《No.00Prolog》
《No.00 Prolog》
こぼれそうな封筒を軋む本に挟み込む。
車椅子を転がす天使のような彼女は慣れた手つきでそれを持ち上げ、ホコリをポンポンっとはらった。
彼女が大事に抱えたその本の正体は「AH-Canaria」
この店の優しき主人が彼女のために作った本を模した水蒸気式の擬似声帯だ。
ある出来事で絶望し、声を失った彼女、オリヴィア・フォレスターには、この歯車と蒸気機関が発展した機械仕掛けの騒々しい世界は、彼女が自分の想いを届けるには厳しく残酷な世界だ。この本が、この声が彼女を証明し存在を示すことが出来る大切な物であり、彼女自身、と言っても過言ではない。
この蒸気機関が発達した世界は、大概の物はが技水珠という球体型の小さな蒸気機関で動く。空を飛ぶ飛空艇も、道行く四足自動車も全て熱を帯びた蒸気と鈍い金属音を上げながら当たり前のようにすました顔で行き交う。。
ここはオーダーメイドの義手や義眼、追加アーム製造を専門としている機械工房「猫ノ手技水工房」。その三階の二部屋しかない居住スペースの突き当たりが彼女の部屋だ。
カランカラン。
一階の店舗スペースで入店のベルが軽やかに鳴る。
彼女の持つ本も、車椅子も技水珠をはめ込む部分がある。大切な本の表紙に象られた枝で羽根を休める小鳥のレリーフは目の部分がそれになっている。彼女は義水珠に水を注ぎ、小鳥の目の部分に優しく、愛しげにはめ込んだ。
ピーヒュルルル。
祭りで耳にする水笛のような透き通る音がなった後、本の表紙が軋みを上げつつ開く。淡く光る文字達が彼女の顔を照らし、そして彼女の指示を待っている。本の文字を強くなぞり、彼女はCanariaを起動した。同時に休んでいた鳥のレリーフは口を開き、金属音と蒸気を上げつつ、こう叫んだ。
「イらっしゃイませ。マスター、お客様が来店なさイました。」
それは機械音でありながら美しく、蒸気機関に負けないよく通る声だった。それは確かに彼女の声であり、どこかで作業に没頭する工房の主人、通称マスターに届いた。
「はーい!オリヴィアさんありがと!今行くよ〜」
まだ若い声、子供から大人になるような変わり目、少年と青年の狭間、そんな印象を受けるマスターの声がどこからか聞こえた。
この物語はそんなマスターを取り巻く、工房と個性豊かな依頼主、そして語り部のオリヴィア自身の成長の記憶、誰かの希望を綴った物語である。
ようこそ、猫ノ手義水工房へ。