宝石スライムについて
「この子は、魔物ではなく精霊、だったのですね」
「そうよ。精霊がこの学校で召喚されたのは、たしか五年ぶりくらいじゃないかしら?」
幻獣や妖精は学年に一人か二人いるようだが、精霊はその二つに比べたらずっと少ないので、かなり珍しいようだ。
「実は私も、宝石スライムを見るのは初めてなのよ~」
ホイップ先生がまじまじと見つめていたが、ジェムは負けじと睨みつけていた。
なんというか、感情表現が豊かな子である。
「あの、ホイップ先生、宝石スライムがどんな特性を持っているのか、ご存じですか?」
「少しだったら知っているわよお」
宝石スライム――世にも珍しい上位精霊で、炎、氷、嵐、雷、土、闇、光の属性を持つ。
スライムみたいにさまざまな形状に変化するのが特徴であるが、スライムではない。
「スライムに似ていて、美しく輝く性質を持っているから、宝石スライムって名付けられたらしいわあ」
「そうなのですね」
最初にジェムを見たときに、宝石のように美しいと思ったのだ。
そのため、名前も古代語で宝石を意味するジェムと命名した。
「でも、本で読んだ宝石スライムは、とっても小さかったの」
発見された宝石スライムの個体はすべて拳大以下で、ジェムみたいに大きな子は初めてだという。
「どうして私の召喚に応じてくれたのでしょうか?」
「それは、この子のみが知ることだと思うわあ」
ただの幸運ではないことはたしかだ、とホイップ先生は言ってくれた。
「あのとき、この子と契約しないほうがいいっていう、私の言うことを聞いていたら、大変なことになっていたわねえ」
「この子がただのスライムでも、契約して仲良くするつもりでしたから」
そう答えると、ジェムの体がキラキラと光を発した。本物の宝石のように輝く様子は、言葉にできないほど美しい。
「あなたの言葉を聞いて、喜んでいるのねえ」
「そうだといいですけれど」
何はともあれ、機嫌は直ったようなので、ホッと胸をなで下ろす。
「ホイップ先生、今日はホテルに荷物を取りに行ったあと、薬草の世話をしますね」
「あら、荷物はホテルに頼んだら、運んでもらえるわよ。私が連絡しておいてあげるから、仕事に移ってくれるかしら~」
「わかりました」
ホテルに行かなくてもいいとのことで鍵を返す。
「おかげさまで快適に暮らせました」
「そう、よかったわあ」
ホイップ先生は鍵を受け取ると、教室から去って行った。
話をしている間に、教室には誰もいなくなっていた。
「さて、ジェム、帰りますか」
光るのを止めたジェムだったが、今度は動こうとしない。
「な、なんなの!?」
精霊の感情なんて読めない上に、これ以上待てない。
そのため、私はジェムの体を玉転がしのようにコロコロ転がして移動することにした。
「お、思っていたよりも重たい!」
喩えるならば、ピラミッドに積み上げられる巨大な岩みたいな感じか。
ずっしりしていて、重量がある。
幸いにも雪下ろしで鍛えた腕力があったので、そこまで苦ではなかった。
廊下を歩くと、すれ違う生徒からくすくす笑われてしまう。
他の人には、私が使い魔相手に手を焼いていると思われているのだろう。
誤解ではなく、まったくその通りなので、今日のところは笑わせておいた。
一年生の教室が一階でよかった。二階だったら、ジェムを階段で抱きかかえないといけなかっただろう。先ほど少し持ち上げようとしたのだが、さすがの私でも重たくて無理だった。
なんとか苦労してガーデン・プラントまでジェムを転がし、小屋の前に置いておいた。
「ジェム、ここが私達の住処よ」
興味があるのか、ジェムはキョロキョロと辺りを見回していた。
「私は温室で薬草のお世話をするから、あなたはそこにいてちょうだい」
私との間には契約があるので、逃げるということはしないだろう。
まずは作業着に着替えなければ。中に用意しているというので、小屋の中へと入る。
床を張り替え、壁紙も変えたらしく、新築みたいな匂いがした。
「わっ……!」
陽光が優しく差し込む大きな窓に、レンガの暖炉、木目が美しい円卓と椅子にふかふかな絨毯が敷かれた部屋だった。
他に寝室と台所、浴室などがあり、どこを見ても清潔に整えられている。
作業用のワンピースはホイップ先生が用意してくれたらしく、動きやすい踵丈のワンピースやエプロン、撥水する魔法がかけられた長靴が置かれてあった。
さっそく魔法学校のローブと制服を脱いで、作業服へと着替える。
三つ編みにして後頭部でまとめていた髪も、ほどいてポニーテールにした。
手袋を嵌め、外に出ると、まだ小屋の外にジェムがいた。ぼんやりと庭を眺めているように見える。
「ジェム、私はこれから、温室で薬草のお世話をしてくるから、あなたは好きに過ごしていてちょうだい」
ジェムを撫でてあげると、少し嬉しかったのか、ちかちか輝いていた。
「じゃあね」
手を振って別れたのだが、背後より気配を感じる。
振り返ると、ジェムが私のすぐ後ろで動きを止めていた。
また数歩進んで振り返ると、先ほどと同じように動きを止める。
まるで、〝だるまさんが転んだ〟のようだった。
遊んでいるつもりなのか、よくわからないが、何度か振り向いて、ついて来ているか確認しつつ温室へと向かった。
まずは雑草抜きを行い、粉末にした魔石を解かした水を与える。
そのあと、明日の授業に使う薬草を摘んだら本日の仕事は完了だ。
私が雑草を抜く様子を、ジェムは興味津々とばかりに覗き込んでいる。
私の体をぐいぐい押しながら見ようとするので、だるまのように転がっていきそうになった。
小首を傾げるような動作を取ったので、説明してあげる。
「これは雑草よ。薬草の栄養を奪わないように、こうして引っこ抜くの」
理解できたのか、一瞬ピカッと光った。
さて、作業を再開しよう、と思った瞬間、ジェムが薄く伸びて薬草畑に広がっていったので、ギョッとしてしまった。
「ええっ、なんなの!?」
瞬く間に温室に広がっていく。まるで絨毯のようだった。
ただ、それも一瞬で、すぐに元の形状へと戻った。
ホッとしたのも束の間のこと。
ジェムがペッと何かを吐き出した。よくよく見たら、それは私が雑草だと紹介した草だったのだ。
雑草だけを一気に引き抜いたようで、薬草は無事だった。
「もしかして、お手伝いしてくれたの!?」
ジェムは返事をしているのか、左右にゆらゆら揺れていた。
「あなた、とってもいい子だわ」
思わず抱きしめると、嬉しかったのか、輝き始める。
「うっ、目が、目がああああ! 光力が強い!」
そう言うと、豆電球くらいの光量で光ってくれた。
話がわかる宝石スライムであった。