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《No.01 : AH-h1ch2d5r2》

《No.01 : AH-h1ch2d5r2》

 彼の声は騒々しい工房に耳がキンキンするほど苛立っていた。

「凄腕の技師だと聞いたんだが?尋ねてみれば、マスター不在で?私の依頼を!孫にやらせるのか?」

カウンターにドカッと座る少しくたびれたスーツを(マト)い赤毛を掻きむしる男は、苛立ちをそのまま眼前の爽やかな青年にぶつける。

 この頭を掻きむしる男の名はジャスティン・ラッセル、最近新聞にも乗った少し有名な小説家だ。

 余程急いでいるのか、それともそういう性格か苛立ちを隠すことも人に配慮することもせず、彼は不平不満を口元でぐちゃぐちゃにして散弾銃のように依頼内容を少年にぶつけていた。

しかし、この工房の主人である青年は彼の苛立ちを颯爽(サッソウ)と無視しているのかそれとも底抜けに優しいだけなのか、ニコニコしながらその言葉の散弾を躱し言い放った。

 「僕がここの主人ですよ?名前は銅田(アカダ)マサキ!こう見えてれっきとした技師なんです!」

そう名乗ってエッヘンとする少年のような明るい青年、マサキ様は実際この工房の主人であり私の目から見れば凄腕の、むしろ天才的な技師である。

「あと!こっちは助手のオリヴィアさん!おしゃべりはちょっと苦手だけど、とってもしっかりしてて頼りになるんだよ!」

そう言ってマサキ様は、いつ噴火するか分からないジャスティンさんの感情を気にもとめず飛び越えて、嬉しそうにオリヴィア・フォレスター、この私のことも紹介する。

「だ!か!ら!私の依頼を!ここのマスターに…」

マスターのような若造は信用ならんと言わんばかりにあくまで自分の意見を通したいジャスティンさんと、どんな物を作ろうかアイデアの空に軽やかに羽ばたき始めたマスターの思考は平行線をたどる気配しかしなかった。

「オ客様、マサキ様が、この工房ノ、正式なマスターでス」

愛用の本型擬似声帯(ギジセイタイ)をフル活用し助け舟を出す。そして、この工房はマサキ様がお爺様である銅田(アカダ)ジン様から正式に継いだこと、オーダーメイドのご依頼を工房にするかはジャスティンさん次第であること、依頼後のキャンセルは不可であること、そしてこのボーッとしている少年が技師として一流であることを勝手に、念押しするように説明した。

私の擬似声帯の音と、たどたどしい肉声の混合物に困惑しポカンとしたジャスティンさんは少し間を置いて諦めたように

「わかった…依頼しよう…」

そう言って不服そうに椅子に深く座り直した。

 私は書面に依頼内容を整理していった。

依頼人はジャスティン・ラッセル三十二歳、職業は小説家。そこまでは良かった…その後、依頼内容を聞いた瞬間彼の口から情報と言葉が雪崩のように、もしくは濁流を思わせるスピードで噴き出して来た。

「いいか?私は売れっ子の小説家!こんなことに本当は時間を使いたくないんだ!すぐに取り掛かってくれ?時間が惜しい」

少しの躊躇いもなくそう言って依頼してくる彼の性格に、心の中で苦笑いしつつ彼の言葉を完結にメモしていく。

「交通事故で左手を無くしてしまってね?まぁ私は右利きだからどうでもいいんだが、これを不幸と取るのは惜しい!せっかくだから右手より優秀な義手を左につけてやろうって閃いたわけさ!どうだい?素晴らしい閃きだろ?」

彼はその赤毛を揺らしながら熱弁を続ける。

「そうだな!早く動くだけじゃ面白くない!スタイリッシュなのがいいな…それこそきらびやかな場が似合うような!誰もが見とれるような!まぁね?私がレッドカーペットを踏む日も近いだろうし!光栄だろ?」

そう言ってマスターに同意を求める彼が自分の空回りに気づいておらず、少し哀れに見えた。なぜなら、声をかけられるまで技師であるマスターは悠々とアイデアの空を羽ばたき、膨大な知識を羽いっぱいにかき集めていたからだ。そして、なにか閃いたように、確信すら感じる目でニコッとこちらを向き直りマスターは嬉しそうに言う。

