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宝石スライムの大活躍

 続いて水やりのさいに混ぜる粉末魔石を作る。

 これは私のアイデアで始まったもので、これをすると薬草の生育がよくなるのだ。

 金槌で魔石をガンガン叩くのだが、ここでもジェムが思いがけない行動に出る。

 あろうことか、用意していた魔石をぱくりと呑み込んでしまったのだ。


「え、嘘でしょう!? お腹が空いていたの!?」


 ジェムは小刻みに震え、魔石を噛み砕いているようだ。


 使い魔は契約した主人からの魔力供給のみで生きる。餌を必要とする使い魔なんて、聞いたことがない。

 しかしながらジェムは精霊だ。私の魔力だけでは足りないのかもしれない。

 一度、ホイップ先生に相談してみよう。

 なんて考えていた一瞬の間に、ジェムは口から粉末状の魔石を吐き出した。


「え!? まさか、私のために砕いてくれたの!?」


 そうだ、とばかりに胸を張るような角度に傾く。


「う、うちの子、天才だわ! ありがとう、ジェム!」


 よしよしよしよし、と何度もジェムを撫でる。すると、ほのかにちかちかと輝いていた。

 先ほど私が眩しがったので、光量を調節してくれたのだろう。


「実を言えば、魔石を粉末状にするのは骨が折れるような作業だったのよ」


 一応、学校には固い物を粉砕する魔道具がある。けれどもそれを使うためのエネルギーとして魔石一個を消費する上に、その魔道具を管理する錬金術の先生から「壊れたら弁償してもらうぞ」などと言われてしまったので、初日以降は自力で粉砕していたのだ。

