レヴィアタン侯爵邸への再訪
ドラゴンの背に乗って空を飛ぶというのは、ジェットコースター以上の恐怖だろうと思っていた。
けれどもそんなことはまったくなく、風の抵抗は感じないし、大きな揺れもない。なんでもドラゴンの周囲には結界が常時展開されているようで、まるで飛行機のファーストクラスに乗っているような快適さを提供してくれるのだ。
前世ではファーストクラスなんぞに乗ったことなどないので、完全に妄想であるが。
あっという間にレヴィアタン侯爵の屋敷に到着する。
セイクリッドは噴水がある広場にゆっくり下り立ってくれた。
ヴィル先生がセイクリッドの頬を撫でて労っていたので、私も感謝の気持ちを伝える。
「セイクリッド、ここまで乗せてくれてありがとう。あなた、空を飛ぶのがとっても上手なのね。ここまでとても快適だったわ」
伝わるかどうかわからないが、感想も言っておく。
すると、セイクリッドは丸い瞳で私を見つめながら、「みっ!」と小さく鳴く。
大きな見た目に反して、かわいらしい鳴き声だった。
「どうした?」
「いえ、 愛らしい鳴き声だと思いまして」
そんな話をヴィル先生としていたら、背後から「にゃん!」と子猫みたいな鳴き声が聞こえた。
振り返った先にいたのは、ジェムだった。
「今、猫の声が聞こえた気がしたけれど」
「にゃん! にゃん!」
ジェムのほうから、確実ににゃんにゃんという鳴き声が聞こえた。
「まさか、その猫みたいな声はジェムなの!?」
「にゃん!」
これまで一言も鳴き声など発しなかったのになぜ?
「ま、まさか、私がセイクリッドの鳴き声をかわいいって言ったから、対抗してあなたもかわいい声で鳴いてみたの!?」
「にゃん!」
おそらく鳴き声を参考にしたのは、アリーセの使い魔であるキティだろう。
セイクリッドと同じように「みっ」と鳴かなかったのは、ジェムのプライドが許さなかったのかもしれない。
「心配しなくても、あなたが私の中では世界一かわいいから、そんなふうに鳴かなくても大丈夫よ」
そう言って撫でてあげると、いつものように左右に揺れつつ、チカチカ光っていた。
「ヴィル先生、そういえば、レヴィアタン侯爵に私達が訪問するという先触れを出さなくてもよかったのですか?」
「必要ない。レヴィアタン侯爵は私の親友だから」
「はあ」
親しき仲にも礼儀あり、なんて思ってしまうのは、私の前世が日本人だからなのだろう。
相変わらず、レヴィアタン侯爵の屋敷ではマンドレイクが走り回り、毒々しい黒薔薇の蔓がうねうねと怪しく動いている。
ヴィル先生がひと睨みすると、マンドレイクは萎縮し、黒薔薇もピタッと動きを止める。
そんな庭を突っ切り、レヴィアタン侯爵の玄関へと回り込んだ。ヴィル先生がノッカーを鳴らすと、お馴染みの骸骨みたいな執事が顔を覗かせた。
「いらっしゃいませえ」
「私だ」
「ああ、ヴィルフリ――もが!」
ヴィル先生は執事の口を片手で塞ぎ、「レヴィアタン侯爵のもとへ案内しろ」と脅すように言う。
そういえば、ヴィル先生の全名を知らなかった、ということを今さら思い出す。
ヴィル先生は何かをやらかし、魔法学校を退学になって個人指導教師をすることになったようで、私にどこの誰か知られたくないのだろう。
「え、えーっとですねえ、今、旦那様には来客があるようでえ」
「珍しいな」
「あれですよお、四年に一度の、ヴァイザー魔法学校の例の選挙がありますのでえ」
「ああ、そういうことか」
いったい何のことなのか。さっぱりわからないでいたら、ヴィル先生が説明してくれた。
「ヴァイザー魔法学校では、四年に一度、理事を選挙で決める。投票権を持っているのは、魔法学校を卒業した、貴族の当主なのだ」
「へえ、そんなものがあったんですねえ」
今日、レヴィアタン侯爵の屋敷を訪れているのは、理事に立候補している人らしい。
レヴィアタン侯爵が投票権を持っているので、アピールにやってきたのだろう。
客間に通され、しばし待っていると、執事がお客様が帰りました、と知らせに来てくれた。
「事情を話してくるから、リチュオルはここで待っておくように」
「わかりました」
ジェムをつんつん突きながら待っていたら、レヴィアタン侯爵夫人がやってきた。
「ミシャさん、ごきげんよう。元気でしたか?」
「レヴィアタン侯爵夫人――ええ、元気でした!」
にこにこと笑顔でやってきたレヴィアタン侯爵夫人は、私を優しく抱擁し、歓迎してくれた。
初めて見せるジェムには驚いた様子を見せていたが、精霊だと紹介すると、興味津々な様子だった。
「まさか、精霊を見ることができるなんて、思いもしておりませんでした。とってもきれいですね」
褒められたジェムはまんざらでもないようで、いつもと違う輝く様子を披露していた。
レヴィアタン侯爵夫人は「とってもきれい!」と言って喜んでいたものの、私と目が合うと、ゴホンッと咳払いをする。
「それはそうと、ヴィルから聞きました。ミシャさん、あなた、社交界デビューに行かないつもりだったなんて」
「え、ええ」
「思い直してくれて、よかった」
なんでも社交界デビューというのは、親にとって愛する娘が立派に育ったと自慢する場でもあるらしい。
「なんというか、社交界デビューについて勉強不足で、お恥ずかしい限りです」
「いえいえ、そんなことはありませんわ。ラウライフで暮らしていたら、たった一日のためだけに王都にやってくるだけでも大変ですし、参加しなくてもいいや、と思ってしまうのは仕方がない話ではあるのですが」
レヴィアタン侯爵夫人は私の手を優しく握りながら言った。
「どうか、ミシャさんが社交界デビューをする手助けをさせてください」
「いいのですか?」
「もちろん、喜んで」
本当の娘ではない私にここまでしてくれるなんて。
レヴィアタン侯爵夫人の優しさに触れ、なんだか泣きそうになってしまった。