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《No.05 : H-sh3r1》

天命(テンメイ)なんだ…お前さんには使命がある…ワシを助けてくれ」

ずっとジン様が仰ってた言葉の意味はマスターと出会ってわかった。マスターは七歳の時ご両親を失ってしまった。大型軍用兵器オオガタグンヨウヘイキの運搬中の暴走、その時代で言うと不幸な事故。よくあること。

死者二名、軽傷者一名。大型軍用兵器の暴走にしては小さな事故。

そんな風に報道された事故の生存者は幼い日のマスターだった。死者はマスターのご両親であり、その死体は原型を留めていないほどぐちゃぐちゃだった。葬儀すらまともに行えないほどだったそうだ。恐らく両親の死に様を最初から最後まで直視してしまったのであろう。マスターは心を失ってしまった。失うしか生きる道はなかった。何も喋らず、ただ一日中家の中を歩き周り今は亡きご両親を探し求めて(タダヨ)うマスター。夜はうなされ、昼間は現実を無理やり見せつけられる日々。マスターは日に日に衰弱して、痩せ細りそれでも家族の幻影を追いかけ彷徨う。ジン様は一人息子だった息子とその嫁を失い、愛して止まない小さな孫の心が壊れ、命の火が消えかかって行くのを目の当たりにする日々に、残酷すぎる現実を悲しみ、それでいて何もしてやれない自分を恨み苛立ち、酒に溺れていた。


そんな時拾われたのが私だ。マスターのご両親が無くなって半年程たった頃、苦しさに潰されかけ、酒を買いに現実から逃げた帰り際ジン様は不意に空に願った。そうしなければならない気がしたそうだ。

「どうか孫だけでも幸せに…神も仏も信じて来ませんでしたが、この一度だけ、ワシの願いを叶えてくださいませ」

誰に願ったかも分からない、聞く人も居ない路地裏でそんな曖昧な願いを唱え、重たい足取りで帰路に着こうとした矢先ジン様は路地裏に打ち捨てられていたボロボロの私を見つけた。

「天使が落ちて来たと思ったんじゃ…真っ白な美しい天使が…」

しかし、近ずいて見て驚き吐き気すら覚えたそうだ。両足を失ったアルビノの少女、ボロボロに化膿し腐りかけた傷口、技師であるジン様にはすぐにわかった。この子の足には本来義足がハマっていたこと。それを奪われた上に適切な処置を受けずに捨てられたこと。軍事利用された身体は見るからに無惨で、それでいて極端な訓練の影響であろう不自然な筋肉の付き方をしていた。このままではいずれ死んでしまうだろう。

ジン様は決心したそうだ。天命を受けたとすら言っていた。

「これは試練、孫の幸せを願うだけでは足りぬ。もう一人幸せにしてみせろということですね…お天道様はお厳しい…」

そう思いすぐに私を抱き抱え工房に走った。すぐに医者を呼び、忌み嫌われるアルビノに顔をしかめる医者に金を握らせ、無理やりみさせたそうだ。私は一命は取り留めた。しかし、機械のように簡単に心は治らない。ベッドで寝たきりの目を覚まさない私、幼い身体で必死に家族を求め彷徨うマスター。その二人の看病にジン様は寝る間を惜しんで、命を削って励んでくださった。

そして、努力は意外な形で実を結んだのだ。ある日、ジン様が目を離したほんの数分、食事後の食器洗いのための一瞬、家族を求め彷徨うマスターが私の部屋に迷い込み、絶望して寝たきりの私と偶然出会ったのだ。そこで初めて私は強い優しさ、愛情に限りなく近いものに触れた。そしてそれはマスターの心にも起きた現象だった。マスターにとって生きているジン様意外の人間を認識する。それは壊れた心では難題過ぎた。しかし、マスターの中の心の破片、バラバラのパズルのピース、優しさというピースはしっかりと生きていた。一つ目の心のピースを取り戻したマスターは、少しづつ明るくなって行った。優しくて明るいマスター、その太陽すら凌駕する明るい心は私の壊れた心さえもゆっくりと溶かし、繋ぎ直していった。


