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さまざまな問題

「まさか彼が、レヴィアタン侯爵やリチュオルにまで接触していたとは」

「私に関しては偶然ですけれど」


 レイド伯爵のことをヴィル先生は知っているらしい。

 なんでも現在の理事であるリンデンブルグ大公が着任する前まで、十年間くらいヴァイザー魔法学校の理事に就いていた人物なのだとか。


「今度の選挙で理事の座を取り返そうと、必死みたいだな」

「レイド伯爵、目が血走っていて、怖かったです」

「すまない、怖い思いをさせたな」

「どうしてヴィル先生が謝るのですか?」


 私の素朴な質問を受けたヴィル先生は、しまった、とばかりに目を見開く。

 

「いや、一緒に帰っていたら、リチュオルを、このような目に遭わせることはなかった、と思って」


 それは本心だろうが、問題は別にもあったのだろう。

 おそらく、ヴィル先生とレイド伯爵の間には、何かしらの因縁があったのかもしれない。

 もしかしたら、ヴィル先生個人ではなく、家と家の問題である可能性もある。

 けれども私はそれに気付かない振りをした。


「それよりも、勉強はどうする?」

「明日は校外授業で、慈善活動をしに行くので予習は必要ありません。すみません、先に言っておけば、ここまで来なくてもよかったのに」

「いや、予習が必要なくとも、リチュオルの顔を見に来る予定だった。私のほうこそ、夕食の心配をさせてしまったな」

「いえいえ、こうしてヴィル先生と食事を一緒に食べるのは、楽しいことですので」

「楽しい? 私との食事が?」

「ええ。お話はすべて興味深いですし、ムササビ達が全身にまとわりついているのに、気にも留めない様子は面白いので」


 ヴィル先生はハッとなり、立ち上がったかと思うと、ムササビを一匹一匹丁寧に剥いで、木にはり付ける。

 真剣な様子で「もう森に帰れ」と説得していた。

 童話の世界にいるような気持ちを味わったのだった。


 ◇◇◇


 翌日――いつものようにレナ殿下と朝食を囲む。

 レナ殿下が胸の急成長を気にしているので、栄養はあるけれどヘルシーな料理にしてみた。

 昨日の残りのタマネギスープに、スペルト小麦とリンゴ、ビーツのサラダである。

 スペルト小麦というのは小麦の原種で、大昔からある古代穀物である。

 一晩水に浸けてから茹でて、雑穀みたいに食べるのだ。


 テーブルの上に社交界デビューのお誘いの手紙が置きっぱなしだった。

 レナ殿下は目にしてしまったようで、申し訳なさそうにしている。


「ミシャは今年が社交界デビューなのか」

「ええ、そうなの」


 社交界デビューは十六歳から十九歳までの貴族女性と決まっている。

 参加するタイミングは、それぞれの家の事情によって異なるらしい。


「実は私も、今年、参加することになるそうだ」

「そうなんだ!」


 レナ殿下はワケアリのため、さらっと流す必要のある話題だった。

 それなのに私は、ビックリしてしまったのである。


「今年は陛下が不在ゆえ、急遽、出ることになり……」


 立太子の儀式は二十歳の誕生日で、それまで公の場には出ないと聞いていたのに、王妃殿下より参加を促されたようだ。


「せっかくだから、立太子の儀もするように、と陛下に言われて」

「国王陛下が不在なのに、しろって言うの?」

「ああ」


 社交界デビューの場に国王陛下が不在というのは異例らしい。

 そのため立太子の儀を行い、周囲の者達を安心させたいのかもしれない。


「これまで私の身分は隠していたが、立太子の儀が行われたら、皆に正体が露見してしまうのだろうな」


 それはどうだろうか?

 レナ殿下の気品やオーラは隠しきれるものではない。クラスメイトのほとんどは、気付かない振りをしているような気がする。


「魔法学校の女子生徒も数名、社交界デビューするだろうと考えていたが、まさかミシャもそうだったとはな」

「ええ、そうなの。参加するつもりはなかったのだけれど、個人指導教師テューターが参加したほうがいいって言っていたから」

「参加しないつもりだったのか?」

「ええ」


 レナ殿下は驚愕の表情で私を見つめている。

 やはり、社交界デビューしない貴族の娘というのは、稀なのだろう。


「ミシャを説得しただなんて、いい教師だな。普段、どこの寮にいるんだ?」

「わからないわ」

「名は?」

「ヴィル先生よ」

「ヴィル……?」


 毎晩私のところにやってきて勉強を教えてくれるので、どこかの寮に所属している個人指導教師テューターではないのかもしれない。


個人指導教師テューターがつきっきりだと? ありえないのだが」

「そうなの?」

「ああ。個人指導教師テューターと言っても、二、三人の生徒を相手に授業をしているだろうから」


 たった一人の生徒に対して勉強を教えているという個人指導教師テューターなど存在しないと、レナ殿下は訴える。


「いったいどこの誰なんだ?」

「わからないわ。でも、ホイップ先生の管轄下にいる先生だから、そこまで心配しなくても大丈夫よ」

「ホイップ先生の……。そうか。彼女はこの学校の特別研究員フェローでもあるから、その方面の助手かもしれないな」

「そうかもしれないわね」


 ヴィル先生の謎はひとまず忘れて、と考えていたもののそういえば前に、彼はレナ殿下と知り合いだと言っていたことを思い出してしまう。


「あ!!」

「どうした?」

「いいえ、なんでもないわ」


 今はレナ殿下自身にも気がかりな点が山積みだろうから、追及しないほうがいいのだろう。

 ひとまず気付かなかったことにした。 

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