老後に大失敗した、気の毒なお話。

作者: ソウ マチ

 叔父の話なのですけれど……。


 以前のエッセイに「叔父は無口すぎて仕事でドイツへ行ったときに、イミグレーションで一言もしゃべらず別室へ連行されしまい、それでも数時間に渡って無言を貫き通し、とうとう一言もしゃべらないままドイツへ入国した」と書きました。もちろん実話です。


 叔父は貧しいひとり親家庭に生まれ福岡県の町立中学校へ通っていました。叔父の母(わたしの祖母)は成績優秀な子(叔父)に教育を受けさせるべく身を粉にして働いて進学費用を貯めていたのですけれど、残念なことに親子そろって無口なのが災いしました。母と息子で将来について話し合うことをしなかったので、叔父は中学を卒業すると勝手に京都府へ就職してしまったのです。母は驚嘆したそうですけれど、すでに内定が決まっていてくつがえすことはできなかったらしい。そして可愛い息子は遠く離れた京都府へ旅立ってしまった。そこは、親子で話し合おうよ……。


 京都府の精密機械の会社へ就職した叔父は、働きながら設計のお勉強をしました。知り合いが一人もいない土地で一人暮らしをしながら働いてお勉強するのは、並み大抵の苦労でなかったと思います。でも叔父は多くを語りません。だって無口だから。


 叔父が定年退職する直前に、わたしは叔父と京都駅で待ち合わせをしました。叔母(叔父の妻はわたしと遠い血縁関係です。つまり二人ともわたしの親戚)と三人で食事をするためです。京都駅の大階段を上って最上階からの景色が見たかったわたしは、叔父に「一緒に一番上まで行こう!」と誘いました。叔父は黙ってついてきてくれて、二人で最上階へいく長いながいエスカレータに乗っているとき…………、


 叔父:このエスカレーター、初めて乗った……。

 ソウ:え? おいちゃん、通勤で毎日京都駅に来とったんやろ!?

 叔父:あぁ。

 ソウ:何年間、京都駅を使っとったと?

 叔父:40年以上……。

 ソウ:それなのに、このエスカレーターに乗ったことないと!?

 叔父:あぁ。

 ソウ:イヤな予感しかせんけど、京都伊勢丹デパート(駅と直結している)には……?

 叔父:行ったことない。

 ソウ:エスカレーターも伊勢丹も以前はなかったけん、わからんこともないけど、ずっと昔からある京都タワーは……?(京都タワーは1964年竣工。京都駅のど真ん前にあります)

 叔父:行ったことない。

 ソウ:京都駅ならお店も遊ぶところもいっぱいあるやん!? ぜんぜん寄り道せんかったと!?

 叔父:寄り道なんて一回もしたことない。今日が初めて。

 ソウ:うわぁ……。(← どん引きしている)


 叔父は中卒で就職してから退職するまで、黙々と働き続けたのです(涙)。数十年にわたるサラリーマン生活で寄り道をしたのは、わたしが誘ったこの一回だけだったらしい……。すごいとは思いますけれど、ある意味怖いです……。


 叔父と叔母は滋賀県のベッドタウンで暮らしていました。昭和時代に開発された建て売り住宅に住んでいた。昔は近くに田んぼが広がるのどかな住宅地だったそうですけれど、今は開発が進んで家やマンションが立ち並ぶ町になっています。


 叔母は常々言っていました。


 叔母:お父さんが定年退職したら、のびのび暮らせるところに住みたい。田舎の家で畑を作って、のんびり暮らしたい。


 そして叔父が退職した時、満を持して二人は引っ越しました。京丹後だったかな? すみません、わたし、地理が激弱いもので。「京都府のはずれの田舎で海と山のあるところ」です。そこに中古の家を買って、二人は引っ越しました。わたしは滋賀県に住んでいたので、京都のはずれに引っ越した二人と会えなくなってしまった。そして数年がたちました。叔父と叔母の消息を知るのは、たまに叔母と電話をするわたしの母から聞く程度です。何度か遊びにおいでと誘ってもらったのですけれど、なんせ遠いので行けなかった。


 そんな折、叔父と叔母が引っ越すことになりました! なんで!? 慎重な二人のことだから、いろいろと考えて老後の生活設計を考えたはずなのに、どうして引っ越しするの!?