「ハチドリにしよっかオリヴィアさん!うん!ピッタリだね!」

全ての説明をすっぽかし、自己完結し、依頼主を困惑させ、決定するマスターの困った部分を補うべく 、私はまた助手としての責務を果たす。

ポカンとするジャスティンさんに新しい紅茶を出しながら、マスターを現実に連れ戻し、この工房【猫ノ手技水工房ネコノテギスイコウボウ】の特徴として義肢は動物をモチーフにしたオーダーメイド義肢を作成している事、マスターがその動物に願いを込めて作っていることを伝える。無邪気に本を引っ張り出し、ぶちまけるように図面を書き始めるマスターの自由奔放さに嫌気が差したのか、諦めたようにジャスティンさんは少し頭を掻きその後、

「好きにしてくれ…じゃあ頼んだよ…?本当に頼むよ?金を払うんだふざけた代物を作るなよ?」

そう言って工房を出ていった。


 ジャスティンさんが工房を出た後、私が打ち合わせ用に出した食器達を片付ける音を聞きながらマスターはブツブツ、ブツブツ言っている。

「ココをこうして…ここヤダな…こうしてこうして…うーんこれは面白そうだね…」

(ハタ)から見たらお絵描きに夢中な幼児のラクガキ風景そのものの後ろ姿も、正面から見ると真剣な眼差しで大量の図面を笑顔で、そして凄まじい速度で描くまさに凄腕の技師に豹変する。

 普通、技水珠(ギスイジュ)を使用した蒸気機関式オーダーメイド義肢は、最低でも一年長くて三年は製作に時間がかかる。

しかし、マスターはどんな義肢も納品までを半年で済ましてしまう。

早くに両親を無くし、天才技師と歌われたお爺様に引き取られ叩き込まれた技術、好奇心からくる凄まじい知識と学習量、奇抜な発想、そして彼だけが扱える天才のために作られた常人には扱えないオーダーメイド工業用義肢「H-sh3r1」。

これら全てが、彼を彼、天才を天才たらしめている。

 私も私の仕事をやらなければならない、この天才に尽くさねばならない。一度集中した彼は下界とも言えるこの退屈な現実に戻ってこないことが多々ある。

破裂する発想力と、確かな経験と技術、それらが試作品案とメモ書きを機関銃のように量産する。使って放置している資料を集め整理しながら、彼の食事や時間を制限しなければならない。でないと彼は現実に帰って来ない。私の仕事は彼の才能を最大限に発揮出来る場を整えてあげること、あとは彼を飢え死にさせないこと。そして、ちゃんと止めること。

少し昔、私はちゃんと歩けた。今は足を失い車椅子だが、この生活もマスターといることで意味をなし、居場所と存在意義、幸せすら感じている。それが私を生かしている。

「試作品案十個に絞れたよ!作って良いかな?オリヴィアさん?」

楽しそうに提案してくる姿はマスターの年齢にはあまりにも幼くチグハグだが、それでいて愛嬌がある。彼は今年で十八歳になった。底抜けに明るい、太陽も恥じらうほどに暖かいそんな少年と青年の間を生きる彼。しかし、彼の提案に私は時計を指さして優しく答える。

「もう寝る時間でスよ…明日一緒ニしましょう」

ジャスティンさんの来店から、昼食と夕食、それらを私から口に放り込まれながら図面を起こし、そして就寝時間までノンストップで作業していた満足げなマスターを連れて、歯車の音と蒸気とともに上がる昇降機(ショウコウキ)に乗り居住スペースの三階まで上がる。

「おやすみなさませ。マスター」

そう声をかけ隣部屋のマスターの部屋から去る頃には、この愛らしい少年は微笑みながら布団の中で眠りについていた。


数日後、オーダーメイドの義肢製作は順調に進んでいた。試作品の製作も順調で、マスターは鼻歌交じりに工房で作業している。その日の昼頃、ジャスティンさんが訪ねて来た。近くを通りかかり心配で覗きに来たのだそうだ。私がマスターの実績を小一時間説明してやろうかと思った矢先、ジャスティンさんは感動したように(ツブヤ)いた。

