ルドルフとリジーの主張
まさかの登場に驚いた父は、窓に駆け寄って開く。
「ルドルフ、リジーも、いったいどうしてこんな時間に?」
「屋敷の敷地内に入れてもらえなくて、リジーが夜だったら、抜け道を通って入ることができるって言うもんだから」
「抜け道だと!?」
リチュオル子爵家の屋敷の周囲は高い塀で囲まれている。
裏手にある森から大型の野生動物や魔物が入ってこないよう、警戒して建てられたものだ。
抜け道があったなんて、知らなかった。父も同じだったようで、目を見開いている。
リジーは内緒にしておくつもりだったのだろう。ルドルフを叩き「なんで喋るんだよ!」と怒っていた。
そんなリジーに、父は優しく問いかける。
「リジー、抜け道について正直に教えてほしい」
「それは――抜け道というか、村と屋敷を行き来する馬車に忍び込むだけだよ」
週に何度か、商人が我が家にやってきて、食料などを運んできてくれる。
リジーはいつも帰りの馬車にこっそり乗って、母親が暮らす村まで移動していたらしい。
今回はそれを逆手に取って、夕方から配達が始まる馬車に乗り、最終的に我が家へ忍び込むことに成功したようだ。
「そこにいる事情は把握した。寒いだろうから、中へ入ってくれ」
「ちょっと、お父様! その男が、ミシャお姉様にしたことをわかっていて、家に入れるつもりですか?」
クレアの抗議に父は諭すように言った。
「彼らを許して家に入れるわけじゃないんだよ。リジーのお腹には、子どもがいるから」
生まれてくる子どもにだけは罪はない。
父はそう言って、クレアを落ち着かせた。
「まだ秋とはいえ、夜は酷く冷えるだろう。早く入るといい」
「あ、ありがとう!」
ルドルフはホッとした表情を浮かべたあと、深々と頭を下げた。その一方で、リジーは当然だとばかりに頷く。
揃ってやってきたルドルフとリジーは、いったい何を話しに来たのやら。
執事が彼らを連れてやってきた。
母の侍女が淹れた温かい紅茶を、リジーは待っていましたとばかりに飲む。
私達はショックで、何か飲んだり食べたりできていなかったというのに。
リジーはお腹に子どもがいる本能なのだろうか。焼き菓子にも手を付け、お皿の上に載っていたものすべてをぺろりと平らげてしまった。
クレアは腕組みし、リジーを完全に睨んでいる。
私みたいに飛びかからないよう、クレアの手をしっかり握っておいた。
いっこうに話しかけないので、父が優しく促す。
「それで、君達はなんの用事できたんだい?」
「ああ、それは……」
「もちろん、これからについてさ」
ルドルフが言葉に詰まったからか、リジーが話し始めた。
「これからも、ルドルフをここで働かせてほしいんだ。子爵家の仕事を覚えているから、使いやすいだろう?」
「どうか、お願いします」
ふんぞり返るリジーと、頭を深々と下げるルドルフは対照的だった。
父は困った様子でいる。母も同様に。
「僕は体が弱いから、御用聞きの仕事は向いていないし、それ以外ではここでしか働いたことがない。だから、これまでと同じように、ここで過ごさせてもらえたら、と思っているんだけれど」
同情せざるを得ないような状況であった。
「あなた、いったい何を言っているのかわかっているのですか?」
「クレア、落ち着いて」
そう父に言われたクレアは、悔しそうにしながらも、大人しくなる。
父はどういう判断を下すのか。
ドキドキしながら見守った。
「最初に結論から言わせてもらうと、君達の要望は受け入れられない。今すぐ出ていってほしい、というのが正直な気持ちだ」
有無を言わせないような、毅然とした態度で父は言い放つ。
「な、なぜ、僕達に対して、そのような酷く厳しい仕打ちを?」
「それに関しては、同じ言葉を返させていただくよ。ルドルフ、君はミシャに、第二夫人になってほしい、と頼んだそうだね。なぜ、そういう判断に至ったのかな?」
「それは、リジーがそうしたほうがいいって、言ったからなんだ」
ここでも、ルドルフはリジーから叩かれる。
これも秘密にしたかったのだろう。しっかり口留めしておかないからこうなるのだ。
「二人の女性を同時に愛することなど、おかしなことだとわからなかったのだろうか?」
父の言葉に、ルドルフはピンときていないようだ。
そんな彼に、父は幼子に諭すような口ぶりで言った。
「ルドルフ、愛というのは、本来であれば一つしか掴めないものなんだよ」
「僕は間違いなく、リジーとミシャを愛しているんだ」
「それは歪んだ感情なんだよ」
父はルドルフとリジーに、他の地へ移住することを勧めた。
「そんな! ここから出て行けと?」
父はゆっくりと首を横に振る。
別に腹が立ったから、ラウライフの地から出ていくようにと言ったわけではないらしい。
「そもそもルドルフの体は、この土地に適応できていない。狩猟や薪割りができないのならば、ここではなく、他の土地で暮らしたほうが幸せになれるだろう」
最後に父は宣言した。
「今回の出来事をもって、ルドルフとリジー、君達との縁を最後にさせてもらう。どうか私達に甘えず、これから生まれるであろう、子どもと共に強く生きてほしい」
ルドルフは父に縋り、もう一度チャンスがほしいと訴える。
「ミシャを裏切った時点で、もう関係はこれまでだったんだよ」
「しかし、僕はリチュオル子爵家の帳簿を見ているので、もしかしたら余所で喋ってしまうかもしれない!」
「ああ、その帳簿は百年ほど前のリチュオル子爵家の帳簿だ。練習用に、とご先祖様が用意してくれた教材なんだよ」
別に百年前の内部情報であれば、好きに喋ってもいいと言う。
「こ、これまで大事に育てていたのに、惜しくないのか?」
「まあ、教育していたと言っても、ほんの初級レベルだったからねえ。実を言えば、まだクレアやマリスのほうがずっとずっと仕事ができるんだよ」
「なっ――!?」
マリスというのは、村の商人の息子で、クレアと将来を誓った男性である。
父は本当の家族のようにマリスを可愛がり、仕事も教えていたようだ。
「だからね、ルドルフがいなくなっても、誰も困らないんだよ。これまで敬意を払っていたのは、ミシャの婚約者だからなんだ」
もうこれ以上、ルドルフに敬意を払う必要なんてない。
そう判断した父は、屈強な使用人に命じ、ルドルフとリジーを追い出した。
二人共何か叫んでいたようだが、声がだんだん遠ざかっていく。
あっという間に、我が家に平和が戻ってきたというわけだった。