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文章が稚拙なのでちょいちょい改稿します。
「君を愛している。王宮に来ても絶対に君を守る。君の希望するお互いが支え合い、歳をとってもいつまでも二人寄り添って生きていける、そんな素敵な夫婦になろう。お願いだ、こんな愚かな私だが、捨てないで欲しい」
王太子殿下はソントの手を強く握り、必死に訴えた。
ことの発端は田舎の貧乏男爵家のエルビー家にも、なぜか王宮主催の舞踏会の招待状が届いたことから始まった。
表向き王太子殿下の病気の全快祝い、と言う名目のこの舞踏会は、婚約者候補が集められ、その婚約者候補たちを王太子殿下が物色するためのものだ。
もちろん、王太子殿下のお相手となるとそれ相応の釣り合いのとれる家柄の令嬢たちが招待される。
それなのに、なぜか貧乏男爵家のエルビー家にも招待状がきたのだ。
「うちは貧乏だ。今後のことは全てお前にかかっている」
両肩をつかまれ、父であるラス・フォン・エルビー男爵にそう言われた、ソント・フォン・エルビー男爵令嬢はため息をついた。
「お父様、見てくださいあなたの娘の容姿を。過度な期待はしないでくださいまし」
エルビー男爵はもちろん、王太子殿下を射止めろと言っている訳ではない。
王宮主催の舞踏会ともなれば当然、それなりの令息たちや貴族も出席する。その中の誰かを射止めよと言っているのだ。
だが、田舎暮らしのソントにはそれは苦痛でしかなかった。できるならば、貧乏でも良いから、田舎でのんびり過ごしたい気持ちもあった。
そもそも、自分の地味な容姿で貴族の誰かを射止めるなどできるはずもないので、それ以前の話ではあったのだが。
エルビー男爵はそれでも娘に希望を託し、あり金をはたきドレスを用意した。
舞踏会当日、ソントは侍女を伴い舞踏会に参加した。招待状に付き添いがいなければ、侍女を伴うようにと書いてあったからだ。
馬車を降りて招待状を見せると、名簿と照らし合わせた使用人が怪訝な顔をした。
「申し訳ございませんが、お名前がないようです」
その一言でソントはやっぱり手違いだったと納得した。
「そうですか、では帰ります」
そう言うと踵を返したが、すぐにひき止められとにかく待つように言われた。外で待たされているあいだ、ソントは侍女のカーリーに言う。
「どうせ入れてもすぐ帰るから、そのつもりでいてね」
カーリーは悲しそうな顔になった。
「お嬢様、そんなことおっしゃらずに楽しんできてくださいませ。それにもしかしたら旦那様の言っていた通りに、素敵な出会いがあるかもしれませんよ?」
ソントはカーリーに尋ねる。
「貴女はやっぱりそういった出逢いとかに興味があって?」
カーリーは恥ずかしそうに頷き、微笑んだ。
「もちろん、どこかの素敵な貴族に見初められて結婚するのは、憧れですわ。そのためにも今日頑張らなくては!」
とても気合いが入っているようだった。当然だろう、付き添いとはいえカーリーにとっても、今日は出逢いの場となる。
そんなカーリーを横目に、ソントは首を振ると答える。
「私は別に素敵な出逢いとか、そう言ったものには興味ないんですの。ただお父様に決められた結婚であれなんであれ、お互いが支え合い、年をとってもいつまでも二人寄り添って生きていける、そんな相手と素敵な夫婦になりたいですわ。それ以外は貧乏でもなんでもいいんですの」
そんな話をしているとやっと使用人が戻ってきた。そして笑顔で
「大変申し訳ございませんでした、こちらの手違いでお名前がなかったようです。どうぞお入り下さい」
そう言って中へ通した。ソントは帰れると思っていたので、内心がっかりしながら中へ入った。
田舎で長く過ごしていたこともあり、王宮内のものは人間にしろなんにしろ全てが輝いて見えた。
みんな貴族同士なにやら挨拶を交わしていたが、ソントは正直なところ誰が誰なのかもわからず、挨拶どころの話ではなかった。そっと目立たぬようにゆっくり壁際に移動した。
ふと見ると、一段と煌びやかなタテ巻きロールの女性が目に入った。凄く綺麗な令嬢ではあるが、取り巻きを連れ使用人に対する態度も尊大で、性格はきつそうだと思った。ソントはこの令嬢をどこかで見たことがあった。というか現状のこのシーンに既視感があったが、それがなんなのか思い出せずにいた。
そのうち、よく言えばか弱そうな可憐な、悪く言えばあざとい感じの令嬢と煌びやかな令嬢が対峙した。煌びやかな令嬢が何事か可憐な令嬢に言い始めた。
会話の内容こそ聞こえないが、どうやら煌びやかな令嬢が可憐な令嬢を注意しているらしい。
そんな様子を見ていて、先ほどの既視感がなにかわかった。それは前世の記憶であった。
この世界はどうやら前世でやった乙女ゲームの世界だと気づいた。煌びやかな令嬢が悪役令嬢、可憐な令嬢がヒロインの女の子だ。
だからといって、ソントは自分には関係のない世界だと思った。昔のこと過ぎてほとんど内容も忘れてしまっているが、一つ確実に言えるのは、乙女ゲーム内にソントと言う令嬢は出てきていなかった。そう、自分は無関係なのだ。
そんなことを思いながらぼんやり見ていると、悪役令嬢と目が合ってしまった。直ぐに目をそらしたが、悪役令嬢はこちらに向かってきた。
「そこのあなた、先ほどから私をずっと見ていらしたわね。なにか用かしら?」
そう言ってソントを上から下まで見た。
「それにしてもあなた、随分アンティークがお好きなのねぇ? ラッフルカラーなんて久々にみましたわ」
要するに、流行遅れだと言いたいのだろう。エルビー家の財力では、どこかの貴族の払い下げを買うのがせいぜいだったため、仕方のないことだった。
正直、侍女のカーリーの方が実家がお金持ちなこともあって、ソントのドレスより良いものを着ているぐらいであった。
だが、そんな嫌みもこれ幸いと帰る口実にすることにした。
「そんな! 田舎臭くてやぼったくて流行遅れで顔も地味で、こんなところにいる資格がないなんて! 酷いですわ! でも、確かにおっしゃる通りです。なにも言い返せません。私は失礼致します!」
と、悪役令嬢に酷く注意されたような芝居をして、呆気にとられている悪役令嬢を残し、その場を後にした。
外に出てカーリーを置いてきたことに気がつき、踵を返すと誰かにぶつかった。その相手は白い豪奢なジャケットを着ていたのだが、そこにソントの口紅が付いてしまった。
ソントは慌ててハンカチを出し
「申し訳ございませんでした」
と、その染みを一生懸命叩いて落とした。そこに遅れてカーリーが走ってきたので、相手の顔も見ずに頭を下げてカーリーに駆け寄る。
「本当に帰ってしまうのですか?」
ソントは苦笑すると
「私は間違えて招待されたのよ。場違いだわ。お父様はがっかりされるでしょうけど仕方ないわよ。それより見て! 今日は月がとっても綺麗よ」
そう言って月を指差すと、カーリーは
「そうやって話をそらそうとしてもダメですからね!」
と言ってふてくされた。ソントはなんとかカーリーをなだめると馬車に乗り王宮を後にした。
誤字脱字報告ありがとうございます。