進路についてと授業の始まり
今日も今日とて、美しい担任、ホイップ先生がやってくる。
男子生徒だけでなく、女子生徒すらもうっとり見入っているようだった。
そんなことなど慣れっこなのか、ホイップ先生は注目が集まっても気にしない。
サクサクと話を進めていく。
ホームルームではクラス長を決める話し合いが行われた。
クラス投票の結果、満場一致でレナ殿下に決まる。
一部の男子生徒は悔しそうにしていたものの、レナ殿下は首席でお人柄もよく、クラスの人気者だ。誰一人として、レナ殿下に勝てる者などいないのだ。
続けて、ホイップ先生はプリントを配る。それは今後の授業方針についてと、進路アンケートだった。
一学年は魔法の基礎を徹底的に叩き込まれる。
授業は五教科である〝総合魔法〟に〝魔法歴〟、〝魔法式〟に〝魔法薬学〟、〝古典〟を一年間みっちり習うのだ。
二学年からは十種類以上ある教科から、将来なりたい職業によって自由に選択する。
魔法騎士になるのであれば、魔法を使った戦闘を学べる〝魔法技〟、〝格闘術式〟、国家魔法薬師であれば〝上級魔法薬学〟や〝薬草採取学〟など、専門的な内容を選べる。
進路については、一学年のうちから希望を出すらしい。
一応、第三希望まであるようだ。
私の望みはただ一つ、国家魔法使いである。
国家魔法使いは魔法学校を卒業した一部のエリートのみがなれる職業で、狭き門のようだ。この三年間、しっかり勉強して、立派な国家魔法使いになれるよう努力したい。
書き終わって時間を持て余していたら、背後から背中を羽根ペンでつんつん突かれる。
犯人はエアだった。
「どうかしたの?」
「いや、希望する職業に何を書いたらいいのかわからなくって」
魔法と縁がほぼない下町育ちのエアにとって、魔法を使う職業というのはピンとこないらしい。
「だったら、図書室で教えてあげましょうか?」
「いいのか?」
「もちろん」
そんなわけで、昼食は全力疾走でパンを買いに行ったあと、図書室で魔法使いが関わる職業についての本を探すこととなった。
一限目の授業は総合魔法である。この授業で、魔法の使い方の基礎を学ぶようだ。
担当は面接のときに見かけた眼鏡をかけたおじさん試験官である。
「魔法の起源や成り立ちは魔法歴で習うので、今日は魔法を実際に使いながら、授業を進める。わからないところは各自寮に帰ったあと、個人指導教師に習うように」
どうやら「わからない人は手を上げてください」みたいな親切な授業計画ではないようだ。個人指導教師の指導ありきの授業のようである。
続けざまに説明され、黒板に書かれた内容はどんどん消される。
エアから書き移させてもらった予習ノートがなければ、取り残されていただろう。
「授業の最後に、筆記と実技の小テストを行う」
「ひ、ひい!」
思わず悲鳴をあげてしまった。小さなものだったので先生には聞こえなかったようだが、エアはしっかり聞き取ったようだ。
「ミシャ、大丈夫か?」
「だ、だいじょばないかも」
思っていた以上に、授業のレベルが高い。
普通の寮に所属している子らは、わからなかったときは個人指導教師に聞けばいいや、なんて考えているだろう。
けれども私には個人指導教師がいない。
一人で予習するにも、限界があるだろう。
なんとかしてもらわないと、危機的状況に陥りそうだ。
小テストは七割はできた、という手応えがあった。
実技は遠くにある杖を呼び寄せるもの。
受験で行った魔法、浮遊を使った応用的な内容である。
教師とクラスメイトが見守る中、魔法を発動させる。
「――手元に戻れ、浮遊!」
杖は勢いよく跳び上がり、ロケットが発射するような速さで飛んできた。
「ひやっ!!」
