でんせつのけん
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―――おれは、でんせつのけんだ。
『エラー発生。エラー発生。地上部東棟三階にて非通電状態の機器が存在。エラー発生。エラー発生』
雲海を揺蕩う天空遺跡「ヴォルトエンパ」の最奥に、一振りの剣があった。
大型の魔獣の唸り声を思わせるような低音と、その中に混じる金属同士の擦り合う嫌な音。それらを奏でるのは、決して狭くない部屋の壁一面を埋めるような超大型設備だ。
そしてその眼前、部屋のほぼ中央には刀身の半ばほどが台座に突き刺さった剣がある。両刃直剣の西洋様式の剣は曇りも見えず、今まさに出来上がったばかりと言われても信じられるようだ。刃と同じ方向に伸びた鍔の中心部には突起のある輪という独特の意匠が見える。
―――おれは、でんせつのまけんだ。
「ありゃ、またどっか断線してんのか……よっこいしょ、っと」
華美ではないが硬質な美しさを見せる剣は、気の抜けた掛け声と共に『手足を生やして』自らが刺さった台座から抜け出す。
鍔から腕が、刀身の切っ先近くから脚が生えた剣はヒョコヒョコと歩き出す。その場に見る者が居れば驚きのあまり顎が外れるような光景であるが、生憎と金属交じりの重低音以外には何もない。
―――俺は、電設の魔剣だ。
◆
「これでよし、と」
刀身に日の光を反射させながら辿り着いた先では予想通りに断線していた箇所が見つかり、鍔から伸ばした手でそっと一撫ですれば被膜も含めてあっという間に元通りだ。
うーん、我ながらとんでもない能力である。
「んー、今日も平穏無事に何事も無しだなー」
伸びる箇所がある訳でも無いのに後ろ手に組んだ手を柄の方にグっと伸ばす。窓から見える庭には二羽のワキヤンを始め、長短二組の触角を持つ雷男ことナマルゴンが静電気で体毛が膨らんだエレクトリックシープの群れと戯れているのが見える。
ここからは見えないがハオカーやエヌムクラウ&カプーニス、レッドウィングコック、ブラークもその辺に居るだろう。いや、雷虎に幾つか食われてるかも。
「暇だなー……」
そんな光景もかれこれ……どれぐらい経ったっけ? まあ、そんな時間の感覚も忘れるほど長い間変化が無い。たまーに設備が壊れるのでそれを直すぐらいはするが、電気系の故障なら一撫ですれば直ってしまうのだ。精霊体を出さずにわざわざ剣本体に手足を生やすなんて非効率な真似さえしてしまう。
「誰か来ないかなー……」
生理的な活動を必要とせず、かと言って意識を失う事も出来ず、雲海を彷徨うヴォルトエンパから出る事も出来ない。良い拷問になると思う。
「さて、と……戻るか」
誰も喋る相手が居ないせいか――いや、剣が何で喋れるんだって話でもあるが――増えた独り言を有りもしない口から漏らしながらヒョコヒョコと歩いて部屋に戻る。
―――俺は、伝説の剣だ。多分。
◆
ヴォルトエンパ:過去に非常に発達した文明によりつくられた空中要塞。その機能のほぼ全てを電気により賄っている。当然ながら出てくるモンスターは殆ど雷系。
現在地上にある最古の文明とほぼ同時期に出来上がり、急激に発展を遂げたが急激に滅びた。よくある話である。
ここ千年ほどで他に空中に居住する国も出来たが、未だに発見されていない。個人レベルで存在を知っている者は居ない事は無い。
魔剣ヴォルトエンパ:ヴォルトエンパの中枢そのものと言って良い魔剣。主な仕事は電設。住人が居ないので非常に暇。電圧、電流、周波数全て自在に変更可能。万能発電機。
これ自体がほぼ無限かつ無制限に使える発電機だが、その真価は「全自動電設」にある。要するにその辺にブッ刺してほっとけば勝手に電気関連の工事が完了するということ。資材等どっから持って来るのか解らないが勝手に完成する。生産チートスキルを持った剣。正直発電能力などオマケである。
ただし能力の殆どは誰かから命令を受けないと使う事が出来ない。現在はかつて受けた命令通りにヴォルトエンパの整備業務にのみ使われる。
剣の精霊は地味に転生者。ただし数千年程誰にも会えていない。哀しい。