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報告しよう

 ヴィル先生の登場と共に、ムササビが一斉に飛んできた。ヴィル先生の背中や腕にガシッと捕まり、うっとりした表情を浮かべている。

 ヴィル先生はムササビ達の止まり木になるのは慣れっこなのか、特に反応しなかった。

 一匹くらい私に止まってもいいのに、まったく近寄ってこない。

 ムササビに好意を寄せられるヴィル先生が、心から羨ましいと思ってしまった。


 ジェムが変化したテーブルに料理を並べ、ヴィル先生と一緒に囲む。

 いいタイミングでやってきたので、タマネギのグラタンスープは焼きたてあつあつだ。


「スープは今日のオススメの一品です」

「なんだ、これは?」

「タマネギを丸ごと煮込んだスープにチーズをパッパと振って、こんがり焼き色が付くまで焼いたものですよ」

「スープを焼くなんて、斬新だな」


 前世で大好物でした、なんて言えるわけもなく。

 ヴィル先生は食べ方がよくわからないからか、私を観察するように見つめる。

 思い切ってスプーンを入れ、タマネギごと掬う。タマネギはじっくりコトコト煮込んだので、スプーンを入れただけで解れるのだ。

 スプーンを上げると、チーズがみょーんと伸びた。

 頃合いを見て頬張る。マグマのように熱くて、口の中でハフハフしながら冷ました。

 タマネギはとろとろで、チーズは濃厚。

 約束されたおいしさだ。


「熱いので、気をつけてくださいね」

「わかった」


 ヴィル先生は慎重な様子でスプーンを入れ、ぱくりと頬張る。

 ハッと目を見開いたあと、こくこくと頷きながら食べていた。


「いかがでしたか?」

「このようなスープは初めて食べる。非常においしかった」

「よかったです」


 頑張って作ってよかった、と思った瞬間であった。

 その後、デザートにと用意していたリンゴのビスケットパイを食べつつ、レヴィアタン侯爵の屋敷であったことについて報告し合う。


「私は今後、拠点をレヴィアタン侯爵邸へと移すことになった」

「それがいいと思います」


 知らぬ間に毒を盛られていたなんて、恐ろし過ぎる。

 犯人は学校にいる誰かだ。

 容疑者でさえわからないという状況の中、暮らし続けるのは恐ろしいだろう。

 なるべく犯人にバレないように、こっそり移動するらしい。

 部屋にある私物などもなるべく持ち出さないようにして、皆が寝静まるような時間にレヴィアタン侯爵邸に移動するようだ。


「今日はそのままレヴィアタン侯爵の屋敷に残ってもよかったのだが、リチュオルと話がしたいと思って」

「私のために、いらしてくれたのですね」

「ああ、そうだ」


 きっとヴィル先生は、個人指導教師テューターとしての義務感から、ここにやってきてくれただけだろう。

 私が特別だと思ってはいけない。そう、自分自身に言い聞かせる。


「校長や理事には報告するのですか?」

「その予定はない」


 学校にいるすべての人を疑っているようで、情報はなるべく外に漏らさないようにしたほうがいい、とレヴィアタン侯爵からも助言を受けたらしい。


「そうですね。私も疑うくらい、慎重なほうがいいかと」

「リチュオルは違うだろうが」

「いえ、その、たとえの話でして」

「わかっている」


 理解しているのだったら、反論しないでほしい。

 真面目に返されると、どういう反応をしていいのかわからなくなるから。


「今後は私にも、情報を漏らさないほうがいいと思います」

「なぜ、そのようなことを言う?」


 たった一言なのに、酷く責めるような冷たい声だった。

 背筋がぞわりと粟立ち、寒気を感じる。

 しどろもどろになりながら、私は言葉を捻り出した。


「もしも私が誘拐されて、痛い目に遭うのと引き換えに情報を言うように、と脅されたら、抗わずに喋りますので」

「そうならないよう、リチュオルのことは私が守るから、心配しなくてもいい」


 私を安心させるためか、今度は暖かな優しい声で言ってくれる。

 言動の温度差で、風邪を引いてしまいそうだ。

 少しも触れていないのに、ドキドキさせるなんて、なんて破壊力の強い人なのだ、と思った。

 不思議である。

 ルドルフも彼くらい顔立ちが整っていたのに、今みたいに胸が揺れ動くことなんてなかったから。

 この気持ちについては、深く考えないほうがいい。

 頭の隅に追いやって、見えないようにしておこう。


「えーっと、私のほうはですね、あ! 妹さんのドレスを一着、私に貸してくださるようで、ありがとうございました」

「気にするな。大したことではない」


 そう言いつつも、感謝されて悪い気はしないのか、腕組みし、誇らしげな様子でいた。


「レヴィアタン侯爵夫人が社交界デビューの当日までには仕上げてくださるそうで」

「安心だな」

「ええ、おかげさまで」


 報告はこれで終わりだと思い、話を切り上げようとしていたら、テーブルと椅子に変化していたジェムが警告するように赤く光る。


「え、何?」

「どうかしたのか?」


 突然、テーブルからテレビみたいなディスプレイがにょっきり生えてきた。

 これはいったい? と思っていたら、映像が映ったので驚く。


「え、何!?」

「これは――!?」


 ディスプレイに映ったのは、レヴィアタン侯爵邸の玄関を出て、馬車に乗りこもうとした瞬間の私である。

 そこに、レイド伯爵が駆け寄ってくるという動画が映し出されていた。


「これは先ほどの記録か?」

「みたいですね」

「こういった記録媒体を目にするのは初めてだ」

「は、はあ」


 前世ではお馴染みの動画も、異世界では珍しいものなのだろう。

 それを、ジェムが使えたこと自体が驚きなのだが。


「レイド伯爵だな」

「ええ。レヴィアタン侯爵夫人と私を勘違いしたようで」

「このような出来事があったとは……。なぜ、最初に言わなかった」

「いえ、その、お腹が空いて夕食を作っている間に、忘れていたようで」


 ヴィル先生からはーーーーと深く長いため息を吐かれてしまった。  

 

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