思わず頭を守り、その場にしゃがみ込む。
その隣を、とてつもない速さで杖が通過していった。
杖は壁に突き刺さったのではないか、と思いきや、壁に張り付いていたジェムがキャッチしてくれたようだ。
一連の様子を見ていた先生が、点数を付ける。
「百点満点中、三十五点だな」
「は、はい……」
妥当と言えよう。
ただ、クラスメイトの中で杖をキャッチできたのは、レナ殿下とアリーセ、エアのみだった。
「エア、すごいわ」
「へへ。寮で個人指導教師と一緒に練習したんだ!」
個人指導教師の存在の重要さを、ひしひしと痛感したのだった。
◇◇◇
なんとか四限目まで授業を終え、エアと一緒に購買部を目指す。
鐘が鳴るのと同時に飛び出してきたのに、すでに購買部には人だかりができていた。
「嘘だろう?」
「信じられないわ」
ほとんど男子生徒で、女子生徒は見当たらない。
ラグビーの試合みたいな状況を前に、これは女子には無理だな、と即座に判断してしまう。
「ミシャ、俺がパンを買ってくるから、そこで待っていてくれ」
「いいの?」
「ああ。こんな酷い状況に、ミシャを飛び込ませるわけにはいかねえからな」
「エア、ありがとう」
そんなわけで、エアの挑戦が始まる。
現在、パンの争奪戦をしているのは上級生ばかり。彼らに比べたら、エアはずっと小柄だ。果たして大丈夫なのか、ハラハラしながら見守る。
普通に入るだけでは、押し戻されて転がるばかりだった。
エアは何度かそれを繰り返し、ただ待っているだけではパンが買えないことを悟った模様。
意を決したエアはタックルするように人混みの中へと入り、どんどん前に進んでいく。
小柄なのを最大限に活かしているようだ。
五分後――エアはパンと瓶のミルクを持って戻ってきた。
「ミシャ、やったぞ!」
「エア、すごいわ! ありがとう」
中庭へと移動したものの、すでにベンチは埋まっていた。
私とエアは敷物も広げず、地面に座ってパンをいただく。
購買部のパンは、ごくごく普通の丸パンである。バターがついていて、塗りながらいただくようだ。
ちなみにお値段は銅貨一枚。ミルクも同じ金額である。すでにエアに渡していた。
パンはモソモソしていて、口の中の水分を根こそぎ奪っていく。
そこで、ミルクを飲むのがおいしいのだ。
エアは胸ポケットからトカゲの使い魔リザードを取り出し、制服に落としたパン屑を与えていた。
「その子、人間の食べ物を好むのね」
「ああ、そうみたいなんだ」
食べきれなかった食事を前に、頭を抱えていたら、ペロリと完食してくれたらしい。
「大丈夫かと思って魔法生物に詳しい先生に聞いてみたら、たまにいるんだってさ」
「そうなの」
パン屑をおいしそうに食べるリザードを、エアはよしよしと撫でていた。
「その子、懐っこいのね」
「ああ、そうなんだ。かわいいだろう?」
たしかに、近くで見たら目がくりくりしていて愛らしい。
撫でようとしたら、ジェムに頭突きされた。
「ちょっ、ジェム、なんなの?」
「嫉妬したんじゃねえか?」
「まさか~~」
そんな言葉を返し、ジェムのほうを見たら、口をムッとさせ、色も赤く染まっていた。
エアが言っていたとおり、ヤキモチを焼いているようだ。
かわいい奴め、と撫でようとしたが、色的に絶対熱いので、止めておいた。
「ジェム、私はあなた一筋よ」
そんな言葉を伝えたら、元の透明な色合いになり、左右に揺れた。
なんともチョロい精霊様である。
パンを食べ終えたあと、エアは満足げな様子だったが、私は少し物足りなく思ってしまった。
やはり、パン一個程度でお腹いっぱいにはならないのだ。
明日からは絶対にお弁当にしよう、と強く心の中で誓ったのだった。