職業案内ツアー
昼食後は図書室へ向かった。
なんでもヴァイザー魔法学校の図書室は王都で二番目の蔵書量を誇っているらしい。
珍しい本もあるようで、研究職に就いている卒業生から本を貸してほしい、という依頼もあるようだ。
「事務局を通して依頼したら、卒業後も本を借りることができるそうよ」
「へー、親切なんだな」
ただし、在学中、品行方正な生徒であると認められた者に限定しているようだが。
それも停学になるレベルの問題を起こさなければ、大丈夫だという。
図書室は講堂の次に大きな部屋のようで、アーチ型の天井は高く、開放感があった。
「うわ、すげえ!」
「思っていた以上の蔵書量ね」
壁一面に本があり、螺旋階段の手すりすらも本棚となっていて、ぎっしり本が収められている。
「本を抱えた羽虫みてえなのが飛んでいるぞ」
「あれは司書の使い魔ね」
小さな体で本を抱え、返却されたものを元の棚に戻しているのだろう。
そんな図書室の中心には、テーブルが数台置かれていて、作業ができるようになっているようだ。
「みんな、熱心に勉強でもしているのか?」
「あれはきっと、持ち出しできない本の写しをしているのだと思うの」
「あー、なるほど」
ここにある本のすべてが貸し出しや、閲覧許可されているわけではないという。
中には授業を選ばないと読めない本や、校長の許可がある者にしか読めない禁書なども置かれているようだ。
「こんだけ本があると、目的の本を探せるのか不安になってくるな」
「大丈夫よ。本を探す魔道具があるの」
すぐ近くに置かれた石版がそうである。
「ここにね、指先で読みたい本の情報を入力するのよ」
「ほー、詳しいな」
「全部、生徒手帳に書いてあったことよ」
「ぜんぜん読んでねえ」
「一度目を通しておいたほうがいいわ。意外と面白いことが書いてあるから」
そんな話をしつつ、石版に文字を書いていく。
「魔法を使った職業について……と」
石版はたちまち輝き、一筋の光が本棚に向かってまっすぐ伸びていく。
「エア、あっちみたい」
「おう」
光線が指し示した方向に、目的の本があった。手に取ると、光はぷつんと消えてなくなる。
「こういう仕組みか。便利なもんだ」
「本当に」
パラパラと中身を見てみたが、十分なくらいの情報が書かれてあるようだった。
「これを借りましょう。生徒手帳を使って、借りられるのよ」
石版のもとへ戻り、本を上に置く。呪文が刻まれた場所に生徒手帳をかざしたら、貸し出しは完了となる。
「一度に五冊まで、一週間後に返却よ」
「勉強になった。ミシャ、ありがとう」
「いえいえ」
図書室を出て、歩きながらエアに説明する。
「エア、見て。校庭で剣を振り回している人達がいるでしょう? あれは魔法騎士を目指している生徒なの」
ただ剣と剣を交えるわけではない。
剣と魔法を組み合わせて戦っているのだ。
「うわ、今、雷みたいに剣が爆ぜたぞ」
「あれはきっと、剣に雷魔法を付与しているのよ」
「ふーん。なんか大変そうだな」
魔法学校の男子生徒ならば一度は魔法騎士という職業に憧れを抱くようだが、エアは興味がないように思える。
続いて向かったのは、魔法科学室。
錬金術の先生が授業の用意をしているようだった。
巨大な釜にさまざまな材料を入れると、煙がもくもく漂う。
どかん! と大きな音を立てたかと思えば、スライムみたいな物体がどろどろと溢れ出ていた。
「これは錬金術師のお仕事ね。別々の品物を掛け合わせて、まったく異なるものを作り出す技術を持つ人達なの」
「なんか複雑そうだな」
それに根暗そう……とエアが口にした瞬間、先生が振り返ったのでギョッとしてしまった。
「やべっ!」
「逃げましょう!」
先生が教室から出てくるのと同時に、私達は駆ける。
「こらーーー、廊下を走るなーーー!」
階段を二段飛ばしで登って、二階へ避難した。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
何も考えずに二階へやってきたのだが、ジェムは私の後ろをぴったりついてきていた。
いったいどうやって上ってきたのか。その様子を見てみたかった。
「えーっと、次に行きましょう」
それから礼拝室で祈りを捧げる伝道師や、魔法について追及する研究者、悪い魔法使いについて調査及び拘束し罪に問う異端審問官――などなど、魔法学校の卒業者には数多くの就職先が存在するのだ。
「あ、あれ、うちの寮の個人指導教師だ」
教師のあとをついて回り、あれこれ雑用を頼まれていた。
「個人指導教師は魔法学校の先生になりたい人が就く職業みたい」
五年から十年くらい、個人指導教師を務めたのちに、魔法学校の教師になるようだ。
「そんなにかかるんだな」
「みたいね。でも、魔法学校の先生は高給取りみたいだから、なんとしてでもなってやる、みたいな意気込みの人が多いみたい」
そんな鋼の意志を持っている者が多い個人指導教師でも、ホイップ先生の下につくと心が折れてしまうようだが。
「個人指導教師といえば、私も放課後に誰かに習いたいんだけれど」
「じゃあ、ジール先生に声をかけてこようか?」
あの先生の名前はジル・ジールというらしい。
「いえ、寮が違ったら、難しいと思うわ」
個人指導教師は寮の秩序を守る者としても派遣されている。
子ども達にただ勉強を教えるばかりでなく、見回りをしたり、生活指導をしたりと、夕方から夜にかけてはかなり忙しいようだ。
「ホイップ先生に一度相談してみるわ」
「それがいいのかもしれないな」
いろいろ職業について教えてあげたわけだが、エアはどの仕事がいいか決まったのか。
「一応、進路は今日の放課後までに提出しなければならないけれど、方向性は固まった?」
「うーーーん、微妙だな」
魔法学校に入学したばかりなので、すぐに決められるものでもないだろう。
「ミシャはなんて書いたんだ?」
「国家魔法使いよ」
「だったら俺もそれにしておく」
そんな決め方でいいのか、と思ったけれど、一学年の進路は仮のものなので、空欄で提出するよりはマシだろう。
「ミシャ、ありがとうな」
「いえいえ」
私も学校内をいろいろと見学できて楽しかった。
◇◇◇
あっという間に一日の授業は終わり、放課後となる。
エアと別れ、壁に張り付いていたジェムをぺりぺりと剥がしていたら、背後より声をかけられる。
「ミシャ、一緒に帰らないか?」
レナ殿下がにっこり微笑みかけながら、お誘いしてくれた。
彼女の背後には取り巻き達がずらりと並んでいて、私をジロリと睨みつけている。
入学早々、目を付けられてしまったわけだ。
もう、朝に散々目立ってしまったので、逃げも隠れもできないのだろう。
私は遠い目をしながら、「よろこんでー!」と言葉を返したのだった。