 母 :それがね、二人は別荘の多い場所で暮らしとったみたいなんよ。

 ソウ:田舎で暮らしたいって言ってたからねぇ。

 母 :ところが景気が悪くなって、その辺に人がおらんくなったらしいっちゃ。

 ソウ:別荘なんて買えるのは、お金に余裕がある人だけやろうしねぇ……。

 母 :そしたら共同管理の道路とか水道とかが、管理できんくなったらしくて……。

 ソウ:それは気の毒やねぇ!

 母 :だ~れも人がおらんけん、お店とかもなくなってしもうたらしい。

 ソウ:うわ、こわっ! 住めんやん! 老後の生活設計が総くずれやん!

 母 :そうなんよ……。これじゃあ暮らしていけんってことになって、仕方なく引っ越したらしいんよ。


 しゃかりきに働き続けてやっと定年退職を迎えて、長い間夢見ていた田舎暮らしをスタートさせたのに、過疎化で生活できなくなったらしい……。そして予定外の引っ越しを余儀なくされたらしい……。なんて気の毒な……。老後の生活、ムチャクチャになってしまったやん……。どうするんじゃろう? 気の毒やし、心配だわ……。


 ソウ:めちゃ気の毒やねぇ……。それでどこにお引越しされたん? 

 母 :以前に住んでた滋賀県の家は、売ってなかったらしいんよ。

 ソウ:良かったやん! それならその家に戻れるやん!

 母 :それがその家、誰かに貸してるらしいんよ。

 ソウ:貸してるなら戻れんけど、家賃収入があるなら良かったやん! 

 母 :うん。それで二人は〇〇に引っ越したって。

 ソウ:え? 〇〇? なんで?? 安いアパートでもあったん?


 〇〇は地理に弱いわたしでも知っている高級別荘地でございます。老後の生活がムチャクチャになったはずなのに、なんで高級別荘地?? 激安アパートでもありましたか?


 母 :そこで中古の別荘を買ったらしいんよ。

 ソウ:買った? 中古とはいえ高いやろうに、買えたん?

 母 :うん。そしてリフォームして暖炉とか温泉とか付けたけん、遊びに来てって言われた。前の家も暖炉とか岩風呂とかあったし、すごくキレイやった。

 ソウ:暖炉? 岩風呂?? どーゆーこと?? なんでそんなセレブの設備があんのさ?

 母 :そんだけじゃないっちゃ。庭にはバーベキューセットもあったし、なんもかんも(どれもこれも)高そうなモンばっか置いてあった。


 その後、母に聞き取りをしたところによると、サラリーマン時代の家も、過疎化で住めなくなった家も、高級別荘地の家も、すべて叔父が所有しているらしい……。


 ソウ:慎重なおいちゃんのことやけん、ローンは組まんやろうね……。

 母 :そうやね。ぜったい現金一括払いしとるね……。

 ソウ:完済した家が3軒……。なんで二人暮らしなのに、家が3軒もあるんね?

 母 :知らんっちゃ! わからんばい! そんで温泉に入りにおいでって言っとるばい!


 どうやらわたしのカン違いだったようです。老後の生活設計がダメになったのは事実らしいのですけれど、だからといって同情や心配は無用だったらしい……!! 身内なのでほっとした半面、うらやましい! なんでそんなにお金があるんだ!? (← 長い間まじめに働いて、堅実に生活したからです)


 ここまで書いて、思い出しました。ずっと以前に福岡の母と合流して二人で叔父のところへ遊びに行ったとき、叔父と叔母がすごく喜んでくれて「今日の記念に」って18金のブレスレット(!)をもらったんだった……。当時のわたしはお金に困っていなかったから「ありがとう♪」ってなにも考えず素直に受け取ったけれど、いま考えたら18金のブレスレット(!)ってフツーじゃないよな……。


 もし今後お金に困ったら、アレを売り飛ばそう……。そうだ、そうだ。そうしよう♪♪