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ヴィル先生の祝福

 夜になったので、ヴィル先生のもとには夜行性の動物達が集まってくる。

 右肩にフクロウ、左肩にミミズク、背後にイタチの家族が列をなしていた。


「あの、ヴィル先生、ずっと気になっていたのですが、その動物達はなんなのですか?」

「ああ、これか? わからん」


 なんでも幼少期から、どうしてか動物達に好かれる体質らしい。

 一度、原因について詳しく調べたようで、最終的に神様からの祝福ギフトだ、ということが明らかになったようだ。

 祝福というのはごく稀に、人々に与えられる特殊能力みたいなものか。

 勇者や聖女に与えられただの、国王になる者には必ず与えられただの、私にとっては遠い世界の話のように思っていた。まさか、身近に祝福を持つ者がいるなんて驚きである。


「無理矢理このような祝福を贈られても、困るのだが」

「私は動物に好かれた覚えがないので、羨ましい限りです」

「祝福ごと譲ってやりたいくらいだ」


 なんでも外で生徒を注意するさい、ヴィル先生の周囲をウサギが跳び回っていたことがあったらしく、威厳が欠片もなくなってしまったらしい。

 さらに、室内にいても、外から動物達に覗き込まれることが多々あり、集中力が続かない日もあるようだ。


「そうなんですね。でも、みんなに羨ましがられません?」

「いや、これについて触れてきたのは、リチュオルが初めてだ」

「さ、さようでございましたか」


 どうやらみんな、見て見ぬふりを決めているらしい。

 私もそうすべきだったのか。空気が読めなくて、申し訳なく思う。

 よくよく確認したら、彼らは魔法生物であった。


「この子達、ただの動物達じゃないんですね」

「みたいだな。野生動物にまで好かれていたら、私は日常生活が送れなくなるだろう」


 大量のリスに囲まれ、身動きが取れなくなったヴィル先生を想像し、笑ってしまう。


「あ、ごめんなさい。ヴィル先生にとっては、笑い事ではないですよね」

「いや、いい。こそこそ気にされるよりは、豪快に笑ってくれたほうがすっきりする」


 ヴィル先生がどこのどなたか詳しく知らないものの、周囲からご機嫌を伺われるようなお家柄なのだろう。

 気を使われるのが気まずい気持ちは、私にもよくわかる。


「それはそうと、この子達、ヴィル先生の言うことは聞くのですか?」

「知らん」

「話しかけたり、遊んだりしなかったのですか?」

「するわけがないだろうが」


 魔法生物とはいえ、契約している子達ではない。

 危害を与えてくることもないので、空気のように扱っていたらしい。

 

「それがどうした?」

「いえ、この子達に、毒の調査についてお願いできないかな、と思いまして」

「無理だろうが。こいつらはただ無意味に傍にいるだけだろうから」


 そうだろうか?

 ヴィル先生を見つめる瞳はキラキラしていて、「いつでもご用命を!」と訴えているようにも見える。


「ヴィル先生、物は試しだと思って、一度お願いしてくれませんか?」


 動物達と同じように、瞳で訴えてみる。

 私の瞳から発せられるキラキラパワーに負けたのか、ヴィル先生は仕方がない、と言わんばかりのため息を吐く。そして、しゃがみ込んでイタチの家族へ話しかけた。


「私を苦しめる毒について、調べてきてほしい」


 すると、イタチの家族の前に魔法陣が浮かび上がり、パチンと弾けた。

 

「チー!!」


 返事をするような鳴き声を上げたイタチの家族は、回れ右をして走り、暗闇の中へと消えていった。


「あの、ヴィル先生、何か魔法陣が浮かびましたよね?」

「あれは、契約の魔法陣だった」

「ということは――?」


 ヴィル先生の傍へとやってくる魔法生物は、すべて契約下にあるということだ。


「動物に好かれる祝福だと聞いていたのだが」

「フリーの魔法生物達と契約する祝福なのかもしれませんね」


 題して、魔法生物のサブスクとか!?

 ヴィル先生は肩に乗っていたフクロウとミミズクにも、同様のお願いをする。

 すると、先ほどと同じように契約の魔法陣が浮かび上がり、二羽は夜空へと飛び立った。


「間違いないようですね」

「信じられないのだが」


 何はともあれ、事件について魔法生物を使い、こっそり調査できるのはいいことだろう。


「同じ症状が出ているという、ヴィル先生の伯父さんにも連絡を取っておいたほうがよさそうですね」

「ああ、そうだな」


 ヴィル先生の表情は極めて暗い。

 自分だけでなく、伯父さんまでもが命を狙われているという可能性が浮上したからだろう。


「ヴィル先生、大丈夫ですよ。私は味方ですから! ジェムもいますし、ホイップ先生も何かあったら助けてくれるはずです!」


 ヴィル先生の手を握り、まっすぐ瞳を見ながら元気づける。

 これは受験期間中、家族が私にしてくれたことだ。

 絶対に合格できる、大丈夫だから、と励まされるたびに、元気を貰っていた。

 

「リチュオル、感謝する」


 心配なのは、料理に混入される毒についてだ。


「食事についてはどうします? 朝食はレナと食べて、昼食はお弁当を作って持って行っているのですが」

「朝と昼は心配しなくてもいい。自分でどうにかする」


 毒についても、ヴィル先生のほうから調査したいらしい。

 部屋に缶詰など、保存食もあるというので、しばらく平気なのだとか。


「夕食は世話になる」

「わかりました。お任せください」


 ホイップ先生から追加でお金をいただいたので、ヴィル先生のために元気が出るような食事を用意しよう。 

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