「頼みがある」

ジン様はお酒を(タシナ)みながら私に耳打ちする。内容は普通なら簡単なお使い。ただマスターの欲しい物を聞き出すこと。出会って約二年が経ち、九歳の誕生日が近ずいたマスターだったが、後遺症なのか子供らしい所をあまり見せなかった。朝起きて昼食まで本を読み、読めない文字を私やジン様に聞く。あとは基本的にニコニコしながらジン様が工房で作業する所を眺めている。その繰り返しで日々を生きていた。素直で優しい幼いマスター。しかし、私にも何が欲しいのか見当がつかなかった。ジン様がマスターにおもちゃを渡したことがあった。それを貰ったマスターは嬉しそうに私に走りよって来て「あげる!」と言って私にくれた。私が初めて作ったケーキをあげた時も、最初の一口を持ってジン様の所へ走って行き「あげる!」と食べさせてあげていた。マスターには欲が無いのだ。欲のピースは失ったままなのだ。きっと望んでも戻らない失った家族への思い。それがマスターの心に埋まらない穴を開けていた。正確に言えば知識欲だけはあるのだが、いよいよその欲も子供らしさを失いジン様の過去の設計図を一日中見るようになって行った。まるで、絶対に手に入らない欲を別の欲で満たすように。

私は悩みに悩んだ結果諦めて直接聞いてみることにした。しかし、マスターの発言は予想の範疇を超えさらに抱きしめたいくらい切実で悲しいものだった。

「家族かな?家族が欲しい!」

いつもと変わらないニコッとした笑顔でそう言ったマスターだったが、初めて会ったあの時、私を救ってくれた時の絶望した瞳をしていた。

私は考えるより先に身体が動いた。車椅子から崩れるように降り、筆談用のメモ帳を投げ捨て、マスターを抱きしめることしか出来なかった。受けたことの無い優しさ、それでも本能がそうしろと叫んだ。しかし、キョトンとしたあとマスターはまた設計図を読む作業に戻ってしまった。


その日の夜、ジン様にこの話をするか私は悩んでいた。家族の温もりを知らない私。そんな私には家族を失ったマスターの苦しみが本質的な部分で分からない。その愛を受けたことが無いのだ。どうすればマスターに「家族」をあげれるだろうそのことを考え、悩んで頭がいっぱいだった。泣きそうだった。

「わかったんだな…そんなに難しいもの欲しがっていたんか?」

私の顔を見て何か察したのかジン様が話しかけてくる。しかし、私にはどうすれば良いか分からない。話すべきか、話さないべきか。そんな私を見てジン様は続ける。

「言ってみろ…一人で苦しむことはない…一緒に考えよう」

私がマスターの欲しいものを泣きながら話すとジン様は悲しげな顔をし、少し眼をうるませた。しかし、天才技師と呼び声高いジン様、それは依頼主のオーダーを絶対に完遂(カンスイ)してみせる。今回の依頼主はマスターだ。そして作る作品は「家族」どんな形であれそれを完成させる。

二人で作戦会議を朝方までして、一つの曖昧な結論が出た。

「彼の夢をひとつ残らず全部叶えてあげよう」

一晩悩んで決まったのはたったそれだけ。それを望むのが本当の愛、家族だと思ったのだ。


私はその日からマスターに四六時中付きっきりになった。たくさんのメモ帳を使った。筋肉痛になるほど筆談した。そんな私を心優しいマスターは嫌がることは無く、本で読んだ動植物のこと、お爺様が書く図面の機械のこと、好きな食べ物、嫌いな食べ物、やってみたいこと、失敗したこと、たくさん教えてくれた。私はそれをジン様に夜話し、アドバイスを貰いながら時にはサプライズで、時には一緒に私なりの精一杯で叶えるようにした。

そしてそんな中でマスターの才能は突如(トツジョ)として発揮され、私とジン様に再び悩みと可能性を与えた。

マスターは八歳にして製造可能な設計図を作れるようになっていた。しかも模倣品ではなくオリジナルの設計図を一から。読書や見聞きして得た膨大な「知識」と、先天的なのか後天的なのか分からないが恐ろしい「発想力」、そしてそれを図面に落とし込む「応用力」、その三つが噛み合い天才とも言える知性と技術が生まれていたのだ。

そして、ある日再びジン様と私をマスターは驚かす出来事をやってのけた。工業用の作業アームを一人で四台操って見せたのだ。常人であれば一台で十分、プロで二台出来れば上出来、天才と呼び声高いジン様ですら三台同時に扱うのが実用性の限界と言える工業用アームをなんの迷い、躊躇いもなく操り笑う八歳の天才少年は確かにこの世に芽吹いていた。


