前へ次へ
3/7

《No.02 : b2n2k3r1g4》

《No.02 : b2n2k3r1g4》

「パパにまほうをかけてください」

そんな一文が書かれた可愛らしいクレヨンで書かれた手紙がポストに入っていた。

差出人はアイリス・パーカー、おそらく小さな子供であろう可愛らしい字の手紙だった。そしてもう一通、達筆でありながら少し丸い差し出し人の優しさが伝わる文字が並ぶ、アイリスさんの母親からの手紙も添えられており、それには突然手紙を送ったことへの謝罪と、娘の手紙を無視しても構わないという趣旨(シュシ)のことが書かれていた。

私は手紙を膝の上に置き、車椅子を三階のマスターの部屋へと転がす。この手紙を依頼と取るかそれとも気にもとめないか、彼のみぞ知る物だからだ。

たまにだが嫌がらせや冷やかしの手紙が届く。若くして工房を構え、天才と謳われる十八歳の青年、それは妬みの対象であり手頃なストレスのぶつけ先と判断されがちなのだ。

マスターはまるで活発な子供のような性格だが、それに反して内に秘めた恐ろしい程の賢さがある。

その目は日に透かしたビー玉のように美しくあり、それでいて人の心を見透かすナイフのような鋭い一面も持ち合わせており、マスターは悪意も好意も一瞬で見抜いてしまう。私は何度か冷やかしの手紙が読まれもせずに溶鉱炉にダイブするのを見てきた。マスターに手紙を渡すと、アイリスさんの手紙だけ見て直ぐに楽しそうに言葉を弾ませる。

「ずいぶん可愛らしい依頼人だね!いつお話出来るかな?ワクワクするねオリヴィアさん!」

私に声をかけるマスターの目には、この可愛らしい依頼人はとても魅力的で素敵な依頼に写ったようだった。マスターの返事を聞いて、すぐに返信の手紙をしたため日程調整をする。そうしないと彼のワクワクが暴走し、あらぬ方向で発散される場合があるからだ。新しい飛空艇を開発しようとしだした時はさすがに肝が冷えた。そんな予算は国家レベルで無ければ算出できない。あの状態になられるのはまずい。

三日ほどしたまん丸な花のような雪の降る日にアイリスさんと、その母親であるローズさんは工房にやってきた。

「ここにようせいさんが居るんでしょ?」

扉の前で雪を払いながら五歳くらいの女の子が嬉しげに母親に尋ねる。私から見れば、そのモコモコした白のコートを着た白ニット帽の幼女の方がよっぽど妖精さんだが、おそらくアイリスさんの言う「ようせいさん」とは、マスターのことだろう。

ある有名な小説家が取材の時、自分の左腕の美しい義手について聞かれた時に、

「妖精に貰った宝物さ!ある所で出会った小さな妖精が私の左腕に魔法をかけてくれたのさ!」

と言ったのが発端となり、マスターは「工房の妖精」と呼ばれるようになった。そのなんともむず痒い呼び名がこんなに小さな子供の中に広がる程、その小説家が有名になったことに驚きつつ、マスターの知名度が上がったという点では感謝している。

アイリスさんとお揃いの白いコートと白い耳あてに美しい赤色のマフラーを巻いた上品な女性が少ししゃがんでアイリスさんに言う。

「そうよ?妖精さんにお願いしてみましょうね!ほらアイリス!一人目の妖精さんがお迎えに来たわよ?」

どうやら私も妖精さんの仲間入りをしてしまったようだ。そんな親子を工房に招き入れ、この親子がマスターを見てどんな反応をするのか楽しみになってきた。紅茶とクッキーを出しつつ工房のマスターに声をかけようとした。しかし、私は悲しいことに一瞬躊躇(タメラ)ってしまった。私は擬似声帯(ギジセイタイ)と少しの肉声を混ぜながら喋ることしか出来ない。過去の後遺症とはいえ、人によっては怖がったりびっくりする人もいるこの声で、この可愛らしい幼女の前で話していいものか、そう思ってしまったのだ。しかし、手に持つ擬似声帯を見て思い直す。声を失った私にマスターがくれた宝物、「カナリア」それがこの本型の擬似声帯(ギジセイタイ)のモデルであり、マスターが込めた願いなのだそうだ。「歌い続ける鳥カナリア」、そんな風にいつか一緒にいっぱいおしゃべりしたいと言う願いが込められているそうだ。

私はそんな事を少し思いつつ、緊張しながらマスターを呼んだ。声を出したあと、ドキドキしつつアイリスさんの方をチラッと見ると彼女は目をキラキラさせていた。

「それもまほう?ちいさなようせいさんのまほう?それともおにんぎょうさんのまほう?」

私の躊躇(タメラ)いとは裏腹にアイリスさんは大喜びだった。その質問にはマスターの魔法と答えておいた。きっと彼女には私がお人形さんに見えたのだろう。車椅子に座り黒いひざ掛けを纏い、真っ白で血管すら透けて見えそうな肌にピンクとも赤ともとれる瞳を持つ私は俗に言うアルビノだ。

