キティを探せ!
寮の階段を駆け上がりながら、ゼーハーと肩で息をする。
私とアリーセは先ほどの魔法で魔力を使い果たしたらしく、少しくらくらしていた。
だからと言って、休んでいる場合ではない。キティを探すことを先決し、調査を進めていく。
「ああ、キティ、どうかそのままそこにいてくださいませ」
キティがいるであろう思いがけない場所――それはアリーセの私室だった。
「部屋にいたなんて、信じられませんわ。わたくしの部屋は寮母や監督生と一緒になって探しましたのに」
何度も名前を呼び、魔力をたぐり寄せても手応えはなかったらしい。
「だったら、部屋に戻ってきたってこと?」
「ありえませんわ。あの部屋はわたくしの魔力を感知しないと開閉できませんので」
「それもそうね」
ということは、キティがいなくなった件に関して、ある可能性が浮上する。
「もしかしたらだけれど、キティは最初からアリーセの部屋にいたのかもしれないわ」
「あんなに一生懸命探したのに?」
「ええ」
実を言えば、私も前世で猫を飼っていたことがあったのだ。
それは実家で暮らしていた頃の話で、一年に一回は姿を隠してしまうのである。
「私も昔、猫を飼っていたからわかるの」
「ミシャ、あなたは猫を飼っていたことがあるの?」
「ええ」
今世での話ではなく、前世の話であるが。
猫との同居歴は二十年以上ある。
いなくなった猫を、家の中と外を一日中探した挙げ句、ひょっこり現れるというのはよくあることだったのだ。
「夏休みの課題として提出しようと、猫を一週間くらい観察したことがあるの」
猫は一日、いったいどういう場所で過ごしているのか。
こっそりあとをつけて、猫について記録し続けた。
「猫はとても気まぐれな生き物で、決まった行動を繰り返すわけではないの」
カーテンの裏で眠っていたかと思えば、母が出しっぱなしにしていた鍋に入り込んで丸くなる。お風呂の蓋で暖を取っているときもあれば、チェストの隙間に入り込んでいたこともあった。
「猫は暗くて狭い場所を好んでいるの。もしかしたらキティは、思いがけない場所にいるかもしれないわ」
「探してみましょう」
再度、部屋に戻ってきた私達は、キティ探しを始めた。
審検が使えたら一発で見つけられたのだろうが、残念ながら魔力切れである。
そのため、猫との同居歴二十年の勘に頼るしかなかった。
アリーセはドレッサーの引き出しの中を覗き込み、キティの名を叫んでいる。
私はダメ元でジェムにキティ――ここの部屋にある高い魔力を感知してほしいと頼んでみたところ、ドレスなどが入ったチェストのほうへコロコロ転がっていった。
「ここなのね?」
ジェムはこっくりと頷く。
チェストを開いて見ると、ボリュームのあるドレスがいくつも収められていた。
私は草木を掻き分けるようにドレスを手で避け、キティがいないか探す。
すると、クッションみたいな白いモフモフを発見した。それはもぞり、と動く。
「見つけた!!」
首根っこを掴んで掲げる。
三角形のお耳にアーモンドみたいな瞳、長い尻尾に美しい毛並みを持つ存在――。
「キティ!!」
アリーセは涙を流しながら、こちらへ駆けてくる。
そのまま彼女の胸に、キティを託した。
「あなた、そんなところにいましたのね!」
キティは何事だとばかりに小首を傾げ、愛らしい声で「にゃあ?」と鳴く。
発見したら説教ですわ! なんて言っていたアリーセだったが、涙を流して喜ぶばかりで、怒る気配はなかった。
「ミシャ、ありがとうございます! あなたのおかげで、キティと再会できました!」
「いえいえ」
猫がいなくなった悲しさは私もよくわかる。
見つかってよかった、と心から思った。
「よくわからないのは、ここにずっといたのに、あなたの呼びかけに応じなかった件だけれど」
「それは、この子の気まぐれだと思います」
普段から、召喚に応じてくれるのは五回のうち一回あるかないか、とのことだという。
アリーセ自身も、キティに負担がいかないよう、召喚の効力は弱めに設定していたようで、尚更応じないという状況になっていたようだ。
「ごめんなさい。気が動転していて、すっかり失念しておりました」
「いや、まあ、そういうこともあるわよね」
それからアリーセは、私においしい紅茶を淹れてくれた。
カップも猫が描かれていて、出してくれたお菓子は猫の舌に似ているラングドシャだった。彼女は本当に猫が好きなのだな、と改めて思ってしまう。
「なんていうか、ここまでアリーセと打ち解けられるとは思っていなかったわ」
「わたくしは最初から、あなたと仲良くしたいと思っていたのですが」
「嘘でしょう?」
最初に出会った日なんか、蔑むような表情で「あなた、外套を買うお金もありませんの?」なんて言ってくれたのだが。
「あ、あれは、あなたが外套を着ていなかったから、買うお金がなければ貸して差し上げましょうか? と親切のつもりで言っただけでした」
「あ、そうだったんだ」
きつい口調だったので、すっかり勘違いしていたようだ。
「だったら、受験のときに私を睨んでいたのは?」
「あなたが地方から受験をしにきたと風の噂で耳にしておりましたので、何か困っていたら助けてあげようと思って、見ていただけです」
「そうきたかー」
迫力のある美人はただ見ているだけで、睨んでいるように見えてしまうのだろう。
これは勝手に睨まれていると決めつけた私が悪い。
「なら、エアとの仲をはしたないと言ったのは?」
「あれは、彼が下町出身と耳にしていたものですから、その、お金目当てでミシャに近付いているのではないか、と疑ってしまいまして……。わたくしの勘違いでしたわ。深く反省しております」
なるほど、私を心配して遠回しに忠告してくれたというわけだ。
彼女のすべての言動が腑に落ちたわけである。
なんでも私はアリーセが初めて出会った受験生だったらしい。そのため、真っ先に友達になりたい、と思い、いろいろと気にかけていたようだ。
「でも、あなたにどう接すればいいのかわからなくて……」
これまで何もせずともアリーセの周囲には人が寄ってきていて、いつだって話の中心的位置にいたのだとか。
一方、私はアリーセに寄ってこない人間なので、自分からどういうふうに行動を起こせばいいのかわからなかったという。
「必死になるあまり、言葉がきつくなっていたようで……」
「大丈夫よ。今となっては、あれくらいの勢いがないと、あなたらしくないって思うようになっていたから」
「ふ、普段はそんなにきつい人間ではなくってよ」
「そうなの? でも、好きに振る舞ったらいいわ。私達、お友達同士でしょう?」
その言葉を聞いたアリーセは、ただでさえ大きな瞳を見開く。
「ねえ、どうしてびっくりしているの? お友達になりたいって言いだしたのはあなたのほうでしょう?」
「で、でも、わたくしの態度が気に食わないのでは?」
「もう慣れたわ。平気だから」
仲良くしよう、と手を差しだす。
アリーセは恐る恐るといった様子で、優しく握り返してくれた。