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父の心配

 その後、ホイップ先生は校長に報告し、私の入学許可証を作るよう交渉してくれた。

 待つこと一時間で、彼女はそれを用意してくれたのだ。


「制服や教材も私が買ってあげるから、心配しないでねえ」


 ちなみに魔法学校の制服は魔法仕掛けで、袖を通した瞬間に寸法が変わる仕組みらしい。

 生徒がケガをしないよう、防御魔法などもかけられている特注品なのだとか。


「それって、かなり高価なのではないのですか?」

「そうねえ、金貨十枚くらいかしら~?」


 日本円に換算すると百万円程度か。

 奨学金制度は学費は免除してもらえども、制服や教材は自分で用意しなければならない。

 すべてホイップ先生が用意してくれるというので、大変ありがたい。


「ふふ、普通の奨学金よりも、待遇がよくなってしまったわあ。でも、契約書にあるとおり、あなたが薬草のお世話をサボったときには――」

「わかっています。即退学に加え、授業料、生活費、寮費など、一括返済ですよね?」

「ええ、よーく覚えておいてねえ」


 一応、門限も設定されていて、抜き打ちでホイップ先生が見回りにくるかもしれない、とのこと。

 それらの契約も、真面目に学生をしていたら、なんら心配のないものばかりだ。

 無理難題を押しつけられているわけではないので、その辺は安心している。


 一度、ラウライフに帰り、荷物をまとめてすぐに王都へ戻らなければならないようだ。

 入学式がある一か月前からここに住んで、薬草のお世話をしなければならない。

 先ほど復活させた薬草は刈り取って、しばらく何も植えずに土を休ませるらしい。

 そのため、私が一週間戻ってこずとも問題はないと言う。

 ただ、戻ってきたあとは、新学期に向けてたくさん薬草を育てるというので、覚悟しておくようにと言われた。


「あなたの故郷までは、馬車で五日、だったかしら~?」

「はい」

「だったら王都へは、この魔法巻物スクロールを使えばいいわ~」


 それは転移魔法が付与された魔法巻物であった。

 ありがたくちょうだいする。


「魔法巻物を使ったら、どれくらいで戻ってこられるかしら~?」

「一週間くらいで戻れるかと」

「助かるわあ」


 クレアとマリスはだいぶ仕事を覚えたというので、私がいなくても大丈夫だろう。


「では、一週間後にここで」

「ええ、待っているわねえ」


 ホイップ先生と握手をし、別れたのだった。


 ◇◇◇


 特例の合格に、母は驚いていた。

 働きながら魔法学校に通うのは大変なのではないか、と指摘されたものの、私は頑張るつもりである。


 ラウライフに戻った私は、迎えにやってきた父やクレアにも合格を報告した。


「お父様、クレア、私、合格したわ」

「ミシャお姉様、すごいです! 私は信じておりました!」


 父もよくやった、と褒めてくれた。


「それでお姉様、どちらの寮になったのですか? ヴァイザー魔法学校には、五つの寮があるのですよね?」

「それは――」


 クレアが言っていた通り、ヴァイザー魔法学校には五つの寮がある。

 基本的に生徒が持つ元素エレメンツによって分かれているのだ。


 火属性の者達が集まるフレイム寮。

 水属性の者達が集まるアクア寮。

 風属性の者達が集まるリーフ寮。

 地属性の者達が集まるアース寮。

 それ以外の固有元素ユニーク・エレメンツを持つ者達が集まるアンカンシエル寮。


「基本的に、寮は先天属性の種類によって分かれているんだけれど」

「でしたら雪属性を持つ、ミシャお姉様はアンカンシエル寮なのですか?」

「いいえ、違うの」


 私がもごもごと言いにくそうにしていたら、父が何かに気付いたようだ。


「そういえば、前に面接試験の合格発表は一ヶ月後だと言っていなかったか?」

「ええ、そうなの。実は、特例で合格をもらって……」


 事情を打ち明けると、父とクレアは驚いていた。


「奨学金にこだわっているのであれば、受験を来年にずらしてもよかったのではないのかい?」

「ミシャお姉様、そうですよ。働きながら魔法学校に通うなんて、無理があります」

「それは、その、勝手に決めてごめんなさい。でも、奨学金制度を使えないと聞いて、これしかないと思ったから、その場で決めてしまったの」