よく言えば真っ白なお人形さん、悪く言えば生気を感じない異物、そんな私を見てアイリスさんはお人形さんと表現してくれたのだろう。マスターが手紙を気に入るのも頷ける。

「スゴイねママ!小さなようせいさんはしゃべる可愛いお人形さんも作れるんだね!」

可愛いと言われてちょっと照れていると、マスターが二階から降りてきた。彼は何故か小さな金属製の翼と、魔法使いを思わせる黒い帽子を被って登場した。


 案の定ぷるぷる笑いを堪えている私とローズさんを後目(シリメ)に、マスターが口を開く。

「いらっしゃいませお姫様!どんな魔法にしましょうか?」

連動しているのか、どういう仕組みなのか見当もつかないパタパタ羽ばたく飛膜(ヒマク)に気を取られないように注意しつつ、マスターの紅茶を()れる。本当に子供のような無邪気な人だが、この翼は昨日まで工房に無かったはずだ。製造されたのはおそらく今日の午前中、連動して動く翼を一日で完成させてしまうマスターの行動力と技術に(アキ)れつつ、まだ笑いでぷるぷる震えているローズさんに助け舟を出す。

「この方が小さな妖精さンです。依頼内容をオ聞かせくださイ」


 依頼内容は複雑と言っても良かった。ローズさん達の依頼は医師である旦那様のハワード・パーカーさんの義肢を作って欲しいという物だった。しかし、要望に対して予算があまり出せないこと、極力本人にサプライズで渡したいためフィッティングが出来ないということ、そして医療器具を扱える義肢でり、正式な認可が必要であることだった。不安そうなローズさん達を後目にまたマスターは、アイデアの深い海に潜り始めた。デジャブを感じつつ、再び彼女達に向き直り説明を行う。キャンセル不可であること、お二人が依頼するかしないかを自由に決めていいこと、そして加えてマスターの腕が確かなことを念入りに伝えた。

「クラゲが良いかな…蜘蛛が良いかな…うん!クラゲだ!種類はベニクラゲ!素敵でしょ?」

聞きなれない動物の名前と、唐突な質問に完全に凍ってしまったローズさんと私をほっといて、アイリスさんとマスターは一緒に喜んでいる。

「クラゲさん可愛いよね!クラゲの魔法ってなぁに?ぷるぷるするの?」

アイリスさんの純粋な質問にマスターは明らかに違う気がするが嬉しそうに頷いている。アイリスさんとマスターが共鳴している間に、筆談でローズさんにさらに詳しい事情をきいてみる。

ローズさんの旦那様であるハワードさんは大変正義感が強く優しい人だそうだ。その志は人々を助け、全ての人が平等に医療を受けられるようにすること。それを目標にずっと働いて来たそうだ。しかし、彼が経営する病院の経営はその安く設定した医療費に加え、周辺医療機関からの根も葉もない噂による嫌がらせによって、厳しく苦しいそうだ。最先端の医療機器も買えず、はっきり言ってほとんど赤字だそうだ。仕事のことで思い悩む大好きなパパを見て、アイリスさんは幼いながらに助けたいと思い、美しい魔法の道具を作ると噂の「ようせいさん」に手紙を出そうとしたという事情だったようだ。

最初は止めたローズさんも、自分の愛する夫を思う、愛すべき優しい娘の気持ちを無下には出来ず、ダメ元で一緒に手紙を書いたということだった。

 そうこうしているうちにアイリスさんとマスターは仲良しになったようで、二人でお茶菓子のクッキー片手に工房内を探検しだした。五歳とは言え優しく賢い子なのだろう。決して勝手なことはせず、マスターの手をしっかり握って、滑らかに動く歯車や試作品の残骸が入った箱を見て回っている。一方マスターの方はよほど楽しいのかクッキーを咥えながらモゴモゴとアイリスさんに一生懸命説明している。後で行儀が悪いとお説教しなければいけなくなった。

「兄弟みたいですね」

そう言ってローズさんも紅茶を飲む。炉や蒸気機関の影響で暖かい部屋の中でゆっくりとした時間が流れ窓に当たる雪をゆっくりと溶かす。。


 探検に満足した様子のお子ちゃま二人が帰って来た。アイリスさんの手にはどこかで見覚えのある金色の金属製で出来た小鳥が握られており、ニコニコしている。

「ママ見て〜!」

そう言ってローズさんに駆け寄り、アイリスさんは可愛らしい小鳥を見せに行く。あらかた書類作成に必要な情報は聞けたことをマスターに伝えると、イタズラっぽくニコッとした後一言耳打ちされた。

「依頼のお金はね?アイリスちゃんの出世払いにしようね」

そう言って離れて行ったマスターを見て、彼がどこまで気づいていて何を知らないのか気になったが、聞くことはしなかった。

マスターは優しく賢いそしていつも何かを秘めている。マスターの行動は常に人々の幸せを願っており、そのために行動し努力している。幼い行動が多いマスターだが、それが本当の彼の本質的性格なのか、それとも人を思っての演技なのかそれは私でも分からない。それがマスターの魅力であり愛しさの根源なのだとさえ思う。なのでマスターがアイリスさんの出世払いで良いと言うのであれば、それが一番正しく正確で人々を幸せにするのであろう。

