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《No.04 : AH-k1n1r2a》

「私は生きてて本当に良いのだろうか?」

そんな疑問を持つことも最近はかなり減ってきていた。私は今、猫ノ手技水工房ネコノテギスイコウボウで受付とマスターの補助をしながら暮らしている。私はこの工房に拾われる少し前まで兵器として使われていた。その時の影響で自分の年齢はイマイチはっきりしていないが、二十代中盤だと思う。物心ついた時には軍事実験の施設にいて、様々な実験に使われる生活。真っ白な髪と真っ赤な目、先天性白皮症は俗に言うアルビノのことであり、そんな子供達だけを集めたそこは十年以上経った今でも、議会で問題になるほど非人道的な施設だった。

 「人体兵器化計画ジンタイヘイキカケイカク」それがその施設で行われていた実験の名前だ。恐ろしい記憶だが、人体の限界を克服するという名目で、薬品や機械移植、その他様々な非人道的な実験が国の指示のもと行われていた。一部を機械に置き換え人間の限界を越えさせる。私が最後に受けたのはその手術だ。健全な肉体から必要であればその四肢を切り落としてまで置き換えが行われる悪魔すら怯える実験。その時代、アルビノの子供は忌み嫌われ捨てられ、身寄りがない事が多かった。そこに目を付けた軍はアルビノの子供達の保護を名目に子供達を集め、人体実験の材料に使っていたのだ。

私の足はその時奪われた。置き換えられたのは両膝から下の全て、その時の学者達は動物を模したモデル開発に着目しており、私はカマキリの鎌がモデルの義足を装着された。全体的に細く、ふくらはぎの部分が鋭い刃物になっているだけのシンプルな作り、しかしその刃の切れ味は軍用品であり、回し蹴りで人の首が飛ぶような物騒な代物だった。体が金属への拒絶反応を起こす私に面倒くさげに鎮静剤だけ打つ学者の顔が忘れられない。拒否反応に耐え、休む間もなく義足を使いこなすための訓練を血を吐きながら施された。そして戦場へと送り出された。

「戦争に勝てば家族に会える」

そんな甘い言葉を囁き、上官と施設の学者達は子供達を戦場に躊躇いなく送る。愛も温もりも知らない悲しき子供達はただ「家族」という漠然(バクゼン)とした温もりを求め、奪われ虐げられたその白い身体に返り血を浴び続けた。


ある時、私の足は限界を迎え使い物にならなくなった。度重なる戦闘と不適切な処置を重ねられ、化膿し磨耗(マモウ)し修理のしようの無くなった私は、また施設に戻され実験に使われるか、家族の元に帰れるという愚かな期待をしていた。最悪の状況でありながら、楽観視していたのだ。まだ必要とされていると本気で思っていた。そんな淡い希望すらこの世界は私達に許さなかった。揺れる軍用車の荷台、壊れ使い物にならなくなった身体と、絶望の直前で壊れかけた私の心を迎えたのは確かに賑やかな街の灯りだった。しかし、灯りは少しずつ暗くなり街の喧騒も薄らいだ頃、私は走る軍用車の荷台から蹴落とされた。

 街の路地に捨てられたのだ。

使い捨ての駒、戦争で生まれた空薬莢(カラヤッキョウ)のように私は石畳の上に無様に叩きつけられた。

涙は出なかった。声も出なかった。完全にバラバラに飛び散った私の心の破片は、道行く人にきっと蹴散らされてしまったのだろう。そう思った。


「酷いもんだ…うちに来るか…?」

遠のく意識の端っこで酒やけした声がそう言って、私を抱き上げた。その男性は濃い潤滑油の匂いと酒の匂いがした。初めて知った温もりだった、優しくベッドに私を下ろし布団をかける男性の手、朦朧(モウロウ)とする中で触れるシワの寄った手、その手が優しく私を哀れんでいるのが肌に触れる度わかった。それがマスターのお爺様、銅田(アカダ) ジン様との出会いだった。ジン様は私をわが子のように看病してくださった。心を失い、声を失い希望を失った私に、ジン様は毎日優しく声をかけた。

「天命なんだ…お前さんには使命がある…ワシを助けてくれ」

ガラガラとした声でジン様は悲しげに話しかけてくださった。

ある日、心が微かに動かせるようになった頃、目だけ動かせるようになった頃、ジン様以外の気配がした。小さな小さな子供、私と似た悲しげな雰囲気を纏う絶望した瞳。見えない何かを切望しているように、それに耐えるように服の裾を握る小さな手。固く結ばれ少しひび割れた唇。

彼こそが幼き日のマスターだった。マスターは静かに、恐る恐る私のベッドに近寄り私に向かって手を伸ばす。そしてマスターの少しひんやりした手が私の口元に触れた。その柔らかで小さな手は私の口元に入った一本の髪の毛を耳にかけてくださった。私の心が大きく動いた。初めて涙が出た。優しさだ。同じ絶望した心を感じたはずのその幼いマスターは、それでもなお優しく人を思いやることを失っていなかった。泣き出す私を見てマスターは小首を傾げる。それでも止めどなく流れる私の涙を一生懸命自分の袖で拭ってくれた。またその優しさが、初めて知る優しい温もりが、私の目から涙を湧かせ止めどなく流れさせた。


あの小さなマスターの優しさに触れた日から三年の月日が流れた。十歳の誕生日、マスターの生まれた日。私は知っている。ジン様が仰っていた私の使命、天命、私の残りの人生を尽くすべき事。それは、「マスターを幸せにする」ただそれだけだ。私がジン様に拾われた時、マスターも家族を失っていた。私と違って家族の温もりを知ってしまっていたのだ。幼い心には突如として戦争で両親を奪われる残酷(ザンコク)さは耐え難いものだっただろう。それでも、黒い絶望に飲まれてもなお、マスターは優しさを失わず、私を思いやってくれた。そんなマスターが自らの十歳の誕生日に見せてくれた物、それはある手作りの道具だった。

本の型を模した義肢、少し不器用な溶接と鳥のレリーフが表面を覆う着色も何もされていない本型の何か。

それは私へのプレゼントだった。

「オリヴィアさんいつもありがとう!大好きだよ!」

そう言って笑うマスターは私に義肢を渡す。そして得意げに説明を始めた。


品番「AH-k1n1r2a」

彼いわくこの義肢の名前は「Canaria」彼が初めて作った義肢で技水珠(ギスイジュ)を用いた擬似的な声帯だそうだ。私はあの夜、石畳に打ち捨てられた日から声を出せなくなっていた。そんな私を思い、マスターはジン様の指導のもと初めて義肢を作ったのだ。優しいマスター。彼が十歳の誕生日に願った物、大切な大切な記念すべきプレゼント。それは私に送るための技水珠(ギスイジュ)だったそうだ。

「Canaria」の使い方を説明するマスターは愛らしく、少し照れくさそうに頬を赤らめながら懸命に伝えてくれた。その愛らしい未来の天才技師は最後に説明をこう締めくくった。

「歌い続けるカナリアをイメージしたんだ!オリヴィアさんがいっぱい喋れるようになったら嬉しい!」


微睡(マドロ)みから覚めた。

今日来た依頼主が元軍人だったということで昔の夢を見てしまったようだ。私は自分が無意識に泣いていたことに気づき涙を拭おうとした。するとどこからともなく潤滑油の匂いがする袖が現れ、私の目元を優しく撫でた。

「ベッドで寝ないとダメだよオリヴィアさん?怖い夢見ちゃうからね!」

 そう言って去っていく眠たげなマスターの背に向かって私は聞こえないように呟く。

「愛してます。マスター」

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