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犯人の証拠品

 ヴィル先生は二日間ほど学校が用意した食事を食べたふりをし、こっそり処分していたらしい。

 すると、体に劇的な変化があったようだ。


「頭痛や体の倦怠感が軽くなった。リチュオルが指摘していたとおり、これまで口にしていた食事に、毒が混入されていた可能性が高い」

「伯父さんには連絡が取れたのですか?」

「父に頼んだが、返事はなかった」

「そう、でしたか」


 なかなか気軽に会えるようなお方ではないようだ。

 一刻も早く毒に気付き、適切な処置が行われたらよいのだが。


 ヴィル先生は毒が混入されているであろう、料理もホイップ先生に提出したらしい。

 毒の解析は難航しているようで、もう少し時間がほしい、とホイップ先生は言っていたようだ。


 毒の混入事件について、これ以上何もできないのだろうか。

 勉強を終えたあと、途方に暮れている私達の元に、先日証拠探しを命じた魔法生物が戻ってきた。


 ホーホー、と鳴きながら、地上へ降りてくる。


「ヴィル先生、フクロウですよ」

「ああ。足に何か掴んでいるな」


 なんだかフサフサしているが、何かの小動物なのか。


「もしや、森で捕まえた野ネズミを自慢しにきたとか!?」

「猫じゃあるまいし」


 たしかに。

 目を凝らして見てみると、ネズミよりも毛足が長い。そよそよと毛先が揺れていた。


「あれはなんなのでしょう?」

「まったくわからん」


 フクロウはジェムが変化したテーブルに、掴んでいたフサフサを落とす。

 ふぁさ……とテーブルに広がった毛髪状のそれに、ヴィル先生は首を傾げる。

 一方、私には見覚えがあった。


「なんだ、これは?」

「ヴィル先生、これはカツラです!」

「カツラだと?」

「ええ、間違いないかと!」


 おそらくフクロウは、犯人と思われる人物のカツラを証拠として確保してきたに違いない。


 ヴィル先生がカツラをひっくり返すと、内側に魔法陣が刻まれていた。


「これは――!?」

「なんですか?」

「魔力痕がカツラに残らないよう、特殊な魔法がかけてある」

「犯人は風でカツラが飛んでなくなったときを想定し、持ち主として明らかにならないよう、細工をしていたのかもしれませんね」

「その可能性は高いだろう」


 魔力を読み取れないとなると、カツラの持ち主探しは困難を極めるに違いない。

 いったいどのようにして、捜索をすればいいのやら。

 シンデレラのように、カツラを被らせて持ち主を探すわけにもいかないのだが……。


「もしかしたらこのカツラは、オーダーメイドなのかもしれないですね」


 カツラは人毛を使った高級なもので、つむじもしっかり作られていて、魔法も仕込んである。


「ならば、取り返そうとするはずだ。いい案がある」


 ヴィル先生がこそこそと囁いたのは、とてつもなく豪快かつ大胆な作戦であった。 


 翌日、魔法学校で事件が起きた。

 カツラを咥えたハヤブサが、校舎を跳び回っているのである。

 これはヴィル先生が考えた、カツラの持ち主探しであった。

 これだけ目立ったら、持ち主は率先して取り返すだろう。

 生徒や先生が捕まえようとしていたものの、そこまで必死感はない。

 むしろ、校舎から追い出そうとするばかり。

 カツラを取り返そうとする者は一人としていなかった。


 ヴィル先生はほどよいタイミングでハヤブサを引き下げたらしい。

 放課後、中庭で落ち合う。

 場所は以前ヴィル先生と出会った、少し開けた大木がある広場だ。

 ジェムは人が近づかないよう、少し離れたところで見張り役を頼んでおいた。

 私より先に、リス軍団のほうがヴィル先生のもとに大集合している。

 リス軍団に「何この女!」みたいな突き刺さる視線を受けながら、ヴィル先生から報告を聞く。


「ひとまず、カツラを学校側に預けておいた」

「えっ、貴重な証拠なのに、大丈夫なのですか?」

「問題ない。本物のカツラは私が持っていて、預けたのは偽物だからな」


 もしも持ち主が現れたり、こっそり盗み出されたりした場合は、追跡できるような魔法を仕込んだという。


「さすが、ヴィル先生!」


 ヴィル先生の目論見が当たり、その日の晩にはカツラが盗まれたらしい。

 魔法学校で起きた盗難事件は、表沙汰にされることはなく、隠されていたようだ。

 ヴィル先生は校長が誰かと話しているところを、魔法生物を通して盗み聞きしていたという。


「校内に聞き耳を立てるネズミを放っている」

「抜かりはなかったわけですね」


 ただ、どうして校長は盗難事件についてもみ消そうとしていたのか。

 通常であれば、騎士隊を呼んで調査させてもよかっただろうに。


「まさか、校長先生が盗んだわけじゃないですよね?」

「どうだろうな」


 ちなみに話していた相手についてはわからないという。

 そしてカツラが行き着いた先は、意外な場所だった。


「王城だ」

「え、ど、どうしてですか?」

「今は何もわからない」


 なんでもヴィル先生の伯父さんは王城で働いているらしく、近しい人間の犯行なのではないか、と考えているようだ。


 ちなみに王城付近はありとあらゆる魔法の影響を受けないよう、結界のようなものが張られているらしい。

 そのため、追跡魔法もざっくりとした情報しかもたらしてくれないようだ。

 詳しい調査をするには、王城へ立ち入る必要があるという。


「一度、王城へ調査にいきたいのだが、なかなか気軽に行ける場所ではないな」


 王城と聞いて、ピンと閃く。


「ヴィル先生、私、王城で開催される、社交界デビューの夜会に招待されているんです!」


 上手く忍び込めば、調査できるだろう。

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