「君が…本当に凄腕の技師だったんだね…」

そう言って彼はまた赤毛を少し掻き、ため息をもらす。彼も文章という作品を作る職人、動きを見れば職人の技量、知識、洗練具合が分かるのだろう。

「この美しさだ…」

そんな言葉が聞こえた気がした。その日からだろうか、ジャスティンさんがほぼ毎日開店から訪ねて来るようになった。時にはお菓子を片手に、時には勝手に工房に座って何かをしながら、閉店までいた。その目はマスターを獲物を追う猛禽類のように追い、たまに私を見てバツの悪そうな顔をする。マスターはいつも通りマスターで、毎日来る彼を見ても

「やぁ!また会えて嬉しいよ」

なんて寛大なのか無頓着なのか、そんなことを言っている。義肢を作成する上で使用者とのチェックは必須なのでありがたいのだが、毎日来る人は初めてで対応に困るものだったので私は最初戸惑っていた。私は物書きの方は、普通は静かな部屋や豊かな自然の中で熟考して書くものだと勝手に思っていたので、金属加工の音や蒸気の排出音、歯車の音、溶鉱炉の火が爆ぜる音の絶えず響く工房はそれからかけ離れていそうなものだ。


 使用者が毎日来るおかげなのか、せいなのか、義肢は四ヶ月という驚きの速さで完成した。品番「AH-h1ch2d5r2」、肩の部分に技水珠(ギスイジュ)をはめ込むタイプの義肢で、肩から上腕にかけては鈍い銅色、アクセントとして緑の筋が葉脈や羽根のように広がっており、ステンドグラスを彷彿させる。前腕部分は肘から手首にかけてほんの少し広がり、鈍い銅色から薄水色へグラデーションが施されている。それはまるで花弁を思わせる金属のパフスリーブで、華やかに左腕を咲かせている。手首には小さなハチドリを模した金色の金具が取り付けてあり、そのくちばしは高価な万年筆が添えられている。手の甲は大きく枝を伸ばした木を思わせる大胆な肉抜きが施されており、指も同様に肉抜きされて太陽にかざすと木漏れ日のように光がさす。それでいて全体は光沢を抑えた加工が施されており、上等なスーツすら着こなしそうな上品さがある。

 ジャスティンさんはうっとりと自らの新しい左腕を眺め、そっと手首の金具を握り万年筆を手に取る。そして、まるで蜜を吸うハチドリが(タワム)れるように金具は万年筆とともに原稿用紙の上で踊る。

 数分後、ジャスティンさんは満足したのか万年筆を離し、我に帰ったように言葉を発する。

「最高の出来だ…感謝の言葉が言い表せないなんて、小説家として私はまだまだ未熟だな…」

彼は微笑みながらハチドリの万年筆を撫でる。

そこには不平不満を漏らしながら自分の依頼を頭を掻きむしって発注した人の面影はなかった。


【新進気鋭!隻腕の小説家 ジャスティン・ハミングバード新作発売】新聞の見出しを見て私は驚き、不思議な気持ちで朝からめまいすら起こしそうだった。。なぜなら彼の新作が義手の納品の翌日だったからだ。つまり彼は新作をこの騒々しい工房の隅っこで書き上げ、あろうことか出版まで漕ぎ着けたことになる。そして、新作の小説の題名を見て私はさらに絶句し、そして苦笑いした。

「bird & genius engineer」

直訳すると「鳥と天才技師」どこかで見た覚えのある組み合わせであり、その天才技師には心当たりがあった。気の所為だろうか。

小説の説明文には、若く優しい天才技師が傷ついて彼を威嚇する鷹を保護し、心通わすハートフルストーリーと書いてある。


ジャスティンさんはその後もメンテナンスというていで度々訪れたが、その小説について私も彼も触れることは無かった。しかし、マスターは知らない。工房の口座には定期的な入金があり、それはジャスティンさんからのものだということを。

代金は支払い済みだったのでお断りしたことがあったのだが、彼はイタズラっぽく笑いどこかの天才技師のように毎回こう言って逃げるのだ。


「印税の一部さ!なんのお金かはマサキ君に言っちゃダメだよ?オリヴィアさんよろしくね!じゃ!よろしく!」

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