「マサキの才能は人間の範疇を超えとる…オリヴィア…ワシは決めたぞ…」

その夜、ジン様は一晩中マスターのために図面を描いていた。鉛筆を握り手を真っ黒に染めながら一心不乱に資料と図面をかき混ぜる。マスターの才能の前では常識など毛ほども価値が無い。義肢作成の基礎、常識、セオリーそれらを一度捨てなければマスターの才能は活かせない。

しかし、図面は三日たっても五日たっても、一ヶ月たっても完成しなかった。「家族が欲しい」その願いを叶える図面、芽吹いたばかりの凄まじい才能を花咲かす図面、その二つが共存したそんな神器が製造できるのか。天才技師であるジン様の作業は難航を極め、ジン様は少しやつれてすらいた。


私に出来ることは何か、マスターの求めるものは何か私は毎日思い悩み、逃げずにマスターと向き合い受け止めようと思った。そしてマスターに何気ない風を装い尋ねる。

「家族と何がしたいですか?」

禁句、家族を知らない私と、家族を失ったマスターそんな二人にとって叶わない夢であり、絶望の象徴。カミソリの刃を握りしめるような愚かな行動。言葉にするだけでめまいがした。

そんな私の最低最悪の質問にマスターはあの絶望した瞳を一瞬見せ、すぐに笑って私に答える。

「抱きしめて欲しい…かな?あとは分からないや!」


その夜、またジン様にその話をした。ジン様は驚いた様子で、少し悲しげに優しく私の頭を撫でた。

「ありがとう…アイデアが浮かんだよ…明日から取り掛かろう…」

私の捨て身の行動、硬い殻を破る自殺行為。それは確かにジン様の技師としての心に届いた。そして私達は眠りについた。少しの不安と大きな決意を胸に。


翌日からジン様は設計図を描き始めた。マスターの誕生日に、愛する孫の誕生日に間に合わせなければならない。昼夜問わず資料を引っ張り出し、知り合いの技師達に頼んで知恵を借り、夢物語と笑われながら技術を貪った。

そして義肢はマスターの誕生日一週間前に完成した。

品番「H-sh3r1」

 それがマスター専用の義肢、本来人間では扱えない神機、夢の名前だ。それは、無骨な見た目で父親の力強い腕を思わせる大型重機が二本、母親の優しさを彷彿とさせる細身で凹凸の少ない滑らかな見た目の小型の重機が二本、合計四本のアームが背中から生えている。二個の技水珠の高出力で駆動する規格外品。いっそ一般人からしたらガラクタ、ゴミ、技術の無駄使いと言っても差し支えない。しかし、その姿は美しくまさに神仏の像と肩を並べても差し支えないほどであった。全体的にほとんど歯車も配線も露出しておらず、艶消しされた銀色。右胸にピンクを基調とした技水珠(ギスイジュ)、左胸にブルーを基調とした技水珠(ギスイジュ)がそれぞれ愛し合い、支え合うようにはめ込まれている。操作方法は手元にある剣道の小手のような見た目のアームに左右の手を差し込み、スイッチやワイヤーを用いて背中の大型アーム四台それぞれ動かすというもので、ピアニストの指がつるほどの繊細さとスピード、正確さが必要とされる。さらに、それぞれのアームの先端には義手が装着されており人間の指の正確さと人体では出来ない豪快な加工を可能としている。神機の誕生である。

マスターの誕生日、愛しき私の救世主が生まれた日。その小さく細い体にはまだまだ大きいその義肢を付け、マスターは無邪気にはしゃぐ。

「凄いねお爺ちゃん!これでいっぱい作ったりできるね!」

それぞれのアームをグーパーしながら嬉しそうにマスターは言う。その瞳に絶望は無く、決意のようなものすら感じた。そして神機を背にし可能性と希望、幸せを手に入れたマスターはすぐに私とジン様に微笑み神仏が天啓を告げるようにそっと口を開く。

「ありがとう…これでやっと出来るよ…」

その言葉の本当の意味を理解していたのはマスターだけだったろう。


「そのアームで何を最初に作りたいですか?」

私は何気なく、なんの裏もなく、彼の最初の作品に期待して聞いたつもりだった。

マスターはイタズラっぽく、それでいて愛に満ちた声で答える。

「家族!」

そう言って四本の大きなアームとマスターの小さな手が私とジン様をギュッと抱きしめた。

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