 帰り際、遊び疲れて眠り微笑むアイリスさんをおぶりながら、ローズさんが懐から財布を出そうとする。

私はそれをそっと手で遮って、首を横に振りながら擬似声帯を起動する。

「マスターは依頼料のお金ノ目処がたっタと言ってイました。製作依頼をなさイますか?」

不思議そうにするローズさんを見ながら、立ったままコックリコックリしているマスターは眠そうにしながら頷く。

「は…はい…?その…せめてこの金属製の小鳥のお代だけでも…」

そう言ってアイリスさんの握りしめた小鳥を見ながら再び財布に手を伸ばすローズさんを見て、マスターが目を擦りながらあくび混じりに言う。

「大丈夫…大丈夫…お代は後でアイリスちゃんに貰うから…ネムいのよもう…アイリスちゃんが理由を知ってるから後で聞いてみてね〜…」

そう言って手をヒラヒラと振り、欠伸を噛み殺す。限界なのか、私の車椅子の押す部分に体重を任せ始めるマスターを見て、ローズさんも諦めたようだった。

「では、お姫様に素敵な夜を」

突然美しいお辞儀をしてマスターはそう言った。そう言ってすぐにまたダラっとした姿に戻り金属製の翼をパタパタさせながらマスターは工房の中に戻って行った。


冬が終わり暖かくなった頃、花々が咲き乱れるのを待ちわびる時期。義肢作りは佳境を迎えていた。後はついに装着者となるハワードさんの体格に合わせ、微調整をするだけになっている。突然工房に連れてこられ、オーダーメイドの義肢を付けると言われて、ハワードさんは混乱し明らかに緊張している。

 品番「AO-b4n2k3r1g4」

それはポンチョのような見た目の義肢だ。モデルとして選ばれたのはベニクラゲ、医療の最終目標の一つとも言える「不老不死」の可能性を秘めた生き物だ。この生物は転生とも言える性質を持っており、一度幼体に戻ることで再生を行う。この生き物をモデルにした義肢は、全体的に薄く丈夫な膜で覆われており無菌室とまでは行かないが医療現場での衛生面を向上させている、そして所々傘のように骨ばった筋があり、内部にアームが収納されている。内部には医療用メスなど、治療に必要となる器具を格納する機構も併設され、クラゲの触手を模した複数のアームで医療器具を掴み迅速に切り替えることが出来る。そして最大の特徴は技水珠(ギスイジュ)の発熱と水蒸気を用いて殺菌を行えることだ。技水珠は内部温度がかなりの高温になる。本来であれば断熱され外部に出ないその熱を一部取り出し、熱による殺菌を可能としている。これにより水さえあれば器具の殺菌処理を行い再利用を可能としている。まさに不死の義肢、移動手術室、医療の新境地である。ついに完成したハワードさん専用の義肢、愛娘と愛妻からの優しい愛。

彼の救世主となりうる存在を身につけているはずなのだが、彼自身は病人のごとく青ざめていた。心配になって尋ねると彼は苦笑いしながらこう言った。

「最先端過ぎて…こんな凄い代物を…国立病院で使えそうな設備を…代金が…娘の出世払いなんて…なんと言ったら良いのか…」

優しいハワードさんにとってこの義肢は感動以上に愛娘の将来への枷となり、アイリスさんを苦しめるのではと、不安の種となってしまったようだ。またマスターの被害者が増えてしまったと思いつつ、私はマスターがどんなカラクリでアイリスさんから代金が回収出来ると言い切ったのかワクワクしていた。一方でそんな父をしりめにアイリスさんはマスターとお絵描きに励んでいる。アイリスさんの幼い落書きとファンタジーのお話を楽しみながらマスターが何かを組み立て、そして作りなおすを繰り返しており、明らかに何か目的を持った動きをしている。おそらくこれがマスターの感じた可能性なのだろう。そしてその創造と破壊が一段落したのかアイリスさんは満足げに、そして興奮気味にハワードさんの方を向き、嬉しそうに飛び跳ねながら叫ぶ。

「パパ可愛い!本当にクラゲさんみたい!これ着たらパパも魔法使えるようになるんでしょ?」

純粋無垢なアイリスさんにいったいマスターは何を吹き込んだのか、マスターもニコニコしながらハワードさんを眺め希望に満ちた目で不穏なことを言う。

「勝負ですねハワードさん!僕の魔法とハワードさんの魔法どっちがアイリスさんをキラキラさせれるか!」

また訳の分からないことを言ってハワードさんを困らせるマスターだが、付き合いの長い私はうっすらと感じ取るものがあった。その言葉を聞いてアイリスさんはちょっと赤くなって頬を膨らましマスターに何か耳打ちをする。恐らくアイリスさんに怒られたのだろう。おどけた感じでペコペコした後マスターはイタズラっぽくハワードさん一家全員に向きなおりウインクしてからこう続けた。


「お代はまだ、結構です。未来あるお姫様に素敵な夢を」

そう言ってまるで晩餐会の紳士のように、淑女をダンスに誘うかのようにお辞儀した。

前へ次へ目次