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美しいだけの従姉、リジー

 そもそもこの婚約は、彼が強く熱望して叶ったものである。

 ラウライフの地では狩猟を行い、薪を一日中割れるような屈強な男性が結婚相手に望まれる。

 一方、彼は見目はよかったものの、手足は細く、丸太を持ち上げる力もなければ、猟銃も扱えない。

 王都では女性達からもてはやされるタイプだろうが、このラウライフでは誰も結婚相手として選ばないような男である。

 優しさしか取り柄がない、と言ってしまえばそうだが、私はそれでいいと思って結婚の申し込みを受け入れた。

 それがまさか、このような結果になるなんて。

 私に一撃ワンパンで倒され、虫の息となったルドルフは、悲劇のヒロインのような表情を浮かべ、私を見上げている。

 どうして殴られたのか、理解できていない様子だった。


 怒らない彼の代わりに、リジーが詰め寄ってくる。


「ちょっとミシャ、ルドルフに何をするんだ!」

「リジー、本当なら、あなたも私の前に出てこられるような立場じゃないんだけれど」

「なんだって!?」


 従姉のリジーは叔父が王都に遊びに行ったときに出来た子どもだった。

 相手は下町の酒場で働いていた女性。

 両親は結婚を反対したようだが、叔父は心底惚れ込んでいたようで、どうか頼むと頭を下げて懇願したらしい。 

 当時、両親の間に子どもは生まれておらず、もしもこの先もそうであったら、叔父の子を未来のリチュオル子爵にすればいい、とまで言っていた。

 奇しくも、リジーは父親の叶わなかった願いを引き継ぐこととなったようだ。 


 叔父が泣き落としをした結果、両親はしぶしぶ結婚を認めることになる。

 ただ、その幸せも長くは続かず、その数年後、叔父は「真実の愛を見つけたんだ!」と言って家を出て行ってしまった。

 独り身となった叔母に、両親は支援しようと助けの手を差し伸べた。しかしながら、叔母は「同情なんてごめんだよ」と言ってリジーを連れてリチュオル子爵家の屋敷を飛び出していったのだ。

 舌の根も乾かぬうちに叔母は衣替えをするように次々と恋人を作り、リジーは我が家に押しつけられる。

 結果、リジーと私、妹のクレアは姉妹のように育った。

 私と妹は仲がよかったものの、リジーとはてんで話が合わず、幼少期はケンカばかりしていたような気がする。

 ある日を境に、関わらないようにしようと決意したその日から、リジーのことは気にしないようにしていた。

 それがまさか、このような結果になるなんて……。


「ミシャ、諸悪の原因はあんたなんだよ! 病に伏しているルドルフを放っておくから、あたしが面倒を見るしかなかったんだ!」

「そんなことはないわ。彼はいい大人だから、薬は自分で飲めるし、辛かったら誰かを呼ぶこともできた」


 彼が何もできない代わりに、私は働いていたのだ。

 そんな私の主張を、リジーはばかにしたように笑う。


「あんたは愛よりも、金のほうが大事だったんだね」

「なっ――!」


 ルドルフが苦しげな声をあげると、リジーは甘ったるい声で「大丈夫かい?」と声をかける。

 

「ルドルフをこんなになるまで殴るなんて、まるで悪魔だね」

「悪魔で結構よ」

「は?」


 まさかの言葉だったのだろう。

 リジーは瞳をまんまるにして、私を見上げる。


「なんでもいいから、ここから出て行ってちょうだい」

「な、何を言っているんだ! お腹に、ルドルフの子がいるのに、ここを出ていけなんて!」

「当たり前よ。あなた達はあなた達だけで、ここ以外で温かなご家庭を作ってちょうだい。二度と、この家と関わらないで」

「ルドルフがこんなに苦しんでいるのに、出ていけだなんて――!」


 しゃがみ込んで、ルドルフの顔面にポーションをふりかける。すると、頬の腫れが引き、鼻血もぴたりと止まる。折れた歯も元に戻った。さすが、上位ポーションである。自作だが、効果はばつぐんだ。 


 続けて窓を開いて、外を歩いていた庭師に、ルドルフを外に引きずり出すように頼む。


「ミシャ様、ルドルフとケンカでもしたんですかい?」

「そうなのよ。リジーとの間に、子どもができたのですって。二度と顔を見たくないから、門の外に捨ててきてくれる?」


 庭師は血相を変え、駆けつけてくれた。


「ルドルフ、お前、なんてばかなことをしたんだ!!」

「いや、僕は――」

「言い訳をするな! ラウライフの地に生きる領民らしくない!」


 そう言って庭師はルドルフを担ぎ上げ、外へと連れ出してくれた。

 リジーは慌てた様子で、ふたりのあとを追う。

 誰もいなくなった部屋で、はーーーーーと深く長いため息が零れる。

 私の人生設計が大きく崩れてしまった瞬間でもあった。


 ◇◇◇


 その日の晩、両親とクレアに声をかけ、昼間に起こった事件について話す。

 両親は驚いている様子だったが、クレアは真顔で話を聞いていた。


「――というわけで、婚約を白紙にしたいの」

「だから言っていたじゃないですか!!」


 クレアの表情は一気に怒りで染まり、両親を責め立てる。


「あの女はいつか、私達に災いをもたらすだろうって!」


 その言葉に、両親は困惑している様子だった。


「リジーはいつもそうだったんです。ただの従姉なのに、まるで子爵令嬢のように偉そうに振る舞って、生意気にお母様の侍女へ命令をするときもあって」


 クレアにも上から目線で、あれこれ物申していたらしい。

 私はひたすら彼女を避けていたので、その場面を目にすることはなかったのだ。


「いつかこの家を乗っ取るに違いないっていう話を、お父様とお母様はまさか! って笑っていましたけれど、やはりそうだったのですね」


 リジーの野望について、クレアだけは気付いていたらしい。

 さすが、リチュオル子爵家いちばんのしっかり者である。

 

「お父様とお母様はなぜ、リジーに甘いのですか?」

「それは、彼女に対して、申し訳ないという気持ちがあったからだ」


 叔父が愛人を連れて出ていこうとしたとき、両親は必死に止めようとしていた。

 けれども叔父は聞く耳を持たず、ラウライフの地から去ってしまったのだ。


「リジーに父親がいないのは、私達の責任でもある」

「可能な限り、彼女が快適に暮らせるよう、手助けをしたかったの」


 リジーの支援を続けていたのだが、叔母はそうと思っていなかったらしい。

 何度も屋敷にやってきて、まるで誘拐犯のように両親を責めていたようだ。

 お金もせびられ、文句も言われ、さんざんだったという。

 それも、すべては叔父を止められなかった自分達が悪いのだ、と要求のすべてを叶えていたようだ。


 そんな母親の背中を見て、リジーは育った。

 リチュオル子爵家にあるものは、根こそぎ奪えると信じて疑わなかったのだろう。


「わかった。ミシャとルドルフの婚約は白紙に――」


 父がそう言った瞬間、窓がバンバンと叩かれる。

 そこにいたのは、ルドルフとリジーだった。

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