その、まだ届いておらず」

「まあ!」


 大ピンチというわけだった。

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