ひとまず夕食を
「そういえば、お体の具合はいかがでしたか?」
「問題ない。薬も定期的に販売されているようだからな」
「よかったです」
尋常じゃない様子で咳き込んでいたので、心配していたのだ。
魔法薬については、ホイップ先生が学校に許可を取ってくれたので、納品できている。
症状も快方に向かっていると聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。
今日は挨拶だけと思いきや、なんと今から教えてくれると言う。
「リチュオルはどこの寮に所属している?」
「私はどこの寮にも所属していません。ガーデン・プラントにある管理小屋で寝泊まりしています」
「なんだと?」
ヴィル先生の眉がピンと跳ね上がる。
「ホイップ先生から聞いていなかったのですか?」
ヴィル先生は眉間に皺を寄せたまま、こくりと頷いた。
「何もかも理解できないのだが、詳しく教えてくれるだろうか?」
「構わないですよ。あ、夕食は食べましたか?」
「まだだが」
「だったら、食事をしながら話しません? ポテトパイとスープを仕込んでいたんです」
「仕込む? 自分で作っているのか?」
「はい。ここには私一人だけで、寮母はいないので」
「なぜ、そのような暮らしを……というのはこれから話すのか」
「はい」
家の中へ案内しようとしたが、ヴィル先生は銅像のように固まって動かなくなった。
「あの、どうかしました?」
「家に一人しかいないのであれば、中に入るわけにはいかない」
そういえば、年若い男女が密室で一緒になることなどあってはならない、というお決まりが上流階級の人達の中であったような気がする。
ヴィル先生は貴族の決まりをしっかり頭に叩き込んでいるのだろう。
「そうとなれば、家の中にあるテーブルと椅子を運んで青空教室にしますか?」
「まあ、それならば」
いちいち運ぶのは面倒だが、私との間に変な噂が立ったら、ヴィル先生は困るだろう。
「では、運んできますので」
「いや、私が運び出す」
「でも、家の中には入らないのでしょう?」
「リチュオルがそこにいたら、別に問題は生じないだろうが」
「ああ、なるほど」
なんて会話をしているうちに、ジェムが動く。
私とヴィル先生の間にやってきたかと思えば、テーブルと椅子の一式に変化した。
「わっ、すごい」
テーブルの表面にジェムの顔があり、褒めたからか自慢げな表情となる。
「なんだ、これは?」
「使い魔です」
「それはわかっている。ただのスライムには見えないが」
「ジェムは宝石スライム、精霊です」
「精霊だと!?」
ヴィル先生は信じがたい、という視線をジェムに向けている。
「ここで精霊を使い魔として連れている生徒を見たのは初めてだ」
「ええ、ホイップ先生が五年ぶりだと言ってました」
「夢でもみているようだ」
精霊を使い魔に連れているというのはそんなにびっくりすることなのか。
いまいちピンとこない。
「精霊を使い魔として連れているのに、よくそのように平然とした様子でいられるな」
「ラウライフの地では、精霊っぽい生き物をよく見かけましたので」
私にとって精霊というのは、お隣さんくらいの感覚なのかもしれない。
「えーっと、食事の用意をしてきますので、少し待っていてください。喉が渇いているようでしたら、お飲み物を用意しますが」
「いや、いい」
「わかりました」
ジェムにヴィル先生が寒くないよう、温めておいてね、とお願いしておく。
「いじわるして、アツアツにしたらダメだからね」
何か企んでいるような顔だったので、念のため釘を刺しておいた。
すぐに椅子を温めてくれたのか、ヴィル先生は驚愕の表情でいた。
「背中と臀部が温かい」
「ジェムの能力なんです」
この保温能力さえあれば、外にいても風邪を引かないだろう。
夕食を手早く準備しなければ。
ポテトパイは焼いて、野菜たっぷりのスープは温めるだけとなる。
調理が必要なのは、フレンチトーストくらいだ。
昨日の鉄棒みたいに固いカチコチバゲットを牛乳と砂糖で作った卵液に浸けていたのだ。
帰宅後すぐに作ったので、じっくり染みているはずだ。
バターを溶かしたフライパンで焼いていく。
表面がこんがりキツネ色になったら、フレンチトーストの完成である。
お皿の上に置いたあと粉砂糖をふりかけ、上にミントを飾る。くし切りにしたオレンジを添えたら、いい感じにオシャレな盛り付けとなった。
いろいろしているうちにスープは温まり、ポテトパイも焼き上がった。
外で食べるので、ポテトパイは切り分けておく。
余ったオレンジでホットフルーツティーを淹れ、外に運んだ。
すでに夕暮れ時となり、辺りは暗くなりつつある。
ジェムがほのかに発光してくれるので、灯りに困ることはないだろう。
鳥達は営業が終了したのか、ヴィル先生の周囲からいなくなっていた。
食事のさいはあの鳥達をどうするんだろう? 夕食の野菜スープは鳥肉のブイヨンなので、少し気まずい……なんて考えていたので、ホッと胸をなで下ろした。
「ヴィル先生、お待たせしました」
ジェムにテーブルにお皿を並べるね、と一言断ってから、次々と料理を並べていく。
すると、ヴィル先生の目がどんどん丸くなっていった。
「これはリチュオルが作ったのか?」
「ええ」
「なぜ、貴族の娘がこのように、巧みな料理の腕を持っているのだ?」
「えー、それはですねえ」
前世は日本人で、ドのつく庶民。毎日のように炊事だけでなく、洗濯や掃除をしておりました――なんて、デタラメな言い訳に思ってしまうだろう。
適当に考えたもっともらしい理由を述べてみた。
「修道院への慈善活動のさいに、シスターから習ったんです」
「そうだったのか」
なんとか信じてくれたようで、ホッと胸をなで下ろした。
「料理が冷めてしまいますので、さっさといただきましょう」
「ああ」
まずは湯気立つ野菜スープからいただく。
家にあった使いかけのクズ野菜を使ってスープを仕上げたのだ。
野菜はやわらかく煮込まれていて、噛まずとも口の中でほろりと解れる。
素朴かつ、ホッとするような味わいだ。
良家の子息であろうヴィル先生のお口には合うのか。ドキドキしながら反応を待つ。
じっと見られているのに気付いたヴィル先生は、ただ一言「おいしい」と言ってくれた。
続いてジャガイモパイをいただく。
これは砕いたビスケットで作った型に、薄くスライスしたジャガイモとベーコンを交互に重ね、上からチーズをかけて焼いた一品だ。
レナ殿下からいただいたベーコンブロックで作ったもので、ナイフを入れただけで肉汁がじゅわっと溢れてくる。
パイの土台はサクサク、表面のチーズは伸び、中の具はジャガイモがホクホクしていて、ベーコンの旨みが染み込んでいた。
素材がいい物だからか、想像以上においしかった。
フレンチトーストは表面はカリカリに焼かれていて、中はしっとり。
固かったパンがやわらかく生まれ変わっていた。
ヴィル先生も完食してくれたようだ。
「すみません、食べるのに夢中で、ぜんぜん事情について話していなくて」
「いや、いい。私のほうこそ、喋らずに黙々と食べてしまった」
改めて、おいしかったと言われ、なんだか嬉しくなってしまった。