ガーデン・プラントに戻り……
「寮まで送ろうか。どこの寮なんだ?」
「いえ、そのー、私は寮ではなく、小屋というか、クラブ棟に住んでおりまして」
「クラブ棟に?」
薬草クラブという、特殊な環境に身を置いている理由を、ざっくりと説明した。
「なるほど。そういうわけだったのか」
「はい」
レナ殿下は深く追及はせず、ガーデン・プラント行きの魔法巻物を使って送ってくれた。
庭に着地した途端、クリスマスのイルミネーションのように眩い輝きを放つジェムを発見してしまう。
「なんだ、あれは?」
「ジェム……私の使い魔です」
数時間、外に放置されたので、お怒りに違いない。
駆け寄る前に、レナ殿下に引き留められてしまう。
「ミシャ、頼みがあるのだが」
「な、なんでしょうか?」
「これからはなるべく、敬語を使わないでほしい。私達は友達なのだから」
「あーー、えっとーーー、善処するわ」
「ありがとう」
レナ殿下は急に私を抱きしめ、そのまま消えていなくなる。
なんというか、大変な目に遭った。
ぼんやりしている暇はない。ジェムのご機嫌取りをしなければならないだろう。
慌てて駆け寄り、謝罪したものの、ジェムは私からぷいっと顔を逸らすばかりだった。
「ごめんなさい! 何時間もあなたをここに置き去りにするつもりはなかったの!」
だんだん熱くなってきたので、いったん離れる。
「これからは、どこでもあなたを連れていくから」
そんな誓いを口にすると、ジェムは私を見つめ、こくりと頷いてみせたのだった。
なんとか怒りが収まったようで、ホッと胸をなで下ろす。
「じゃあ、帰りましょうか」
チカチカと光って返事をするように見えたのに、ジェムはいっこうに動こうとしない。
このまま置いていったらまた怒るだろう。
仕方がないと思って、ジェムの体をコロコロ転がす。
すると、嬉しそうにピカピカ光り始めた。
「あなた、もしかして、転がしてもらうのが好きなの?」
返事をするように、左右に揺れる。
まさか、このコロコロを楽しんでいたなんて。
やはり、精霊の考えていることなんて理解できない。
◇◇◇
ホテルから荷物と少しの食料が届けられていた。きっとホイップ先生が頼んでくれたのだろう。
ありがたく受け取らせていただく。
今日は温かいお湯に浸かって、ぐっすり眠ろう。
そう思って浴室に行き、魔法仕掛けの水道の蛇口を捻る。
浴槽の下部にある火口に、魔石をぽいぽい入れて湯を沸かすという仕組みだ。
この魔石も、毎日のように使っていたら相当な出費となる。
ホイップ先生がくれる生活費をやりくりし、購入しているのだ。
毎日お風呂に入らなければ、食費を増やせる。
けれども元日本人としては、お風呂に入らない日があるというのは許せなかったのだ。
ため息を吐きながら魔石を準備していると、ジェムがまさかの行動に出る。
何を思ったのか、浴槽に飛び込んだのだ。
「えっ、なんなの!?」
次の瞬間には、ジェムの体が赤く染まっていく。
浴槽に貯めた水から、湯気が漂ってきた。
「もしかして、お湯を作ってくれているの!?」
そうだとばかりに、ジェムは頷く。
ただ、温め過ぎたのか、ぼこぼこと沸騰してきた。
「ジェム、ありがとう。でもその熱さだと、茹だってしまうわ」
氷魔法が使えるジェムは、すぐさま温度を調節してくれた。
おかげさまで、ぬくぬくのお風呂に浸かれたのだった。
お風呂にゆっくり浸かったあと、少し教科書を開いて予習をしようか、と考えていたのだが、くたくたでできなかった。
体力的に疲れたというよりも、気疲れしたと言ったほうがいいだろう。
入学式から使い魔の召喚、温室での仕事に、レナ殿下との密会など、イベントが立て続けに起こったのだ。
今日のところは早めに休もう。
寝室にいったところ、あることに気付く。
「ふ、布団がないわ!」
寝台だけがぽつんと置かれてあった。
さすがの私も、床に直接寝転がって眠ることはできない。
今の時間にやっているお店などないので、クッションを枕に眠るしかないのか。
がっくりと肩を落としていたら、突然ジェムが寝台の上に乗る。
「ジェム、どうかしたの?」
次の瞬間、ジェムが布団みたいに厚さのあるサイズに広がっていったのだ。
「こ、これはもしや、ウォーターベッドみたいなやつ!?」
触れてみると、ほどよい弾力があった。
ジェムは触手を作り、早くこい、と手招きしてくれる。
「ここで眠ってもいいの?」
そう問いかけると、親指をぐっと立てるような手を作ってくれた。
「だったら、お言葉に甘えて」
恐る恐る足をかけると、温かいことに気付く。
どうやら毛布がない代わりに、ジェム自体が温めてくれるようだ。
枕みたいな膨らみもあり、寝転がるとしっかり体を支えてくれる。
「ジェム特製のウォーターベッド、かなりいいかも!」
ありがとうね、と言いながら、私は眠りに就いたのだった。