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まさかの大問題

 とうとう私の順番がやってきた。

 面接は教師と一対一で行われる。誰になるかは完全にランダムらしい。

 個人的には厳しそうだけれど、実は優しい眼鏡をかけたおじさん試験官がいい。

 若い男性の試験官でも構わない。

 何を考えているのかわからないエルフの試験官以外ならば、誰でもドンと来い!

 なんて考えながら扉を開くと、美しいエルフの試験官が笑顔で手を振っていた。


「ごきげんよう~、お掛けになって」

「し、しちゅれ……いえ、失礼します」


 動揺してしまったようで、さっそく噛んでしまう。先行きが一気に不安になってしまった。

 それからいくつかの質問を投げかけられたが、なんとか答えられた。

 思っていたよりも上手くいったので、ホッと胸をなで下ろす。


「結構よお。とってもいい感じ」


 まさかの褒め言葉に、期待が高まる。

 だが、次の瞬間には「あら、う~ん」と気になる反応を示した。


「あなた、身内に退学者がいるのねえ」


 誰だ、そいつは!! と思ったものの、すぐに叔父であると思い出した。


「実は、身内に退学させられた人がいると~、支援奨学金バーサリーを受けられないの」

「そ、そんな!!」


 うちは大変な貧乏で、魔法学校に入学できるほどのお金はない。

 そう訴えても、「学校の決まりだから~」なんてのんびりと言われてしまう。


「奨学金には三種類あって~、卒業後返済するもの、返済不要なもの、あと一つ、学費を返さなくてもいい奨学金制度があるんだけれど~」

「な、なんですか、それは!?」

特別奨学金アカデミック・スカラシップっていって、成績が優秀な生徒にのみ許可されるものよお」

「あ……」


 私の反応を見たエルフの試験官はくすくす笑う。


「そう。お察しの通り、あなたの成績では、選ばれない」


 ということは、私は魔法学校に通えない、ということになる。

 落ちたら諦めようと思っていたのに、ここまできたらなんとしてでも入学したい、という気持ちになっていたのだろう。ショックがあまりにも大きい。

 まさか、叔父のせいでこんなことになるなんて。

 


「可哀想に。合格圏内なのに、奨学金がもらえないせいで、合格を辞退しなければならないなんて~~」


 下がってもいいと言われたので、立ち上がったところ、扉を叩いて中へと入ってくる者が現れた。


「あらぁ、面接中よお」

「緊急事態です。温室を管理する個人指導教師テューターが逃げ出したようで、中の薬草が壊滅状態なんです」

「あら、どうしましょう」


 なんでもエルフの試験官は魔法薬学の教師らしく、寮で生徒に勉強を教える教師見習い――個人指導教師テューターに授業で使う薬草の管理を任せていたらしい。

 

「明日も授業があるのに、困ったわねえ」


 まったく困っているようには見えない。

 そんな彼女に、物申す。


「あの、もしかしたらその薬草、私が復活できるかもしれません」

「本当に?」

「はい。私は故郷で薬師をしておりまして、温室で薬草を栽培していたんです」


 積もりに積もった雪に温室のガラスが破壊され、中の薬草が壊滅状態だったことは何度かあった。そのたびに、肥料みたいな魔法薬でなんとかしていたのである。


「だったら、すぐにでもやっていただくわ~」


 そう言ってエルフの試験官は立ち上がると、私の手を握る。

 足元に魔法陣が浮かび上がり、一瞬で景色が入れ替わった。

 まさかの転移魔法である。

 そこはイングリッシュガーデンのような美しい庭で、ちょっとした管理小屋とガラスでできた巨大な温室がある場所だった。


「ここは?」

「ガーデン・プラントって呼んでいるの」


 温室の中に入ると、ほとんどの薬草が枯れていた。


「あら、酷いわあ」

「これくらいなら大丈夫です」

「何か必要な品はあるのかしら~?」

「水と魔石で十分かと」


 もっと酷い状態であれば、聖水なども必要だ。この程度であれば、簡単なものでいい。

 魔法陣を描き、エルフの試験官が用意した水と魔石を上に置く。

 淡く光ったので成功だ。これを雨みたいに、温室中に降らせる。


「――ザーザー降り注げ、来雨インベル!」


 魔力を含んだ雨が枯れた薬草に降り注ぐ。すると、淡く光った。

 みるみるうちに薬草は復活し、青々とした色合いを取り戻す。


「まあ、すごいわあ」


 あっという間に、枯れていた薬草は復活を遂げる。

 エルフの試験官は私の両手を握り、褒めちぎってくれた。


「あなた、とても優秀だわ。私の研究室に欲しいくらい――そうだわ! あなたの学費を私が払うから、ここを管理してくれないかしら~?」

「え?」

「外に小屋があったでしょう? そこで暮らして、薬草の管理をしながら学校に通うのよ~」

「それは寮に所属するのではなく、ここから通学する、ということですか?」

「ええ、そう。でもここは校舎の近くだから~、寮から歩いて通うよりはずっと近いわあ」


 なんでもここは個人指導教師テューターが住み込みで管理していたようだが、薬草の扱いが上手くできずに枯らしてしまうことが多かったらしい。

 それだけならばよかったが、エルフの試験官の人使いが荒いようで、長く続く者がいなかったようだ。


「洗濯は魔道具があるから心配いらないわ~。食事は昼間はカフェテリアに行っていただいて~、夜は食費を渡すから、自分で作るか、食べに行くかしていただける?」


 エルフの試験官は羊皮紙を取り出し、契約書を作ってくれる。


「お仕事は魔法学校の在学中、ガーデン・プラントにある薬草のお世話をするだけの、簡単なお仕事よ~。破格の待遇だと思うのだけれど~?」

「うう……!」


 果たして、私にできるものなのか。正直に言えば心配だ。

 あと、エルフの試験官が人遣いが荒くて、何人も逃げ出した、なんて話も気になる。

 相手はエルフ族だ。きっと、人の心がないような頼み事もしてくるのだろう。

 ただ、無償で魔法学校に通えるチャンスは、今、この瞬間しかないのだ。


「あの、アルバイトの許可は出していただけますか?」

「薬草のお世話の妨げにならないのであれば、どうぞご自由に~」

「空いている場所で、薬草の栽培は?」

「問題ないわ~」


 通常であれば許可がいる外出も、温室の裏にある出入り口を自由に行き来してもいい、と言ってくれた。

 他の奨学金を受ける者よりも、かなり自由がある。


「いかがかしら~?」

「わかりました。応じます」

「そうこなくては!」


 エルフの試験官の名前は、ホイップというらしい。年齢は二百五十歳。

 百年も前から魔法学校で教師をしているようだ。


「あなたの叔父も、知っているわよお」

「さ、さようでございましたか」


 かなりの問題児だったようで、学校側も頭を痛めていたらしい。


「あなたはどうかしらね~」

「退学にならないよう、頑張ります」

「ええ、お願いねえ」


 契約書にサインをする。

 悪魔の契約に乗ってしまったように思ってしまったのだが、気のせいだろう。

 何はともあれ、学費無償の学校生活を勝ち取ったのだった。

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