 胸が痛むが、本当のことを伝えるしかない。


「実は、魔法学校を退学させられた者が身内にいると、奨学金制度を使う許可が下りないようで」

「ああ、ガイか。ガイのせいで、奨学金制度を使って魔法学校に通いたい、というミシャの願いは叶わなかったのだね」

「ええ……」

「申し訳なかった」


 叔父に関連して、父に報告することがあったのだ。しばし二人っきりで話したいと言うと、母やクレアは空気を読んで退室してくれた。


「お父様、大変なの。私、王都で叔父様を発見したのよ」


 父はあまり驚いた様子など見せず「やはりそうだったのか」と呟くばかりであった。


「金の無心でもされたのか?」

「いいえ、それよりももっともっと大変なことがあったの」


 大きな声では言えない。

 私は羊皮紙の欠片に文字を書いて父に見せると、すぐに灰皿の上で燃やした。


「なっ――!?」


 叔父が王太子を誘拐したこと、それから王太子が女性であることを父に告げた。


「おそらく何かしらの内乱が起きているのよ。たぶんだけれど、叔父様も誰かにそそのかされて、やっているに違いないわ」

「ミシャ、この情報は、私以外の誰かに言ったのか?」

「いいえ、お父様だけよ」


 父は私のもとへやってきて、ぎゅっと抱きしめる。


「ミシャ、頼む、王都には行かないでくれ」

「お父様、それは難しいお願いだわ。魔法学校に通うのは、私の夢だったから」

「やはり、止めても考えは変わらないのか」

「ごめんなさい」


 父は私に少し待っておくようにと伝えてから、席を外す。数分後、戻ってきたときには、木箱を持っていた。

 中に入っていたのは一通の手紙である。


「ミシャの保護者ガーディアンの選定を進めていたかと思うが、この人物を頼ってほしい」


 宛名に書かれてあったのは、〝オズヴァルト・フォン・レヴィアタン〟の名前であった。


「このお方は――」

「ああ。血濡れ侯でお馴染みの御仁だ」


 オーガの血を引き、二十年前の戦争で人外じみた活躍をした英雄である。

 なんでも十五年ほど前に、父がレヴィアタン侯爵を夜会で助けたことから、縁ができたらしい。


「お父様はどうやってレヴィアタン侯爵を助けたというの?」

「彼の想い人が遠い親戚でね。声をかける手助けをしただけだよ」


 それがきっかけで結婚となり、レヴィアタン侯爵は父に感謝し、何かあったときは必ず助けると約束していたようだ。


「レヴィアタン侯爵が王都での保護者であれば、安心できる。ミシャ、いいだろうか?」

「もちろん」


 とてつもなく恐ろしい存在だと言うが、味方に引き入れたら心強いだろう。


「ガイについても、探偵に依頼をして、行方を捜しておくから」


 騎士隊への通報については悩ましいという。


「基本的に、騎士隊は大きな事件が起きない限り動かない」

「容疑だけでは、どうにもならないというわけなのですね」

「ああ……」


 叔父については見つけ次第捕獲し、引きずってでもラウライフに連れ帰るという。


「ミシャに迷惑をかけないよう、祈るばかりだが……」

「もしも発見し、何か騒動を起こすようであれば、即刻騎士を呼びますので」

「頼むよ」


 叔父の問題については、下手に動けば我が家も巻き込まれてしまう。

 慎重に事を進める必要があるのだろう。


 これで話が終わりだと思いきや、父からも報告があるという。


「実は、ルドルフとリジーが、王都に引っ越していったそうだ」

「ルドルフとリジーが?」


 一瞬、誰だっけ? と思ったものの、元婚約者と奔放な従姉だと思い出す。

 なんでも叔母を連れて、私や母と入れ替わるようにラウライフの地を発ったようだ。


「彼らと出くわさないように祈っておくわ」

「ああ、そうだね」


 父は私を王都へ送り出すのを心配しているようで、涙目になっていた。


「お父様、私は大丈夫よ。こう見えて、人生経験は豊富なんだから」


 年若い娘が何を言っているのか、と思われるかもしれない。

 けれども私には前世で経験した記憶がある。

 過労が原因で意識が朦朧となり、側溝に落ちてドブまみれになって死ぬ以上の、悪いことなんてこの人生では起こらないはずだ。


「だから、心配なんてしないでね」


 父は眉尻を下げ、困った表情を浮かべながらも、頷いてくれた。 

 

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