 ジェムのお手伝いが気まぐれだとしても、しなくてもいい日があるかもしれない、というのは大変ありがたい話だ。

 なるべく褒めて才能を伸ばそう、と少し過剰に絶賛しておく。


 ジェムのやる気はそれだけに止まらなかった。

 井戸に水を汲みにいこうとしたら、バケツの中の水を口の中へ入れるようにと要求してきたのだ。喉でも渇いたのか、と思いつつ繰り返すこと十回。

 満足したようで口を閉じる。

 水を汲んだバケツを両手で抱えた状態で一緒に温室に戻ると、ジェムは想像もしていなかった行動に出た。

 なんと、魔石の粉末を呑み込んでしまったのだ。

 ジェムの中にあった水は洗濯機のようにくるくる旋回したあと、温室の薬草に向かって散布される。


 どうやらこれから私が水やりをすることを理解し、魔石水を作り、撒いてくれたようだ。


「あなた、そんなことまでできるのね!」


 これまで井戸と温室の間を十往復ほどしていたのに、一瞬で終わるなんて。

 さらに、薬草の採取もいくつも触手を伸ばし、一気にやってくれた。


 三時間から五時間ほどかかる作業を、ジェムはたった三十分ほどで終えてしまった。


「信じられないわ……! 本当にありがとう」


 再び、ジェムを抱きしめる。今度は光るのでなく、じわっと温かくなった。


「温かいわ」


 そこまで寒いわけではないが、人肌のようなぬくもりはなんだか落ち着く。


「ジェム、これからもよろしくね」


 その言葉に応えるように、ジェムの体は温かくなっていく。が――。


「あ、熱い!!」


 猛烈に熱くなったので、慌てて離れた。

 人間には耐えられない熱さだったと訴えると、ジェムは素直にこっくりと頷いたのだった。


 ジェムのおかげで早く仕事が片付いた。

 明日の授業で使うらしい薬草をかごに入れ、ホイップ先生のもとへ運ぶ。


「ジェム、これからホイップ先生のところに行ってくるね」


 私の言葉を理解できるようで、ジェムは行ってらっしゃいとばかりに左右に揺れていた。

 またこっそりついてくるかもしれない、と思って振り返ったが、そんなことはなかった。

 やはり、ジェムの行動パターンは読めない。


 ホイップ先生が拠点としているのは、学校内にある研究室。

 ガーディアン・プラントから歩いて五分ほどだろうか。


 放課後は部活動を行う生徒とすれ違う。

 白い制服に身を包んでいるのは、魔法騎士隊の従騎士だろう。

 彼らは魔法学校の在学中から騎士隊に所属し、将来的に一人前の魔法騎士となるようだ。

 他にも、錬金術を行うクラブや、魔法の歴史について研究するクラブ、新しい魔法を編み出すクラブなど、さまざまである。

 ちなみに私はホイップ先生が顧問を務める、薬草クラブの一員ということになっていた。

 生活の拠点となる小屋も、クラブ棟という扱いである。

 クラブ棟はいくつかあって、文化祭の前など、何かしらの行事で作業が長引くさいは申請すれば寝泊まりも許可されるようだ。  

 私は毎日薬草のお世話をしないといけないので、クラブ棟暮らしなのも特例で許可が下りている状態である。


 校舎から突き出る形で造られたサンルームが、ホイップ先生の研究室だ。


「ホイップ先生、失礼します」

「はーい。あら、何かあったのかしらあ?」

「いいえ、作業がすべて終わったので、報告にあがりました」

「え~、もう?」


 薬草を差しだすと、ホイップ先生は驚いた表情で受け取る。

 信じられなかったのか、手元の水晶で温室を映しだし、状態を確認していた。


「あら、本当~。きれいになっているわ。きちんと水やりもしているようだし。誰か手伝ってくれたのお?」

「ジェム――宝石スライムが作業のほとんどをしてくれたんです」


 一瞬で除草し、魔石を噛み砕いたあと、水を一気に運んで、薬草も摘んでくれた。一通り説明し終えると、ホイップ先生は感嘆の声をあげる。


「とーってもすばらしいわあ。まるで使い魔の鑑のよう」

「本当にそう思います」


 おかげさまで、放課後に余裕ができた。


「でもまあ、気まぐれな性格なので、毎日やってくれるとは思っていないのですが」

「そうねえ」


 何かジェムにお返しというか、喜んであげることをしてあげたい。


「ホイップ先生は何かご存じですか?」

「宝石だから、鹿革セームか何かで拭いてあげたらいかがかしら~?」

「なるほど。ありがとうございます。やってみます」


 一応、宝飾店とかで聞いたほうがいい、とホイップ先生は助言してくれた。


「小屋はどうだったかしらあ?」

「すばらしかったです。あのように整えていただき、ありがとうございます」

「そう、よかったわ」


 まさか、ここまで好待遇だとは思わず、ありがたい気持ちとなった。


「ただでさえ学費を払ってもらっているのに、ここまでしていただくなんて」

「いいのよお。個人指導教師テューターを雇うより、あなたの学費を払うほうがずっと安上がりだから~」


 ヴァイザー魔法学校での個人指導教師テューターというのは教師の卵である。

 寮で生徒相手に勉強を教えて経験を積み、その後、魔法学校の教師となるようだ。

 ただそれだけでは経験が足りない上に、収入も少ない。

 そのため生徒達が授業を受けている間に教師の手伝いをして、給金を得ながら経験を積むようだ。


個人指導教師テューターを雇ってお金を払うのも、なかなか大変なのよお。薬草は繊細だから、お世話しきれない人もいるし~」


 ホイップ先生は個人指導教師テューター相手にきちんと指導していただけなのに、人遣いが荒いだの、厳しくて怖いだの、評判が出回ってしまった結果、誰も名乗りでてくれなくなったようだ。


「私って、そんなに厳しかったかしら~」

「いえ、それほどではなかったかと」


 まあ、私が薬草栽培に慣れているから、というのもあったのだろうが。

 ホイップ先生は普段、ふわふわしているが、薬草に関することになるとにこりとも笑わなくなる。声も低くなるので、怒っているように捉えられてしまったのかもしれない。


「まあ、何はともあれ、あなたはよくやっているので、お金の面はご心配なく~」

「ありがとうございます」


 思いがけず、ホイップ先生に褒められてしまった。

 ルンルン気分でスキップしていたら、物陰から急に腕を掴まれ、引き込まれる。

 校舎と校舎の隙間に連れ込まれ、壁に向かってどん! と手を突き出してきた。

 口を手で塞がれ、耳元で囁かれる。


「静かに」

「――!?」


 その声には心当たりがありすぎた。

 レナ・フォン・ヴィーゲルト――我が国の王太子殿下である。

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