鳥のさえずり(※うるさい)で目覚める朝
コツコツコツ、と窓を叩く音と、ピイピイピイとけたたましい鳥のさえずりで目を覚ます。
「うーーーん」
もぞもぞと寝返りを打っていたら、追い打ちをかけるように窓をばん! と羽で叩かれた。
「はいはい、起きますよー」
のっそりと起き上がり、寝台の近くに設置してある円卓から黒パンを手に取った。
窓を広げ、寝ぼけ眼の状態で窓を開く。
そこには色鮮やかな鳥たちがいて、窓枠に集まってきていた。
手を差し伸べてみたが、童話のヒロインのように鳥が留まることはなかった。
まあ、前世を含めてこれまで動物受けがいいほうではなかったので、現実はこんなもんである。
そういえば、魔法学校の中庭とレヴィアタン侯爵の屋敷で出会った青年は、大勢のリスに囲まれていたのを思い出す。
あれだけモフモフした生き物に囲まれたらさぞかし幸せだろう。
羨ましくなってしまった。
これだけはおそらくどうにもならないのだ。
空しい気持ちで固い黒パンを手で千切り、地面にばらまく。
すると、皆嬉しそうに食べにいっていた。
この鳥達は、朝、起こしてくれる契約をしているのだ。
パンと引き換えに、起こしてくれる。
かなり賢く、日の出前に起こしてくれ、とか太陽がどの当たりに昇った時間くらい、などと、細かく指定できる。
鳥の目覚ましサブスク、と勝手に呼んでいた。
朝、目覚める自信がなかったので、月単位で契約しているのである。
かなりいい感じの時間に起こしてくれるので、来月も契約継続だな、と考えているのだ。
「んん~~!!」
背伸びをしていると、ジェムも真似して二本の触手を伸ばしていた。
「あなたも起こしてしまったのね。おはよう」
伸ばした触手を左右に振って、挨拶を返してくれた。
「ジェム、昨晩はありがとう。私を載せたままで重たくなかった?」
円形に戻ったジェムは、大丈夫! と言わんばかりに左右に揺れていた。
「おかげさまで、よく眠れたわ」
よしよしと撫でてあげると、嬉しそうにちかちか発光していた。
顔を洗い、歯を磨く。水が冷たかったので、ひい、と悲鳴をあげそうになった。
なんとか耐えたあと、薄く化粧を施す。
髪はきっちり三つ編みに結い上げ、リボンで纏めた。
お腹がぐーーっと鳴ったので、朝食の支度をしよう。
ホイップ先生が食材を頼んでくれていたので、ありつけるわけである。
カフェテリアに行けば食べられるものの、朝食を食べるのに千紙幣も払わないといけないのだ。
購買部でパンの販売もあるようだが、争奪戦だと聞いていたので、ここで作ったものをゆっくり食べよう。
ジャガイモの皮を剥き、千切りにしたものを水にさらしておく。
続いて、マカロニを茹で、待っている間にトマトソースを作ろう。
鍋にオリーブオイルを入れ、角切りにしたトマトを炒める。次に、ベーコン、赤唐辛子と庭で摘んだオレガノを刻んで入れ、トマトの形がなくなるまでくたくた煮込んだら、塩、黒コショウで味を調える。
ニンニクもたっぷり入れたいところだが、これから授業があるので我慢した。
このトマトソースを、茹だったマカロニと和えたら完成だ。
水にさらしていたジャガイモは水分を拭き取り、片栗粉を混ぜ、油をたっぷり広げた鍋に薄く広げて焼いていく。
裏、表とこんがり色付いたら、ジャガイモのガレットの完成だ。お好みで塩をぱっぱと振るのもいい。
これにカットしたバゲットを添えたら、立派な朝食である。
スープも欲しかったが、この世界には固形コンソメなんぞない。時間があればだし汁から作れないこともないが、学校に行く前にすることではないだろう。
るんるん気分で紅茶を淹れていたら、外にいる鳥達がけたたましく鳴いていた。
何事か、と思って玄関のドアを開いたら、鳥達に囲まれ、気まずげな様子でいるレナ殿下を発見してしまう。
「あ、おはよう」
「ミシャ、おはよう」
どうしたのか、と尋ねると、一緒に登校するために待っていたのだとか。
「いつも取り巻く者達に見つからないように、早めにやってきたんだ」
「そうだったのね。朝食は?」
「まだだ」
「だったら、一緒に食べない?」
その誘いに、レナ殿下は首を横に振る。
「どうして? 朝食を食べないと元気がでないのに。お腹が空いていないの?」
そう問いかけた途端、レナ殿下のお腹が代わりにぐーっと鳴って返事をした。
「お腹、空いているじゃない」
「それはその……」
レナ殿下は頬を真っ赤に染め、もじもじしながら朝食を食べない理由について答えてくれた。
「最近、食べれば食べるほど、胸に肉が付いているような気がして……」
「成長期だから当たり前よ。一食抜いたくらいで止めることなんてできないから、諦めましょう」
そう言って、レナ殿下の腕を引いて家の中へ誘う。
ちょうど、紅茶もいい感じに蒸されたようだ。
「嫌いな食べ物とかある?」
「いいや、ない」
「よかった」
ガレットは多めに焼いていたので、レナ殿下の分もあった。
マカロニもたっぷりよそって、運んでいく。
バゲットにはホイップバターを添えておいた。
「食べられそう?」
「ああ、おいしそうだ」
キョロキョロと辺りを見回していたので、どうかしたのかと尋ねる。
「いや、寮母か誰かいるのかと思って」
「誰もいないわ」
「だったらこの朝食は、ミシャが作ったのか?」
「ええ、そうよ」
転生してからはこうして作ることもなかったが、前世の記憶のみでなんとかなるものである。
「どうぞ召し上がれ」
「あ、ああ」
レナ殿下は戸惑う様子を見せている。何か困っているのかと思っていたが、すぐに毒見をしなければならないことに気付いた。
「待ってね。先に食べて毒見をするから!」
「い、いや、そういうことではなく、友達が作ってくれた料理をいただくのは初めてだから、なんだか感激して」
「あら、そうだったの。そんなふうに言ってくれて嬉しいわ」
なかなか食べようとしないので、先にいただく。
マカロニはぷりぷりで、トマトソースとよく絡み、とてもおいしかった。
それを見たレナ殿下も、マカロニをフォークに刺して頬張る。
「おいしい!」
「でしょう?」
なんでもレナ殿下クラスとなれば、食事のたびに入念な毒見が行われるらしい。そのため、食卓に運ばれてくる頃には冷え切っているようだ。
「温かい料理は、こんなにもおいしいのだな」
「お口に合ったようで、何よりだわ」
二人でペロリと平らげ、お腹は満たされた。
「ミシャ、おいしい朝食を分けてくれて感謝する。これで足りるといいのだが」
手渡されたのは、金貨より一回り大きいエーデル金貨である。
一枚で、日本円に換算すると五十万円ほどの価値があるものだ。
「えっ、何これ!?」
「朝食代だが」
「いらないわ!」
「しかし」
「昨日、ごちそうしてくれたでしょう? そのお返しだと思って」
レナ殿下は腑に落ちないようだが、私が首振り人形のように首を振って受け取らないので、最終的に渋々としまってくれた。