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思いがけない訪問者

 放課後になり、いつものように作業をこなす。

 今のシーズン、大量に育てているのは、二学年の選択授業で使う傷薬軟膏に使う薬草である。

 外見はオオバコに似ていて雑草に見えるが、立派な薬草である。

 かご一杯に摘んでも、たった一日の授業でなくなるようだ。

 外に出ると、ホイップ先生の使い魔である、大鷲がガーデン・プラントと書かれた看板に留まり、私がやってくるのを待ち構えていた。


 今日から仕事の報告はしなくてもいいと言われているのだ。

 授業で使う薬草は、この大鷲が取りにきて、運んでくれるわけである。


「お、お待たせしたわね」


 ぺこぺこしながら接近し、薬草が入ったかごを差しだす。

 まるで神々に献上するように、かごの底を持って高々と掲げた。

 すると、かぎ爪で持ち手をしっかり掴んで、バサバサと飛び去る。

 胸を押さえ、はーーーーと息を大きく吐き出した。

 近くで見る鷲は巨大で、顔もキリリとしているので、恐ろしいとしか言いようがない。

 羽根を数枚落としていったので、羽根ペンに加工しようと思ってかき集める。

 三枚も落ちてた! と喜びながら踵を返したら、すぐ背後にジェムがいたのでびっくりした。気配なくいることがよくあるのだが、心臓が口から飛び出そうになるので勘弁してほしい。

 じっと強い眼差しを向けていたので、羽根を集めたのがお気に召さないのか、と思ったけれど違った。

 チカチカ光り、何か訴えているようだった。


「ジェム、どうかしたの?」


 声をかけると、くるりと回転し、そのままコロコロと転がっていく。

 途中で振り返り、再度チカチカ光った。

 まるで、ついてこい、と言わんばかりの行動である。


 ジェムの行く方向へ着いていくと、誰かがガーデン・プラントの庭に立ち、キョロキョロと辺りを見回しているのに気付いた。


「あ――」


 この辺りはホイップ先生の研究施設内となっており、生徒の立ち入りは制限されている。そのため、ホイップ先生やレナ殿下以外の誰かがやってくるというのはありえないのだが。

 少し不可解な姿に、目をゴシゴシ擦って再度確認してしまう。

 少し離れた場所にいるのは、背丈からして男性だろう。背中を向けているので、年齢などはわからない。

 その男性はなぜか、肩と頭に八羽くらいの鳥が留まっているのだ。

 私の足元を、ハリネズミがタタタと駆けていく。向かっていく先は、庭に立つ男性のもとみたいだ。

 ガーデン・プラントでハリネズミを見たのは初めてだったので、驚いてしまった。

 なんというか、動物にひたすら溺愛される何かの才能を持っているお方なのか……と思った瞬間、その人物に心当たりがあったことを思い出す。

 あの人は、以前、中庭の森で出会い、そのあとレヴィアタン侯爵の屋敷で見かけた青年だ。

 今日も以前見かけた金細工の飾りにチェーンが繋がった黒い外套をまとっている。

 あの時は気付かなかったのだが、金で作られていたのは双頭の鷲――ヴァイザー魔法学校の校章である。

 不法侵入者ではなく、魔法学校の関係者だった。


「あ、あの――」


 声をかけると、すぐに振り返った。

 やはり、以前見かけた美貌の青年で間違いない。

 手には一学年で使う教科書を数冊抱えていた。

 ここで、私はピンと閃く。


「あの、もしかして、ホイップ先生が派遣してくれた、個人指導教師テューターですか!?」

「は?」

「授業についていけなくって、困っていたんです!」


 よかった、嬉しい! と嬉しい気持ちでいっぱいなのに、涙が溢れてしまう。


「なぜ泣く?」

「じ、授業についていけないの、すごく怖かったので」


 自分のことを頭がいいとは思っていなかったが、長年魔法薬を作り続け、商人から評価されていたので、魔法学校の授業も問題ないだろうと、簡単に考えていたところがあったのだろう。

 魔法学校の授業は個人指導教師テューターとの予習ありきで進むので、完全に置いてけぼりだった。 


「先生が、きてくれて、よかったです」

「……」


 心優しい先生は、絶妙に肌触りのよいハンカチを私に手渡してくれる。

 ありがたく受け取って、涙を拭った。


「ハンカチ、洗って返しますね」

「いらん。捨てろ」


 もしや、真なる上流階級出身のお方はハンカチなんぞ使い捨てなのか。

 それとも、庶民の涙を拭ったものなど、ゴミも同然だと思っているのか。

 先生はこう、なんというか、とてつもない高貴な雰囲気をビシバシと発している。

 レナ殿下によく似た育ちのよさ、というのを立ち姿から感じていた。

 なぜ、そのようなお方が賃金が低い個人指導教師テューターを行い、教師を目指しているのか。

 家柄がよい人々は、個人指導教師テューターをしなくとも、理事の紹介状さえあれば魔法学校の正規教師になれそうなものだが。

 何かワケアリなのかもしれない。その辺は触れないでおこう。


「そういえば、名前を言っていませんでしたね」

「教えてくれるのか?」


 なぜそのようなことを? と思ったのだが、すぐに出会った当時、「名乗るほどの者ではありませんので!」と言って逃げたのを思い出した。


「いえ、先生の生徒になる以上、名乗る必要があると思いまして」

「わかった。聞いてやろう」


 先生はとても偉そうな態度でいったものの、頭に鳥を乗せているため、いまいち威圧感はない。

 そんな先生に、私は名乗った。


「私はミシャ。ミシャ・フォン・リチュオルと申します」

「リチュオル……辺境にあるラウライフを領している一族か」

「はい!」


 魔法学校の教師でさえ把握していなかったのに、先生はラウライフを知っていたようだ。

 それだけでなんだか嬉しくなる。


「私はヴィル――」


 先生は言いかけ、明後日の方向を向く。

 そして私のほうを向き、改めて名乗った。


「ヴィルだ。先生と呼べ」

「は、はあ」


 家名を言うつもりはないらしい。

 やはり、ワケアリのお方のようだ。


「ヴィル先生、今日からよろしくお願いします!」

「ああ」


 手を差しだすと、ヴィル先生は少し戸惑うような表情を見せながらも、優しく握り返してくれた。


 以上が私とヴィル先生の三度目の出会いである。

 このときの私は、ヴィル先生がヴァイザー魔法学校の理事であるリンデンブルク大公のご子息で、監督生プリーフェクトを取りまとめる監督生長ハイ・プリーフェクトであることなど、まったく気付いていなかったのだ。

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